第87話 誘惑
不倫なんてする方が悪い。絶対そうに決まってる。だって、不倫なんてしても、良い事なんて一つもないじゃない。当人同士は幸せだって? そんなのいつか絶対不幸になる。だから、不倫をするやつは許せないし、そんなやつら滅んでしまえって思ってる。
でも……実際に、誘惑に弱い人間って居るんだよね。
私が付き合った彼氏たちは、みんな最後は別の女を選んでしまう。男運が無いだけなのか、たまたまそうなってしまうのかは分からないけれど、不思議な事に必ずハニートラップに捕まり、最後は私を捨てて出て行ってしまう。
どれだけ相手に尽くしても、どれだけ相手に合わせても、結局は「ごめん。別れよう」が最後の言葉。まるで別れを切り出す側が被害者のように、私のどこが重たいだの、こういうところが苦手だっただの、理由をこじつけて捨てられてしまう。失敗する度恋愛はしないと心に誓い、出会いがある度同じ事は繰り返さないと気をつけているのに、なぜこうも上手くいかないのかがわからない。奪われた彼氏の隣に座るのは、いつも決まって私と正反対のタイプの女性。甘い声で彼の名前を囁き、子犬のような目で彼を見上げて媚びを売る。女性の目から見ればいけ好かない女なのに、そんな仕草に簡単に騙されてしまうのだから悔しくて仕方が無かった。
それならばいっそ、私も彼女達のように男を騙す側になれば良いのだろうが、それは私の性格上難しい。何の取り得も面白味もない女は、誠実に相手に尽くすことしか脳がないと言われても仕方が無いくらい、私は地味で目立つことが苦手だ。
だからもう、恋愛はこりごり。そう溜息を吐くのに、不思議な事に出会いにだけは恵まれていて。必ず最後は不幸になると分かって居ながらも、相手のことを好きになると周りが見えなくなってしまうのだから、もうどうしようもない。
そして今日もまた同じ。町外れのファミリーレストラン。客の少ない店内で、何度目か分からない別れ話を切り出されている。
出だしはいつも決まって同じ台詞。もう耳タコが出来るくらい聞き飽きたのに、大好きだった大切な人は、平気でその言葉を私に投げつけてきたのだった。
言われる言葉は常に定型文で、テンプレートはいつだって決められた数の分。それ以外の評価は無いのかと笑いたくなるが、それくらい相手にとって、私という存在がつまらないものに映るのだろう。むかつく事に彼の隣には浮気の相手である女性。まだ完全に別れた訳でもないのに、当然のように彼女面して座っているのが苛立って仕方無い。
とても惨めだと思う。
互いに目配りし被害者面して私を責めるテーブルの向こう側が憎たらしくて仕方無い。
それでも、やり返すことが出来ないのが臆病な私なのだ。心の中では言いたいことをぶちまけられるのに、いざ相手を目の前にすると、俯いて唇を噛みしめ耐えることしか出来なくなってしまう。
「いっそのこと、呪われてしまえばいいのに」
その言葉は耐えかねた末に出た最後の悪あがきだった。
「お前等なんか地獄に堕ちてしまえ!!」
我慢していた分だけ蓄積されていた恨み。それが今回で限界を迎えていたようで、一度堰を切って溢れ出した憎悪はもう止める事が出来なくなってしまっている。
「人の彼氏を寝取りやがって! この売女が!! 巫山戯んなっっ!!」
暴言を吐くことで自分が不利になると分かっては居ても、これまでずっと反発することができなかった反動は思ったよりも強く出てしまうようで。もうなりふり構って等居られず、胸の内に潜めていた思いを全てこの場でぶちまけてしまう。
「どうせお前から誘ったんだろ!? 会社の後輩だか何だか知らないけど、良くも彼女持ちの相手とセックス出来るよな!?」
涙が溢れて顔はぐしょぐしょ。怒りで声も上手くでないし、嗚咽も混じるからみっともない。それでももう、溢れ出す言葉を止める事は難しく、次から次へと吐き出されていく恨みの言葉。
「お前もお前だ!! 彼女が居るのによく他の女に手が出せたな!! ほんっとあんた等最低すぎる!!」
いっそのこと、死んでしまえ!!
コップを掴んでたっぷり入っていた水を思いっきり引っかけて。
びしょびしょになって唖然としている二人を睨み付けた後、伝票を二人に投げつけそのまま店を後にする。支払いなんて知らない。注文もしてないし、奢る気も無いからあとは二人で適当にやってろ。
心配そうに駆け寄る店員の手をはねのけ勢いよく店を飛び出すと、私は声を上げて泣いてしまった。
いつだって私一人が不幸になるのがいつものセオリー。
どんなに誠実に接しても、たった一度の誘惑に私が勝てる術はない。
私にない魅力をもった女性が、いつだって私の大切なものを全部奪っていってしまうのだ。
だから不倫なんてするやつはみんな滅びてしまえばいいと思う。
私が幸せになれない世界なら、いっそのこと消えてしまえ。
でも、そんなことはきっと無理。
だって、いつだってこの世界は、生きている人間にとって残酷なのだから。
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