第85話 ドライブ

 今日の天気は快晴。風は程よく吹き、とても心地良い朝。カレンダーの数字は赤だから、待ちに待った休日で。こんな日はどこか遠くに出かけていしまいたい。そんな気分になる。

 相棒は最近家に来たばかりの中古車。免許を取った記念にと、父親が買ってくれたものだ。

 車種は正直好みのものでは無いし、サイズも軽のため随分とコンパクト。何よりも初心者マークが付いているというのが個人的には萎える点だが、そこは我が儘を言っている場合ではない。「どうせ直ぐぶつけるんだから」という親の言葉を否定することが出来ず、初日から早速、駐車場の壁に尻をぶつけてちょっと凹んでしまっていて。「ほらな。言わん凝っちゃ無い」と家族から呆れられたのだから贅沢は言えない。

 それでも、自分だけのマイカーを手に入れたことは、地味に嬉しかったりする。本当はギア車が良かったけれど、そこは余裕が出たらもう一度教習所に通おう。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。取りあえず今はドライブの話だ。


 こんなに良い天気なのだから、近所のスーパーやコンビニに行って帰ってくるだけは勘弁したい。

 どうせなら、少しだけ長く遠出をしてみたい。

 でも、残念ながら、一人で行くには勇気がでなかった。どうしようか悩んでいるところでタイミング良くかかってきたのは友人からの電話である。

「もしもし」

 話を聞いてみると、友人は暇を持て余しているらしい。丁度良いと声を掛け、友人を誘ってドライブに行く事に決める。

 行き先は大雑把に決めただけ。プランは全くのノープラン。流石にガソリンスタンドだけはチェックしておいて、いざ出発進行! 全開に開けた窓から吹き込む風が、とても心地良かった。

 行動を走るのは初めてではないが、教習所とはやはり勝手が違う。教官が居る時とは違った緊張感が漂う車内。アクセルを踏んである程度スピードを出さないと迷惑になると分かってはいても、直ぐに上がってしまうメーターの数字に驚きなかなか速度を上げられない。幸いにもクラクションを鳴らされないのは、前後に貼った初心者マークに守られているからなのだろう。ダサイから早くはがしたいなんて思った事を素直に反省し、しっかりとハンドルを握り込む。

「そんなに緊張するなよ」

 だなんて、友人は助手席で楽天的なことを言うが、ハンドルを握るこちらからしてみれば、人の命を預かっているのだ。緊張するなと言われる方が難しい。運転するということだけで精一杯でナビを見て居る余裕が無いせいか、友人の出す方向指示に咄嗟に対応が出来ず何回か曲がる場所を間違え軌道修正。そうやって、目的のない寄り道のドライブを続ける事、数時間が経った頃だ。

「…………ここ、どこだ?」

 気が付いたら全く見覚えのない山道の中腹に居る。

「わっかんねぇ」

 隣に座る友人もこの状況がどういう事なのか分からず暗い表情だ。

「どうしよう」

 運が悪いことにこの山道は道幅が狭い。最も早い離脱方法はUターンをして元来た道を戻ることだが、道幅の狭さと自分の運転スキルから考えて、上手くいくとは考えられなかった。と、なると、もう大人しく先に進むしか方法は無い。

「……でもよぉ……」

 低速でゆっくりとタイヤを転がしながら前へ、前へと車が進んでいく。段々と薄暗くなる背景に、どうやら友人も不安を感じ始めてきているようだ。

「分かってる」

 その不安は自分も確かに感じている。でも、それを口にしたら終わりだと何となく思ってしまった。

「取りあえず、真っ直ぐ進む」

「……お、おう」

 気分転換にスマフォでかける音源。お気に入りのグループの可愛らしい歌声が、陰鬱とした空気の漂う車内に響く。

「あっ! これ、新曲か?」

 無理矢理話題を切り替えようと声を上げるのは、この空気を変えたいからだろう。

「そうそう! 今月出た新譜なんだよ」

 無理に笑って覚えたての曲を口ずさんで。歌に集中し、ただ前だけを見て運転を続ける。

 次第に二人とも歌声が大きくなる。

 でも、その声は、とてもじゃないが楽しそうには聞こえないものだった。


『…………………………』


 さっきから、耳元で何かずっと囁かれている。


『…………………………』


 それを打ち消すように必死に大きな声を上げて歌を歌う。


『…………………………』


 もう、視界は涙で滲んで鼻水も止まらない。


『…………………………』


 それでも、運転をやめるわけにはいかなかった。


 何故なら、此処でやめてしまったら帰れなくなる。

 二人とも、それが何となく分かって居るからだろう。


 車内に明るいアイドルの歌声が響く。

 運転席と助手席には、顔をぐしょぐしょにして泣きながら大合唱を続ける二人の男。

 鬱蒼と茂る森に覆われた山道は、一体いつになったら抜けられるのだろう。


 早く、日の光が見たい。


 そう、切に願わずには居られなかった。

 

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