第17話 前人未踏の地でピクニック

「実にやれやれだ。こんなにやれやれと思ったのは久しぶりだ。アリスデルはともかく、ブリジット。お前、こんな姿を男に見られたら、嫁のもらい手がいなくなるぞ。気をつけろよ」


「うぅ……そうなったらセリカ先生が私をもらってください……おぇ……」


「駄目ですよ、ブリジットさん……マスターは私のなんですから……う゛ぉえぇぇっ」


「きったないなぁ……」


 胃を空っぽにした二人は、ヨロヨロと立ち上がる。

 ブリジットは朝食を全てぶちまけたせいで、お腹が減ってきたと言い出す。


「そう言えば、ブリジットは食いしん坊だったな。学生時代、昼休みになると購買部に走って行き、大量のパンを買う姿を何度も見た」


「う……見ていたんですか……だって、誰にも荒らされていない新雪のような購買部で、好きなパンを好きなだけ買うのが好きなんですよ」


「お前が購買部のパンを大好きなのは伝わった。そんな熱心に思われたら、パンもさぞ光栄だろうよ」


「そ、そうでしょうか!?」


「だが、今朝食べたパンは栄養になれず、お前を恨んでいるかもな」


「うぅ……ごめんなさい、クロワッサンにチョココロネにホットドッグにメロンパン……」


「朝から食べ過ぎじゃないのか……太るぞ?」


「私にとっては普通です。近頃お腹周りが気になったりはしていません。断じて」


 ブリジットが力強く断言したので、セリカはそれ以上追及しないことにした。


「食べ過ぎるのはよくありませんが、そろそろお昼にしてもいいかもしれませんね」


 アリスデルは愛用の懐中時計を見て、ランチタイムを提案する。


「賛成です! けれど……モグラのグロ死体と自分たちの吐瀉物がある場所はちょっと……」


「お前らのゲロはともかく、ダンジョンで死んだ魔物は、しばらくすると消滅して魔石に変わる。そろそろだろう」


 セリカたちが見つめる中、モグラ三匹の死体は、色が少しずつ薄れていき、やがて完全に消えてしまった。まるで立体映像だ。しかし戦ったセリカたちは、投影された映像ではなく本物だったと実感している。


「私も仕事柄、何度かダンジョンに潜っていますが……いつ見ても不思議な光景です。ダンジョンの外の魔物は消えたりしないのに」


「古代文明の脅威の技術だな。さて、その恩恵を授かるとしようか」


 ダンジョンの魔物と外の魔物の違いは、消えることだけではない。

 消えたあとに、魔石を残すのだ。


「ビー玉サイズの魔石だ。これなら半分に割っても、アサルトライフルなんかに組み込むには十分な大きさだな」


 セリカは赤く透明な石をつまみ上げ、二人に見せてやった。

 現われる魔石は、モンスターの強さによって変わる。

 例えばゴブリンなどは、虫眼鏡を使わないと見えないような小粒の魔石を残す。発する魔力が弱すぎて価値がない。そもそも、どこに落ちているか探すのが大変なので、これを回収する者はいない。

 さっきのモグラくらいの強さだと、倒して回収するに値する魔石を残してくれる。


「魔石を三つゲットですね、マスター。それではランチにしますか?」


「うーん……死体は消えたが、お前らが吐いたのは残ってるからなぁ。もっと奥に行こう。どうせなら、未踏の場所で食べたほうが気分がいい。奥に行けば行くほど、大きな魔石が採れるんだし」


 ダンジョンは深い場所ほど、強いモンスターが出現する。またダンジョンの壁や床を掘っても稀に魔石が出てくるが、それも深いほど大きいのが採れる。

 あの冒険者たちがまだ到達してない場所で昼を食べ、それから食後の運動がてら魔石探しをすればいい。


 細い通路を進んでいくと、また広々とした場所に出た。

 巨大なミミズが出てきたので、倒して魔石を回収。

 ここも魔石灯が設置されている。冒険者たちが探索済みだ。


 また通路を進んで、広場に出る。

 今度は巨大ムカデに襲われた。ここにも魔石灯がある。


 その次の広場で、ようやく魔石灯の明かりがなくなり、暗闇が押し寄せた。

 どうやら冒険者たちは、直前の通路まで魔石灯を設置したあと、なんらかの理由で引き返したのだ。


「やった! 前人未踏の場所だ! 古代人はともかく、惑星アーカムで生まれた人類としては、私たちが初めてここに足を踏み入れたのだ! いやぁ、前人未踏は何度やっても気分がいい。昼食を最高に美味しく食べられそうだ!」


