第31話 洗濯
天気が良い日は洗濯という作業がとても楽しいと感じる。
長らく続いた雨のせいで、洗濯カゴの中に溜まってしまった洗濯物。それを大きく口を開いた洗濯機の中に放り込んで行く。
いつもなら一回だけ回せば終わる作業。今週は天気のせいで全く洗濯機を回せていなかった。だから回す回数は少なくても二回。量を調整しながら洗濯槽の中に汚れた衣類を上手に納め、洗剤を入れてからスイッチをポン。
密閉された世界の中。たっぷりの水で満たされてしまえば、ゆっくりとその機械は動き出す。
ゴウン、ゴウン。
規則的に伝わってくるのは低い振動と音。それに合わせて、中の世界で踊る水たちの歌声が聞こえてくる。稼働中は蓋を開けることは厳禁。だから、中がどうなっているのかなんて、実際のところ分からない。それでも水に囚われ落とされていく汚れが、洗剤の中に溶け消えていく。そんな詩的な事を考えると、思わず吹き出してしまった。
洗濯をしている間は残りの洗濯物はどうすることも出来ない。仕方が無いからその時間を使って部屋を掃除してしまう。
潔癖症というわけではないが、目に見えるゴミや埃は無い方が好ましい。流石に大規模な模様替えをするような体力は無かったから、散らかってしまったテーブルの上を片付けテラリウムを飾って気持ちを切り替え。カーテンを開けたら、気持ちいくらいの青空が窓の向こう側に広がっている。
「んー。いい風」
まだ少しだけ感じる肌寒さはあるが、日差しのお陰で大分暖かい。
「そうだ!」
まだ掃除は途中だったけど、ちょっと早めの休憩をしてしまうことにしよう。キッチンに向かい用意したのは、最近買ってみたハーブティー。あんまりハーブティーは得意ではないんだけど、先輩にお勧めされ、ノリで貰ってしまった物だ。パッケージを開けて広がる嗅ぎ慣れない香りは、好みかどうかと言うとちょっと微妙。でも、せっかくの頂き物だし味わうことなく処分するのも忍びないから我慢して飲んでみる。
好みじゃなかったらどうしよう。
その不安は、確かに感じてはいた。
案の定、この味は余り好みではない。独特の酸っぱさは味わったことのないもので、慣れるまでは時間がかかりそう。箱の中を見てみると、個包装されたティーバッグはまだ沢山残っている。コレが全てなくなる頃にはこの味が好みになっていれば良いんだけどと、思わず出てしまった溜息。飲み慣れないハーブティーを甘いクッキーで誤魔化しながら、のんびりとした休憩時間を堪能する。
洗濯が終わったことを知らせる合図が聞こえてきたら、休憩時間は強制終了。一回目の洗濯物は洗濯機の中から外へ。代わりに残った洗濯物を洗濯機の中に放り込んで同じ作業をもう一度。
今し方洗濯が終わったばかりの衣類を持ってベランダに移動し、皺が伸びるようにハンガーに掛けながら丁寧に干していく。
汚れがついていた乾きにくい物は外側に。下着は見られないように内側に。配置を考え洗濯物をぶら下げていけば、それらは風に吹かれてゆらゆらと揺れた。
「ふわぁぁぁ……」
まだ作業は残っている。でも、程良い疲労感が心地良い眠りを連れてきたらしい。大きな欠伸が出て目に涙。でもまだダメ。お昼寝するには未だ早い。残りの洗濯物を干し終わるまでは、ベッドに移動は出来ないぞと、軽く頬を叩いて気合いを入れる。
二回目の洗濯物は、比較的大物ばかり。その中でも一番サイズの大きなシーツを広げてベランダの手すりにかける。
「……あー……」
無地の真新しいシーツ。こんなにも早く洗濯することになるなんて思って無かったのに……。
「やっぱり残っちゃうのかぁ……」
一応、洗濯機に入れる前に丁寧に洗ったはずの汚れは、完全に洗い落とされることなくうっすらと残ったまんま。
「嫌になっちゃう」
ショップで一目惚れした色だったんだけどな。悔しさからそんな言葉が零れてしまう。
「……新しいの、買わなきゃ」
本当はこのシーツも、何回も洗濯するくらい使うつもりだった。そのためにちょっと良い値段のする素材をわざわざ選んだというのに、使用回数はたったの一回。卸したその日に汚れてしまったのがとても残念で仕方無い。
「はぁ……」
諦めきれなくて洗濯してみたのに、汚れはそこに残ったまんま。まるで自分の心の中にのこるしこりと似ていて憂鬱になってしまう。
「お風呂場のゴミも片付けなきゃなぁ」
外は気持ちいいくらいの青空。
でも、一度曇ってしまった心はずっと雨模様。
「あのゴミ、どうやって捨てようかな」
考えないようにしていたこと。見え無いように目を瞑って、知らない振りをずっとしていた。
流石に臭いのは嫌だから、一応洗っては見たけれど。
日に日に形が崩れていくから、本当に早く処分してしまわなければいけない気がする。
「あーあ。面倒臭い」
本当に嫌になっちゃう。
折角の洗濯日和だというのに、消えない汚れが憎たらしい。
いっそのこと、消してしまった時間と共に、洗濯の泡で包まれて流れ落ちてしまえばいいのに、ね。
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