第88話 最終日

 友人に誘われて訪れたテーマパークは、宿泊施設が併設されている話題の施設だ。

 友人はこのテーマパークに遊びに行くことを、随分と心待ちにしていたらしい。張り切って取った有休はカレンダーの連休と合わせて大型のもので。たっぷり遊べるようにパーク内の宿泊施設への連泊もバッチリ手配済み。誘われた方としては、一緒について行って遊ぶだけだからとても有り難かったが、何も手伝いをせずに全て用意して貰ったことを少しだけ申し訳無いとは感じてしまう。しかし、友人は、そんなことは一切気にしてなんかいないらしい。

「一緒に入ってくれるだけでとっても嬉しいから!」

 そう言って楽しそうにはしゃがれると、それ以上は何も言えなくなってしまった。

 もう、こうなってしまえば思いっきり楽しんでしまえ!

 彼女に対してのお礼は後日考える事と諦め、この休みをたっぷり満喫しようと意識を切り替えると、彼女同様、私自身もこのテーマパークで過ごす毎日が楽しみになってくる。こういった施設を利用するのは大分久し振りだが、だからこそ童心に返ってしまうのかも知れない。

 大きめのスーツケースには宿泊日程分の荷物がたっぷり。予約した部屋は予想よりも豪華で、見晴らしが良くパークが一望できる。年甲斐もなくはしゃいでしまうのは、これからくる非現実的な時間を存分に味わいたいから。

「行こうか!」

 そう言って互いに頷くと、私たちは早速アトラクションを楽しむために部屋を出たのだった。


 施設概要のリーフレットを見て居る限りだと、テーマパークはそれほど大きいわけではない。それでも、至る所に工夫がされているようで、中に入るとどこまでも広がるオープンワールドのような自由がある。

 デッドスペースも上手く活用されているようで、様々なアトラクションがパズルのように組み合わさっている不思議な光景。でも、それに違和感を感じる訳では無く、寧ろその不思議な雰囲気が、更に現実という日常を忘れさせてくれるのだから狡いと感じてしまう。

 楽しい時間なんてあっと言う間だが、今遊ばずしていつ遊べるのだろう。そんな意地汚さも手伝って、私たちは毎日必死にアトラクションをハシゴして回る。

 一日、一日と日付が変わる度、体力の残量はゼロに近付いているはずなのに、気力と感情の昂ぶりが継続しているせいで、電池が完全に切れるまでにはまだ時間がかかりそう。

 そうして、あっと言う間に日程は最終日の前日に。

「あーあ。明日で終わっちゃうのか」

 今日のアトラクションを回り終え、ホテルに帰りながら残念そうに呟いたのは友人だ。

「仕方無いよ。ずっと此処に住める訳でもないんだし」

 このままレストランに行くか、一旦部屋に帰るかを相談しながら、私は苦笑を浮かべそう答える。

「いっそのこと、ずーっと此処に住めちゃえば良いのにね!」

 いつの間にか空には小さな星が幾つか。

「ホントにそうだね〜」

 程よく涼しい夜風が、火照った肌を掠め通り過ぎて行く。

「明日はどこに行く?」

 先にレストランに向かうことにし、その方向に歩きながら話し合う翌日のプラン。

「そうだなぁ……」

 明日でこの夢のような時間は終わってしまうのだから、思う存分楽しみたい。リーフレットを開きマップを確認しながら、二人して念入りに計画を立てていく。


 その日の眠りは、とても深いものだった。


 翌日。素晴らしいほど澄んだ青が窓の外に広がっている。最終日は運が良い事に快晴で、テレビから流れている天気予報でも、雨の心配は一切無いと言う事になっていた。

 早速だからと早々に朝食を済ませ向かうのは、昨日立てたプランを回るルート。優待パスを上手く利用しながら思う存分最後の時間を満喫していくと、あっと言う間に夕刻を迎えてしまう。

「そう言えば、このパレードも今日が最終日だっけ?」

 タイムスケジュールに記載されているのは、テーマパーク内で行われるパレードの日程。

「そうみたいだね」

 考えてみればアトラクションを遊ぶことに精一杯で、パレードをちゃんと見た記憶が無い。折角ならとメインストリートに足を向け、人の少なそうな場所を選んで腰を下ろす。

「楽しみだね」

 途中、ショップで買ったドリンクで喉を潤しながら彼女が笑う。

「そうだね」

 炭酸の抜け始めた飲料水は、普段よりもずっと甘い味がした。


 パレードはテーマパークのメインなだけあって、色んな意味で素晴らしかった。


 演出もライティングも、サービス一つにしたって圧巻で、思わず息をするのを忘れてしまう程。

 何でこんな素晴らしいものを最終日まで見なかったのだろうかと、自分を責めたくなるほど素敵な光景も、あと数十分で見納めとなってしまう。

 明日からは再び現実がやってくる。そう思うと、何だか寂しさとつまらなさが押し寄せてきた。

「あーあ。終わっちゃった」

 音楽が止み、光りの演出が終わってしまうと、途端に静けさがやってくる。少しずつまばらになる人の気配は、夢の終わりを告げるようで寂しい。

「帰ろうか」

 どちらからともなくそう呟き向かう出口。

「楽しかったね」

 その言葉にそうだねと頷こうとしたときだった。


「きゃあああああああああああああああああっっっっっっっっっっっ!!」


 突然響く絶叫に思わず足を止め振り向いた。


 一体何が起こっているのだろう。

 背後で、テーマパークにいた客達が、必死に逃げ回っている光景が目に入る。

 中央には、一際大きな背格好をした真っ黒の何か。

 それは、ゆらゆらと左右に揺れながら、次々に逃げ惑う人々を捕まえ取り込んでいく。


「……何……あれ……」


 そう呟いたと同時に、突然明るくなる園内。耳が割れるような大音量で聞こえてくる陽気な音楽と、楽しそうな声がそこら中に響く。

「大変お待たせ致しました! 本日ラストのアトラクションを、ただ今より開催いたします!」

 その言葉が終わった瞬間、揺れていた真っ黒な何かが一気にはじけ飛んだ。

 それが破裂した次の瞬間、鈍い音を立てて重たい物が地面へと落下していく。それは大小様々な大きさだが、妙な臭気と滑りを伴い気持ちが悪い。

「いっ……」

 それが何であるか。それに気が付いてはいけないと目を背けたくなる。

 しかし、ハッキリと開かれた眼はそれをしっかりと捉えて離さない。


「いやぁああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっ!!」


 テーマパーク内に響き渡る絶叫。大音量の音楽と、けたたましく響く笑い声。

 終わる事のない狂気が今、開幕する。

 それは、最終日にふさわしいと言いたげな狂った宴。


 果たして明日、無事に生きてこの施設から出られる事は出来るのだろうか。


 アトラクションは始まったばかり。

 夜はまだ長く続きそうだった。

 

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