第45話 電気
夜が来ると電気を付けてしまうのは、無意識に闇を怖がってしまうからなのだろう。
怖がる理由は様々なのかもしれない。だが、先の見えない不安が目の前に広がることを快いと思う人は居ないはずだ。現に、今この照明のスイッチを消したとして、直ぐに押し寄せてくる暗闇をとても怖いと感じていることは否定出来ない。視界が慣れないことも手伝い、その恐怖は更に倍増。実際には居もしない化け物を、勝手に脳内に生成してしまうから堪ったものではなかった。
だからこそ、指一つで明かりが灯す事が出来る電気というものは、とても有り難いと感じてしまう。
まぁ、実際には、それ以上に様々な部分で恩恵を受けているのだから、今更電気のない生活を送れるかと言われて、素直に送れると頷くことは難しいだろう。
それでも、時々、その電気が自由に使えない時はある。例えば、災害時。
供給出来る電気は仕様上の安全により、一時的に遮断されることもあれば、完全に断絶し供給が止まってしまうこともある。
そう言うとき、色々な意味で不安に囚われる。
いつ電気が復旧するのか。このまま電気は供給されないんじゃないか。元通りの生活は難しく、家を追い出されるのではないか。そうなるとどうやって生活していけばいいのだろうか。
とはいえ、様々なトラブルにより電力の供給が止まることがあっても、直ぐに復旧し最悪な状態に陥ることはほとんど無いのだが。
だからだろう。
完全に油断してしまったのは。
その日は珍しく遅くまで起きていた。まだ作業が終わっていないというのが一番の理由だったのだが、寝るタイミングを完全に見失ってしまっていたというのも原因だ。
カタカタと音を立てて押されるキーボード。目の前のディスプレイには、沢山の文字が、次々に打ち込まれていく。時々ミスタイプをしカーソルは一時的に逆戻り。数回点滅を繰り返した後で、また少しずつ増えていく言葉たち。
画面が半分ほど埋まったところで、一度休憩を挟むことにし、データを保存してから席を立つ。喉の渇きを覚え飲み物を取りにキッチンへと向かったところで、突然部屋中の電気が消えたのだ。
始め、何が起こったのか全く分からなかった。
目の前が真っ暗になったことで一瞬、頭が完全に停止してしまった。
明るいところから急に暗くなったせいで、数センチ先すらハッキリと見え無い状態。自分の心臓の鳴る音だけが異様に大きく聞こえ、嫌な汗が頬を伝う。
「……だ、大丈夫。大丈夫……」
恐怖に震える自分自身を励ますように、何度も何度も繰り返す同じ言葉。ゆっくりと深呼吸を行い目を暗さに慣らしながら慎重に前へと進んでいく。
この家には自分以外誰も居ないと分かって居るはずなのに、誰か居るような気がして気持ちが悪い。そんなのは妄想だと理解していても、染みついた恐怖心を拭うことは簡単なことでは無いようだ。
ふと、何故こんなに暗闇が怖いと感じるのか疑問に思ってしまった。
昔は、これほど暗闇に対して恐怖を感じていなかったような気がする。
確かに、暗いとお化けがでそうだなと思う事はあったが、呼吸が苦しくて動けなくなるほど怖いと感じた事は無かったはずだ。
じゃあ、いつの頃からそれを怖がるようになったのか。
思い出したくないと思い乍らも、考える事を辞められなくなった頭が、答えを求めて記憶の紐を解き始めてしまう。ゆっくりと、時間を辿って遡る過去。これは違う、これもそうじゃない。
そうやって見つけた記憶の扉は、随分と古ぼけてみすぼらしいイメージのある木の扉だった。
「……これを開けたら、ダメ……」
本能が答えを求めてはいけないとストップをかける。これを開くと後戻りが出来なくなると分かっているのに、火が付いてしまった好奇心を押さえる事が難しい。
いつかは向き合わなければならない真実というものは確かに有る。
ただ、それを知る必要があるかは、正直どちらとも言えないのだが。
この選択が吉と出るか凶と出るか。考えなくとも分かりきってはいるはずなのに、周りに押し寄せる真っ黒な闇のせいで判断力が著しく低下しまともに考える事が出来ない。
歪な音を立てて開かれる記憶の扉。
「……あ」
ゆっくりと。
手からすり抜けたマグカップが、床にぶつかり鈍い音を立てて割れる。
次の瞬間、廊下に響き渡る絶叫。自分の声がそこら中に反響し、耳が痛みを訴える。
怖い、怖い、怖い、怖い。
思い出さなければ良かったと後悔してももう遅い。
思い出すべきじゃなかった。思い出さなければまだ、まともで居られたのに。
ゆっくりと私に忍び寄る黒い影。
それは常に傍にあった。見ない振りをしていただけで、本当はずっと見えていたもの。
その存在を無意識に排除したのは、認めてしまえば自分が壊れてしまうと気付いて居たから。
『やっと、気付いて、くれたね』
それは嬉しそうに手を伸ばす。
もう逃がさないと言うように。
存在を確かめるように這い回る指先が、とても気持ち悪かった。
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