 セリカは暗闇を見つめながら、拳を握りしめて叫ぶ。


「セリカ先生、テンション高くてかわいい……でもお腹減って力が出ません……お弁当を早く……」


「まあ、待て。こう暗くてはランチどころではないだろう。通路で食べるのは味気ないし。先に魔石灯を設置し、私たちが到達した証を作ろう」


 セリカは、ここに来るまでに集めた魔石を手のひらに載せる。

 大きさはバラバラだ。それらを握りしめて砕き、米粒大にする。

 そして、その無数の細かい魔石たちに、一気に術式を刻み込んでいく。

 赤かった魔石が、青い魔石灯へと変化した。

 拳の中から淡い光りが漏れ出す。


「す、凄いですね、セリカ先生! 魔石灯って工場で作るものでは!? それをこんな簡単に……しかも、細かいのを同時に!」


「普通は工場で作ったのを買ってくるらしいが、自分で作れるならそのほうがいいだろ。ブリジット、お前も魔石灯作成の授業をやったはずだが?」


「授業の記憶はありますけど、一時間かけて一個作るのがやっとでした。私、攻撃魔法は得意ですが、細かい作業は苦手で……と言うか、得意な人だってセリカ先生みたいな真似は無理ですって。それって例えるなら、無数の米粒に同時に絵を描くみたいなものじゃないですか!」


「そこまで複雑か? できる奴はできるだろ」


「いやいや……いやいやいや! 私、職業柄、色んな魔法師に会いますけど、今のセリカ先生みたいな芸当できる人、知りませんから!」


「ふん。それを言うなら、私のほうが色んな魔法師に会ってるぞ。その経験から言わせてもらうと……あれ? 師匠と私しかできない気がしてきた……」


「ほらぁ! セリカ先生はもっと自分の凄さを自覚したほうがいいと思います」


「……これでも上から目線な性格だと思っていたんだが」


「戦闘中はそうですね。けどセリカ先生は、戦闘用の魔法以外も凄いんです」


「そうか? なら、これからはもっと自信満々で生きていくか」


 セリカがブリジットの意見を聞き入れようとしたら、アリスデルが「えー」と嫌そうな声を出す。


「マスターが更に自信を持ったら、とんでもない自己顕示欲モンスターになるじゃないですか。今までのが丁度いいですって。たまに抜けたところを見せてくれるからマスターはかわいいんです」


「な、なるほど……さすがアリスデルさん。セリカ先生ガチ勢ですね! 勉強になります」


「ふふふ。『セリカでるどう』は奥が深いのです。私のことを家元と呼んでくれてもいいですよ?」


「はい! 家元!」


「お前ら、その場のノリで道なき道を作るなよ、まったく」


 セリカは拳の中の魔石灯を、上に向かって投げた。風魔法でコントロールし、広場の壁や天井に埋め込んでいく。すると洞窟の広場が、まるでプラネタリウムのように様変わりした。


「綺麗……これまでの魔石灯って手の届く高さに、ビー玉くらいのを無造作にはめ込むだけでしたけど……照明の設置の仕方でもセンスって分かれるんですね。ここに来る人たちは、幻想的な景色にうっとりしますよ、きっと」


「ふふふ、そうだろう、そうだろう」


 セリカは自己顕示欲モンスターになりたいわけではないが、教え子に褒められるのが嬉しくて、素直に威張ることにした。


「マスターって割とこういう乙女チックなの好きですよね。かわいらしくて大変いいと思います」


「アリスデルの褒め方は、どうも素直に喜べんのだよなぁ」


「あら。私はこんなにマスターを好きだというのに。では私の愛情を知ってもらうため、まごころ込めて作ったお弁当を広げましょうか」

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