第28話 リボン
可愛いリボンが大好きなの。
ピンクや黄色、水色に黄緑。綺麗な綺麗な蝶々結びで形をしっかり整えてみて。
それをラッピングに添えると、ね? これだけで可愛いでしょう?
それは何もラッピングに限ったことでは無いわ。そうね……例えば、そう! ドレスと合わせてみても可愛いじゃない。
ううん。ドレスだけじゃ無い。髪の毛のセットで使用したり、手首に結んでみたり。ヒールのワンポイントに使ってみても絶対可愛いわよね!
だからリボンが大好きなの。リボンだけで、とっても可愛く変わる事が出来るんだから、こんなに素敵なことってないわって思っちゃう。
でもね。
リボンって子供っぽいって言われちゃうの。
サイズが大きくなればなるほど、「子供みたいだから可愛くない」って。
それって失礼じゃない? アイテムは使い方なんだもん。大きなリボンだって、使い方では素敵な可愛さを演出出来ると思うのね。
だから必ずリボンを付けてデザインを作るの。リボンの可愛さをみんなにも知ってもらいたいっていう気持ちと、私の信念を曲げたくないっていう意地なんだけどね。
そうやって作ったデザインは、もう何点も存在しているわ。小さなものから大がかりな物まで。色々な物を手がけてきた結果論ね。
そのデザインに対しての評価は勿論、好評を頂いているわ。
クライアントは私の提案したデザインに、両手を叩いて喜んでくれるの。
そもそもコンセプトが【可愛らしい】というテーマだから、これでもかってくらい思いっきり、大小のリボンを使ってかわいらしさをアピールしたんだもん。当然よね。
ただね。
残念なことに、リボンだけでは可愛さを表現出来ない事も偶にあるの。
注文の仕様によっては、リボン以外のアイテムも使って欲しいだったり、リボンは極力使わないで欲しいだったり。
我が儘よね、全く。リボンの素晴らしさが分からないなんて嫌になっちゃう。
とは言えお仕事はお仕事よ。そこはほら、プロフェッショナルだからね、私。注文の希望に添うようにしっかり仕事はこなすわ。
ただし。
こういう時はワンポイントでそっとリボンを忍ばせておくの。だってほら、私、リボンデザインのプロだもの。これだけは絶対に譲れないわ。
でもやっぱり、リボンはメインになって欲しい。ワンポイントなんて可哀想じゃない。どうせなら主役で存分に存在をアピールさせてあげたいの。
だから一生懸命プレゼンするのよ。どれだけリボンが素晴らしいものなのかを、相手にも分かりやすいように具体的に。
でね……次に出してみようと思っている企画書なんだけど…………。
先程から目の前で熱弁を振るっているのは、専門学校からの友人だ。
彼女は現在、フリーランスのデザイナーをしているようだが、正直彼女のデザインを商品として目にした事は一度たりとも無い。
彼女が出してきた実績にまとめられているタイトルはどれも、実際の企画展示物とは異なっている内容になってしまっていて、私の記憶とは一致していなかった。
「それにしても、凄いリボンの量だよね」
机の上に次から次へと並べられるコンセプトアートから一枚手に取り眺める。
「今回は自信作なの!」
彼女の話は先程から、全く頭に入ってきてはいない。コンセプトアートもどれもこれも似通っていて、差別化が難しいほどリボンまみれ。
「ねぇ、どう思う?」
正直に言えばこのプレゼンは失敗する未来しか見えなかった。理由は実にシンプルで、何を伝えたいのかが全く見えてこないのだ。
「うーん……自分には何とも言えないかなぁ」
発信力の弱いアピールは、ただ、ただ、人に不快感を与えてしまうのだろう。
彼女はこれを客からの企画書だと言っていたが、プリントアウトされた書類に書かれた文字はデザインコンペの応募事項。どうやらクライアントに直接依頼された仕事では無いらしいことは直ぐに分かってしまった。
応募要項にザックリ目を通してみると、公募の内容は香水のボトルを宣伝するためのものらしい。規定事項に書かれていたものは「大人を演出するかわいらしさ」。アイテムの有無は自由のようだ。確かに、リボンを使うなというルールは無いのだが、彼女が描く理想像は、商品コンセプトとは食い違っているような気がして違和感を覚えてしまう。
「何よぉ、率直な意見を言ってくれても良いのに」
そう言って頬を膨らませる彼女に対して返せた反応は苦笑を浮かべることだけ。
「あっ、分かった。このデザインが余りにも良すぎて言葉が出てこないんでしょう?」
