第77話 紅雨

 真っ赤な花弁の上で、キラキラと踊る小さな煌めき。それは流動的で、直ぐに消えてしまうほど儚い粒だが、太陽の光を受け、一際強い輝きを放つ。

 沢山の花に降り注いだ大量の水が、一瞬にして煌びやかな宝石へと変わる瞬間が、私はとても好きだった。


 余り雨は好きでは無いが、この時期に降る雨は特別だと思う。

 もちろん、土砂降りの雨は論外。霧のように細かい細雨もちょっと勘弁。出来ればぽつぽつと大きめの雫が見える通り雨くらいが丁度良い。

 何故そんな雨が好きなのかというと、その後に待っている光景がとても楽しみだからだ。

 通り雨が過ぎ空が明るくなれば、漸くその光景に出会う事が出来る。

 満開に開いた大輪の花の上で、小さく光沢山の宝石。

 この時期の、雨上がりの時にだけ見られるこの光景は、私のとてもお気に入りの光景。

 それを見かけるとつい足を止め、スマートフォンを取り出しシャッターを切る。何枚も、何枚も撮影し綺麗をデータに保存していくと、自然と表情が柔らかくなるから不思議だ。

 もしかしたら、毎日疲れているのかも知れない。

 だからこそ、この様に『不意に現れる美しい光景』に強い憧れを感じてしまうのだろう。気が付けばスマートフォンのデータファイルは同じ様な写真で埋め尽くされている。それでも、キラキラと輝く美しい花をいつでも眺められるのは非常に有り難かった。

 紅雨を見るなら出来れば花弁は紅が良い。雫は少し大きめで、花の大きさが大きめだともっと嬉しい。

 だからそう言った雨が降り始めたら、無意識に探してしまう。条件に合うような花が無いかどうかを目で追ってしまうのだ。

 いつからそうやって紅雨の写真を撮り始めたのか。詳しい時期は忘れてしまったが、一番古いデータは随分前の物だ。携帯端末を変える度に写真が増えるため、スマートフォン以外にも紅雨のデータは存在している。PCに年月日毎にファイリングして、直ぐに楽しめるようにスライドの設定も抜かりない。帰宅してPCを立ち上げ、直ぐにそれを起動するくらいには紅雨にはまっている。

 毎日スライドで流す写真は別のセット。ローテーションを組んでお気に入りを数パターン用意し流すのだが、数週間単位でセットを組み直し飽きが来ないように工夫をしている。

 私の生活に溶け込んだ一部。それはもう、体が勝手にそう動くという習慣になってしまっていることだ。


 その日は早めに仕事が終わり、出先から直帰しても良い事になった。

 ぽつ、ぽつ、と、雫が空から落ちる事に気が付き、鞄の中から折り畳みの傘を取りだして広げる。空を見上げるとそんなに天気が悪い訳では無く、太陽はしっかりと出ている状態。どうやら通り雨が降るようだ。

「お花、あるかなぁ?」

 辺りをきょろきょろと見渡し紅雨が撮れそうな花が無いかを探す。最早ライフワークとなりつつあるから、ダメだと思っても辞められない。丁度目の前に公園を見つけ、有りますようにと祈りながらそちらへ向かう。

「…………わぁ!」

 タイミングが良かったのだろうか。その公園では丁度花を愛でるというイベントを開催しているようだった。

 色取り取りに咲いた花の海に、大きめの雫が空から降り注ぎ、踊るように飛び跳ね地面に落ちていく。中には花弁に留まり、綺麗な曲線を描きながらゆらゆらと揺れるものもあった。これは雨が上がったときが楽しみだと心が躍る。

 どの角度で撮るのが最も綺麗なのか、携帯端末を傾けながらフォーカスを確認していると、ふと、花畑の中に妙な違和感を感じた。

「ん?」

 カメラの画角に向けていた視線をゆっくりと花畑の方へ向け、その違和感の正体を探る。

「…………」


 たくさんの花の中。

 それは、一際強く存在を主張していた。


「なん……」

 本来は、花に覆い隠されるようにしてそこに有ったものなのだろう。

 ただ、空が流した涙によりしょぼくれてしまった花達が下を向いたことで、そこに姿を現した。

 明らかな異質。見て直ぐに分かるほど強い違和感。

 綺麗に咲いた花の中、それは空に向かって開き固まる。

 まるで赦しを請い、澄んだ空へと救いを求めるように。

「で……でん……」

 雨が上がる頃には、この綺麗な花畑は、黄色のテープで囲われてしまうだろう。折角の紅雨だというのに、一枚もカメラに収めることが出来ないもどかしさ。それでも常識が身体を動かし緊急ダイヤルをプッシュする。


 大きく開いた花弁の上には、キラキラと光り輝く大粒のダイヤモンド。

 それは流動的で、滑らかな流線型を描き流れ消えていく。

 まるで、罪を嘆くかのようにその悲しみを雫に閉じ込めて、静かに土の中へと消えていくのだった。

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