第49話 小手先

 その人は、昔から随分と調子が良い人だった。勿論、良い意味ではなく余りよろしくない方の意味で。

 真剣な話をしていても、その場しのぎの思いつきで物を言うため、将来性に欠け結果が伴わないことも多い。それを分かっていて付き合えるのならいいのだが、大抵の人はその人のそう言ういい加減なところに愛想を尽かせて去って行くのが殆どだ。

 私はというと、その人との付き合いはもう十数年にもなる。何度も呆れ、離れようかと思い乍らも続いている腐れ縁は、こうなってくるとなかなか切りにくくて仕方が無い。

 とはいえ、その人の欠点はそういういい加減なところだけであり、人柄はもの凄く良いのが狡いところ。結局は、見捨てられずにずるずる引き摺り現在に至ると。まぁ、そう言う感じなのだ。

 そんな感じの付き合いは、最近だと酒の席で交わす談笑が多くなった。

 互いに日頃の生活に不安やストレスを感じているせいか、空ける酒のペースは速め。程よく酔いが回ってくると、次第に二人とも饒舌になっていく。

 やれ、最近はどうだの、情勢はこうだの。話した内容なんて九割は翌日になったら忘れてしまうのに、その場の雰囲気を楽しんでいるせいかとても面白く感じ、大声で笑ってしまうのだ。

 そういう話の中に、今思えば幾つか奇妙な話も混ざっていたように思う。

 何故それを今になって思い出したのかというと、その人の行方が全く分からなくなってしまったのがきっかけだった。


 行方が分からなくなったことに気が付いたのは、丁度用事があり連絡することになったタイミングでのことだ。

 もう下四桁くらいしか覚えて居ない電話番号をディスプレイに表示させると、通話ボタンを押し相手が取るのを待つ。

 ワンコール、ツーコール……鳴り続ける呼び出し音が止む気配は一切無い。

 都合でも悪いのだろうか。そう思い、その時は一度電話を切ったのだ。

 それから間を空けて再び電話してみたが、矢張りその人は通話に応じることはなかった。その日は仕方無くそれで諦め、翌日、再び電話してみることにしたのだが、その日も前日と同じように通話に応じる気配が無い。そうして電話をし続けること一週間。いよいよ不安が頭に過ぎり、慌ててその人の家に向かい扉を叩いたのである。

 何度叩いても開かれる事のない扉の前で待ちぼうけ。その間にも何度も何度も電話を掛けてみるが、呼び出し音は扉の向こう側から聞こえるのに何故か反応が返ってこない。不安は更に大きくなり、管理会社に連絡し、部屋の扉を開いて貰った時になって漸く、この部屋の主の姿が何処にも無いことに気が付いた。

 確かに残されているのは生活感。つい最近まで人の住んでいた気配は確かにあった。名前を呼びながら部屋中を見て回ったが、質の悪いかくれんぼなんてものはされておらず、結局その人の姿を見つける事は叶わない。

「悪戯ですか?」

 そう言って管理会社の人は嫌そうに溜息を吐く。

「困るんですよね、こういうのは」

 困るという意味ではこちらも同じだ。自分にも状況が分からないと何度も説明し、仕方が無いと貸して貰った合い鍵。

「後で返して下さいね」

 それに深く頷いてから、管理会社の人と別れる。

 人の気配が無くなった部屋はしんと静まりかえり、妙な不気味さを醸し出していた。

 どうしようか悩みながら、取りあえず換気のためにカーテンを開き、散らかったゴミを片付けながら主の痕跡を探して回る。もし、事件に巻き込まれでもしていたとしたら、警察に連絡するのが当然なのだろうが、この時はその事が頭に無かった。とにかく何でも良いから痕跡が欲しい。その思いだけで動いてしまう自分がそこに居る。

「……あれ?」

 それは、中途半端に作業された机の上にあった。

「なにこれ?」

 見たこともない道具をマジマジと見ながら首を傾げる。不思議な形をした道具が幾つか。乱雑に物が置かれた机の上に放置されていた。

 一見すると何に使うのか分からないそれは、ドラマなどで見たことのある道具のような気がして嫌な考えが頭を過ぎる。

 まさか。

 そんなはずはないと、その考えを振り払うように頭を振り呼吸を整える。気持ちが落ち着いたところで改めて机の上に置かれたものを眺めると、矢張り気のせいではない形状の道具が、数種類そこに散らばっている。

「嘘だろ……おい……」

 知らないうちにやってはいけないことをやっているのではないか。

 そんな恐ろしい考えが頭から離れず気が滅入る。

「……ん?」

 だが、それは次の瞬間、安堵へと変わった。

「……え?」

 それは、感謝を綴った手紙だった。それを読むと、どうやらその人は、道具を使って開かない鍵を開くような事をしていたらしい。いい加減なところもあるが、確かに昔から手先は器用だったため、それを生業としていてもそれほど不思議でも無いと頷く。その手紙には、こう書かれていた。


『以前より、開ける事の出来なかった金庫を空けて頂き、有り難う御座いました』


 中に収められていた物は、依頼主にとってとても重要な意味を持つものだったようで、それが確認出来た事がとても喜ばしいと綴られている。文末の日付を確認すると、それは数ヶ月ほど前の出来事のようだった。

「数ヶ月前……」

 そう言えば。ふと、以前の飲み会の席でその人が言った言葉を思い出す。

『有る仕事を請け負って以来、何か妙な事が起こるようになったんだ』

 今という時間に近付くにつれ、その奇妙な出来事に関する話は多くなっていたような気がする。それが具体的にどんな話であったのか。詳細は忘れてしまったが、その時のその人の顔は、今思い出して見ればとても暗く重たかった。


 あの時、もっと真剣に話を聞いてあげれば。


 そんな後悔に囚われる。

 もっと真剣に話しに耳を傾けていれば、今目の前にある謎を解くための鍵を手に入れることも容易かったのだろう。しかし、残念なことに、あの場でその人の話を真剣に聞くのは実に難しい事だ。なんせ、酒が入ってしまっている。妙な話自体、信憑性に欠けるものなのだから、冗談で物をいっているのだと決めつけてしまっていたのかも知れない。

 それでも必死に記憶を紐解き探す痕跡。そして、目に止まったのが一枚の鏡だった。

「鏡?」

 その鏡は、いつからそこにあったのだろう。片手で持てるほど小さな鏡は、六角形の形をしていてなかなか見ない代物だった。興味本位で覗き込んで思わず鏡を落としそうになってしまう。

「うわぁっっ!?」

 手の平から零れた鏡を慌てて受け止め暫し固まる。早鐘のように打つ鼓動が痛みを訴え、肌に伝う汗が嫌な冷たさを連れてくる。


 今見たものは見間違いだろうか?


 もう一度だけ。ゆっくりと鏡の中を覗き込む。

「……うそ……だ……」

 そんなことは有り得無い。自分の常識を越えてしまった出来事に、どう反応して良いか分からず固まることしかできない。


 その人は、色んな意味で小手先が器用だった。

 嘘つきで、ほら吹きで。でもとても機転が利いて、手先が器用で。

 だからこそ、それに巻き込まれてしまったのかも知れない。


『タスケテクレ!!』


 鏡の向こう側でその人は叫ぶ。

 その声は、こちらがわに届くことは、一切無かった。

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