その言葉に思わず、呆れた溜息が出そうになってしまった。
昔からそうだ。
彼女はとても思い込みが激しい性格をしている。
彼女が求めているのは常に、自分を肯定する言葉だけ。否定意見を言おうものなら、後が面倒臭くて仕方が無い。そうやって何人もの友人が彼女から離れていったというのに、私は何故か、まだ縁を切ることが出来ずにいた。
そんな彼女が異様に執着を見せるものが、リボンというアイテムだ。
「あなたが良いって思うんなら、コレで一度出してみたら良いんじゃ無いかなぁ?」
コンセプトアートを彼女に返しながら上手く隠す自分の本音。
「あなたならそう言ってくれると思ってたの!」
私の曖昧な返事を肯定的な返答と受け取ったらしい彼女は、嬉しそうに笑いながら何度も頷いてみせる。
「あっ! そうだ!」
机の上に広げられた資料を片付けながら彼女が唐突に言ったこんな言葉。
「そう言えば、あなた今週誕生日だったわよね?」
姿を消した資料の代わりに彼女の鞄から箱が出てくる。
「はい! これ」
「え?」
それは綺麗にラッピングされたギフトボックスだった。
「誕生日だったの思い出したから、今日渡そうと思って持ってきたの!」
リボンをかたどったデザインの包装紙に包まれたそのボックスは、彼女が大好きなリボンをかけて彩られている。使用されているリボンの色は赤。これは彼女が特別だと思う時に必ず使用する勝負色である。
「ねぇ! 開けてみてよ!」
受け取った側から開封しろと言われるのもどうなんだと思いながらも、その言葉に頷きラッピングを解いていく。プレゼントした相手が目の前に居るのだ。出来るだけ、ぐちゃぐちゃにならないように気を使いながら開封していけば、真っ白な箱が姿を現した。
「喜んでくれると良いな」
目の前の彼女はとても上機嫌で。確かにプレゼントをもらえる事は嬉しい事なのかも知れない。だが、何故か今回は気持ちの悪い違和感がずっとまとわりついてしまっている。
「一体何を……」
姿を現した物を見たとき、私は言葉を失い凍り付いてしまった。
「これ、作るのスッゴイ大変だったんだよぉ」
目の前の彼女は、嬉しそうにコロコロと笑っている。しかし、私は彼女に対して「ありがとう」という一言は言えなかった。
「どうしたの?」
箱の中のアイテムを凝視しながら、私は必死に考えを巡らせている。
私は一体、何を見せられているのだろう。
気のせいじゃなければ、これは成人男性の右手のように見える。中指には銀色に輝くリング。
「……まさ……か……」
そのリングには見覚えがあった。
「あなたっ!!」
勢いよく顔を上げて睨み付ければ、彼女は満足げに口角を吊り上げながらこう答えたのだ。
「やっぱり気付いてくれたんだぁ」
良かったぁ。気付かなかったら、どうしようかと思ってたの。
そう言って彼女は拗ねたように口を尖らせてみせる。
「あなた、彼に浮気されてたんだよ。私、偶然その場に居合わせちゃって」
そこから彼女が語った話は、余りにも突拍子過ぎて現実味が無かった。
「やめた方が良いよ。直ぐに謝った方が良いって忠告したんだけど、彼、何か怒り出しちゃって。それで、殴られる! って思って咄嗟に腕を伸ばしたら、そのまま彼動かなくなっちゃったの」
「え?」
「相手の女の人は何か叫んで喚いてるから、煩いなぁって思ってね。えいってバッグで叩いたらその子も気を失っちゃって……」
まるで現実味を帯びない陳腐なミステリー。そんなことが現実として有り得るのかと常識を疑ってしまう。
「でね。全然起きないからどうしようってなったんだけど、そう言えばあなた今月誕生日だったなぁって思い出して」
彼女は今、語ることに夢中だ。私の気持ちなんて無視してこのプレゼントをどうやって作ったのかを夢中になって話している。
「……っていうことなの。あっ! もちろん、それだけじゃないよ? その他の部分はちゃーんと綺麗にラッピングしておいたの」
このお話はコレでお終い。そう言いたげに合わさる彼女の両手。
「とっても可愛くておっきなリボンを見つけたから、特別にそれも使って飾り付けしたんだよ? そうだ! 何なら今から受け取りに来てよ! 絶対あなた喜んでくれるはずだよね?」
背筋を走る薄ら寒さ。
嬉しそうに返答を待つ彼女に気付かれないように注意しながら、私はそっと警察の通信司令センターに繋がる番号をプッシュしたのだった。
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