第105話 点検

 チェック項目に記載されている文章に目を通し、一つ一つ指さし確認を行いながら、合否の判定を下していく。この作業はいつも慎重に行わなければならない。全体的に無駄だと感じられる事でも、手を抜くことはあり得ない。そんなことをして、想定外のことが起こってしまう方が大問題だからだ。

 正直に言えば、この作業は非常に面倒臭いとは感じている。

 それでも、これが私の仕事なのだから、文句をいう訳にもいかなかった。

 具体的に何を点検しているのかが分からないのはここだけの秘密。チェックしていくのは装置に取り付けられている液晶パネルに表示されている数字だけで、それらが基準値の範囲内であれば合格。基準値から著しく桁が外れていたら不可にするという事だけを指示されている。

 これで結構良い給料が貰えるのだから、中々仕事を辞める気にはなれない。

 そう。作業自体は非常に単純。じゃあ何故、面倒臭いと言ったのかというと、液晶パネルが設置してある箇所が両手の指だけでは足りない程多い事と、必ず指さしと声出しをして確認作業を行わないといけないという謎のルールがあるからだった。

 このルールに従わなかった場合どうなるのか。その詳細は私には分からないが、少なくとも翌日には点検員が代わり以後、その人が戻ってくる事は無い。一度消えた人間が同じ職に就くことはあり得ないと言うことは、今までの経験上嫌と言うほど思い知らされている。

 この点検の意味を知りたくないわけでは無い。

 それでも、深入りをするのは危険だと本能が訴えている事だけはハッキリと分かった。


 その日も、同じように単調な点検作業を行っていた。

 二人一組で行う作業の相方は、先日配属されてきたばかりの新人だ。

 私よりも大分年の若い彼はとても好奇心が旺盛の性格のようで、疑問に感じたことを一つ一つ確認してくる。

 勉強熱心なのは感心するが、こうも頻繁に質問を繰り返されると段々と鬱陶しく感じてしまう。そのせいか、点検作業は普段よりも大分時間がかかり、効率は頗る悪い。

 それでも苛立ちを態度に出すことは無く冷静を装いながら進めて行く作業。

「せんぱーい」

 それは、十何枚目かの液晶パネルの前で起こった。

「この数値、何か基準値で記載されているスコアよりも遥かに上回っているみたいなんですけど」

 その言葉を聞いて私は一瞬頭が真っ白になった。

「嘘っ!?」

 慌ててパネルの前に移動し数値を確認する。

「そんな……馬鹿な……」

 後輩の指摘通り、そこに記載されている数値は、標準スコアよりも大分高い。こんな数字は、今までこの仕事について初めて目にする。嫌な予感がし、胸騒ぎが止まらず気持ちが焦る。

「と、取りあえず、チェック項目に異常が在る事を記載しよう! 上に報告するから」

 そう言ってシートの不可にチェックを入れ、スコアの数値を表記し手に取る無線機。

「先輩」

 何があったのかを報告しようとスイッチをオンにしたタイミングだ。

「何か……パネルの表示……変、何ですけど…………」

 罰の悪そうな顔で笑う後輩の態度に益々募る不安感。確認したくないと思いながらも覗き込んだ液晶パネルには、歪んだグラフの画像とエラーの文字が表示されている。

「……何をした」

 通常ならこんなエラーは吐き出さない。そんな異常が画面に表示されていることに冷や汗が止まらない。

「エラーを確認しますかっていうボタンが出てたんで押してしまったんです」

 マニュアルを渡して説明したはずなのに何故勝手に処理しようと手を出したんだと睨み付けると、ごめんなさいと頭を下げながら後輩は必死に謝ってきた。

「とにかく! 急いで連絡するから、君はもう何も触らないで……」

 オフにしたスイッチをオンにし、無線機に向かって話しかけようと口を開いた時だ。

「…………」

 パネルの画面が一斉に真っ暗に切り替わる。

「……お……おい……」

 目の前には大きな黒い箱が一つ。

「……ゆっくりと、この場から離れるぞ……」

 それが少しずつ開く度、恐怖で足が竦んでしまう。

「わ……わかりました……」

 果たして、私たちはここから無事に生きて出られるのだろうか。

「……先輩……」

 彼が不安げに声を震わせながら言葉を続ける。

「大丈夫……です……よね?」


 彼の必死に浮かべた歪つな笑顔。

 目に沢山の涙を浮かべ、必死に恐怖を堪えているのが分かる。


「…………」


 彼の問いかけに対して、私は何も答える事が出来ない。

 簡単だけど面倒臭いと感じていた点検の作業。

 もしかしたら……


 今日でこの仕事も最後になるかもしれない。

 そうならないことを祈りながら、私達は静かにこの部屋を出るべく足を進めたのだった。

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