第133話 コピー

 この世には沢山の模造品が溢れている。

 簡単に複製できるのだから、そうなってしまうのも当たり前のことだろう。

 原型に比べたら明らかに劣化をしているものもあれば、模造品だとは分からない程精巧に複製されたものもある。だからこそ、何が本物なのかを把握するのは段々と難しくなってきているのかも知れない。

 それでも、複製品は複製品だ。

 どこかで必ず歪みが発生してしまう。

 その違和感が小さければ小さいほど本物に近い価値を持つだろうが、それでも矢張り限界はあるのだとは思う。それを見分けられるかどうか。そこが重要だ。

 大量に持ち込まれる我楽多の中から、本当に価値のあるものを見つけ出すこと。それが私の仕事だと言えば分かって貰えるだろうか。何を以て本物という価値を付けるのかと言われることもあるが、そんなことは説明したところで理解はされないだろう。そもそも、説明を求められたからと色々と説明をし始めたら、たいていの人は話の途中で「もう結構だ」と骨を折ってしまう。せっかくの機会なのに毎回これだと説明すること自体が怠いと感じてしまうので、最近では相手が知りたいと思われる情報だけを開示して、納得して帰って貰うことにしているのだ。

 結局の所、何が本物なのかどうかなんて、曖昧な基準でしか判断しないのだから、それはそれで良いのかも知れない。

 とは言え、こちらもプロの仕事である。紛い物を本物だと偽って金銭を得ようとするのはプライドが許さないという部分もある。だからこそ、モノの価値を評価する場合は、気をつけて判断するようにはしていた。


 その日もいつも通り、事務所に電話が掛かってくるところから始まったように記憶している。

 助手が電話を取り応対する声を聞きながら捲る新聞。珈琲の香りを楽しみながら、会話を円滑に行うための情報収集を行っていると、電話機の保留を示すボタンが点滅を始める。

「すいません。変わって貰ってもいいですか?」

 これもいつも通り。その言葉に短く答え取った受話器。

『もしもし』

 電話の相手は品の良さそうな印象を受ける男性。依頼場所に意外性を感じながらも、特に断る理由もなかったため、この仕事を受ける事を決め電話を切る。助手に依頼の内容を説明し、荷物を整理しながら出掛ける準備を進めていく。今回は遠方への出張となるため、助手にも付いてきて貰うことに決める。助手は突然の出張に文句を言っていたが、そこは特別手当を付けると言うことで納得して貰い、専属の運転手を得たところで向かった目的地。

「……ここ……ですか?」

 目の前に現れた無機質なコンクリートの建物の前で、私たちは一度車を降り外に出た。

「なんか……妙な雰囲気ですね」

 隣に立つ助手が緊張しているのが手に取るように分かる。

 助手の言葉と同じ印象を、私自身もその建物に感じていることは否定出来ない。だからといって、ここまで来て胡散臭いからと引き返すのはプライドが許さない。取りあえずは依頼人との待ち合わせの場所まで向かうことにし、再び車に乗り込み目的地へ。建物が近付くと、その異様さは更に強くなっていった。


「ここには沢山の複製品があります」

 依頼人の男はそう言いながら長い廊下を先導するように歩く。

「貴方様には、その中からオリジナルになったものを探して欲しいのです」

「…………はぁ」

 依頼人の話を聞いたところによると、彼はあるものを蒐集しているコレクターなのだそうだ。彼が求めているのは原型になったもののようだが、市場に出回った複製品のせいで、どれが原型になったのかが分からなくなったのだという。

「ものが少々複雑なので、実際見て貰った方が早いんですよ」

 一体何をコレクションしているのかを教えて貰えないまま誘われる建物の最奥。廊下を歩く度微弱な振動音が響き不穏な空気を醸し出しているのは気のせいだろうか。

「私なんかが鑑定出来るようなものなのでしょうか?」

 品物が何で有るのかが分からない以上、この依頼を無事に達成することが出来るのかという不安が付きまとってしまう。

「ええ。大丈夫ですよ」

 依頼人はこちらに振り返ることなく廊下をどんどん進んでいく。

「…………先生……大丈夫、なんです……かね……?」

 私の後ろを歩く助手は、この雰囲気が心地悪い様で、小さな声でそんなことを呟いていた。

「仕事は仕事だから」

 そんな助手を宥めながら依頼人の後に付いて辿り着いたのは、おそらくこの建物で最も奥に位置する部屋の扉の前だろう。

「こちらです」

 閉ざされた重厚な扉は電子ロックで解除する仕組みのようで、壁に設置されたパネルを操作して鍵を外す。

「さぁ、どうぞ」

 開かれた扉の向こう側。不安はあれど、何を蒐集しているのかは正直気になって仕方が無い。そんな好奇心から軽く断り部屋の中へと足を踏み入れる。

「それでは……一体何を鑑定すればよろしいのでしょうか?」

 背後で扉が閉まる気配。と、同時に暗かったフロアが突如明るくなる。

「こちらですよ」

 眩しさに咄嗟に顔を庇い瞼を伏せたあとゆっくりと視界を開けば、見えてきたのは予想もしていなかった光景だった。

「なっ…………」


 フロア内に並べられているのは培養ポットだろうか。

 中で漂うものをみて、私は言葉を失ってしまう。


「これが私が集めたコレクト品です。でも、模造品ばかりなので、どれがオリジナルなのかが分からなくて」

 背後から聞こえてくるのは依頼人の低い声。

「あなたなら、どれがオリジナルなのか分かるような気がして依頼したんです」

 逃げられないように直ぐ後ろに立ち、そっと耳元で囁かれた言葉に、思わず怖気を感じてしまった。

「サイトであなたの顔写真を見た時、私は驚きで言葉が出ませんでした」

 ほら。良く見て下さいよ。そう言ってすぐ傍にある培養ポットの中で漂うモノを指差しながら、依頼主は話を続ける。

「ここに有るものはぜーんぶ似てるでしょう? よく出来た複製品ですよねぇ、本当に」

 ゆらゆら、ゆらゆら。立ち上る気泡で揺れる水面が歪めた曖昧な輪郭。

「とってもあなたにそっくりだと思いません?」

 そう言って背後で笑う依頼主は、今、どんな表情をしているのだろうか。


 私によく似た沢山の複製体。

 もしかしたら、私自身、本物ではなく、複製された何か。なのかも、知れない……。


 そう思うと、目の前が真っ暗になり、私は静かに意識を失ってしまったのだった。

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