第50話 デート

「今度、デートしよ!」


 その言葉に二つ返事でOKを出したのは、その誘いがとても嬉しいと感じたからだ。

 彼女なんて居たためしがない自分にとって、こんな風に女の子から声を掛けられたのは始めてで。当然、戸惑いもあったのだが、それでもその子のことが嫌いというわけでもなかったため、迷うことなく「良いよ」と答えてしまった。

 人生何が起こるか分からない。

 突然降って湧いたように訪れた幸せに、心が浮つくのも仕方のない話。一緒に決めたスケジュールは、カレンダーを見る度に少しずつ近付いてくる未来で、まだかまだかと待ちわびてしまう。

 ふとした瞬間に彼女と目が合うと、アイコンタクトとジェスチャで交わす簡易的な会話。どうやら向こうもデートの日を楽しみにしているようだ。

 もしかしたら雰囲気でばれてしまっているかもしれないが、友人達はこのことについてからかったりはせず、寧ろ心配そうに見守ってくれている。そんなに初デートで失敗をやらかすような人間だと思われているのだろうか。確かに、余り女の子と会話することを得意としている訳では無いから、二人きりになったときどう反応して良いのかは悩んだりするが、それなりに上手く立ち回れるはずだと自分では思っている。デートの心得は既に、二つ上の兄から教えられ学ばせて貰った後だ。みんなには悪いが一足先に、大人の階段を上れるかも知れないことについても、淡い期待を抱いてしまっていたのはここだけの秘密だ。

 そんなこんなで、あっと言う間にやってきたのがデート当日。

 互いに学生ということもあり、出来る事なんて限られている。それでも、二人きりの時間を精一杯楽しみたいという思いから、事前に作成しておいたやりたい事リストを確認しつつ、様々な場所に遊びに行った。見たいといっていた映画を観に映画館に向かい、小腹が空いたタイミングでファーストフード店へと入る。空腹が満たされたところで少し談笑し、再び町へと繰り出したあと、相手の希望で付き合うショッピング。お洒落な雑貨屋に入るのはかなり勇気が要ったが、一人で入った訳でもないし、周りには自分と同じように彼女の付き添いで店内を歩く男性も居たため気が楽になる。お揃いのキーホルダーを一つずつ。彼女はそれを手に取り嬉しそうにレジへと向かう。

「はい、コレ」

 可愛くラッピングされた小さなプレゼントは、彼女なりのお礼の気持ちなのだろう。

「えっと……」

 まだデートの時間は終わりというわけではないため、今受け取るべきなのか少し悩んだが、彼女が目で訴える「受け取って」という言葉に最終的には根負けし「ありがとう」と言ってそれを受け取った。

 プレゼントを受け取ると、彼女はとても嬉しそうに笑ってくれる。

 ああ。コレでよかったんだ。

 そう思うと、自然とこちらの表情も緩んだ。

 雑貨屋を出て次はどこに行こうかなんて話ながら歩くトランジットモール。車道側は自分で、店舗側には彼女。隣で歩くスピードに合わせてゆっくりとディスプレイを眺めながら移動していると、甘い香りが鼻を擽ってきた。

「あ! クレープ!」

 それを見つけた彼女の目はキラキラと輝いていて、とても嬉しそうに声を上げ袖を引っ張られた。

「行こう!」

 彼女に促されるように注文のための待機列に並び、何を注文しようかと互いに相談する。余り甘いものは得意ではないが、こういう時だけは特別だ。

 彼女に相談しながら選んだクレープは、今まで食べたものの中で一番甘い。それでも、大好きな人と一緒に食べられることが嬉しくて、その甘さがとても心地がよい。

「美味しい?」

 不安そうにそう彼女が問いかける。

「美味しいよ」

 そう答えてあげると、彼女は安心したように表情を和らげたのだった。


 楽しい時間なんてあっと言う間に過ぎてしまう。いつの間にか時刻は夕刻。サヨナラを告げるために向かう駅の改札。

「今日は楽しかった」

 これから電車に乗り帰宅する彼女は、お礼の言葉を残し背を向ける。

「また、デートしような」

 そう言って手を振ると、嬉しそうに頷いて「またね」と手を振り替えしてくれた。

 それは小さな約束。

 また、次があるのなら、今度はどんな事をしようかなんて。

 彼女の後ろ姿が完全に見え無くなったことを確認した後で着いた帰路。今日は、町の明かりがとても美しく輝いて見えた。


 翌日。デートはどうだったんだ? だなんて。友人達に聞かれるかと思いドキドキしながら教室に入ったが、意外なことに、それについて誰一人として話題を振ってくるやつは居なかった。

『一体、どういう事だろう』

 別に自慢をしたいわけではないが、デートの日は別に秘密にしていた訳では無いし、何なら態度で何となくばれていたような気もするのに、何故だろう。

 それでも、午前中は誰かから話しかけてもらえるのを待って何も言わずに席に座っていた。

 痺れが切れてつい愚痴をこぼしてしまったのは、昼の休憩時間の時である。


「え? お前、何言ってんの?」


 友人達は、口を揃えてそう言い驚いた表情でこちらを見る。

「だから、この前デートしたんだってば!」

 その反応が面白くなくてぶっきらぼうにそう答えれば、「誰と?」と始めて食い気味に話しかけられた。

「だからぁ、クラスメイトの……」

 そこで始めて気が付くある事。

「クラスメイトの……誰だよ?」

「……誰……だろ……」

 そう言えば、あの子の名前を全く知らない。いつの間にか話しかけられ、いつの間にか当たり前の様に側に居た。でも、一度もその名前を言った事がない事に、今始めて気が付いたのだ。

「……わかんねぇ……」


『今度、デートしよ!』


 そう言って嬉しそうに笑うあの子のシルエットはハッキリ覚えているのに、どういう顔をしていたのか全く思い出せない。

「あの子……誰……だったんだろう……」

 怖い感じはしなかった。ただ、ちょっと不思議な感覚は確かにあった。


 名前も知らない不思議なあの子。

 あの子は一体、何者だろうか……。


『今度、また、デートしようね』


 どこかから、そんな声が聞こえたような気がして、無意識に両手で耳を塞いだのだった。

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