第23話 新しい魔法


「戦争の英雄に、王子に、マルコシアスの小僧か。……マクリーンの魔法騎士たちも総出とは、これは骨が折れそうだ」


 ジリアンを追ってきた死者たちに囲まれて、ハワードがニヤリと笑っている。


「あれが……」

「はい。ハワード・キーツです」


 ジリアンが言うと、侯爵の身体からブワリと殺気が立ち上った。


「はははははは! 恐いねえ」


 ハワードが心底嬉しそうに笑っている姿を、アレンとテオバルトも睨みつけている。


「とはいえ、時間切れだな」


 ふと、ハワードが笑いを納めて言った。


「なに?」

「私の『仮面ペルソナ』の魔法を見事打ち破ったあなた方には、特別に教えて差し上げよう!」


 ハワードは、両手を大きく広げて芝居がかった口調で言った。


「今夜、この首都ハンプソムが壊滅する」


 驚きに声を失う。しかし、その後ろでは騎士たちがハワードを包囲しつつあった。このまま彼を逃がすことはできない。


「どうやって?」


 時間を稼ごうと、ジリアンが問いかけた。


「『魔石炭コール』だよ」


 『魔石炭コール』は、燃やすと魔力を発生させる。魔力で動く自動機械の燃料として、現在では国中で普及している。

 ハワードがうっとりと微笑んだ。


「君のお陰だよ、ジリアン。君が便利な自動機械を次々と生み出してくれたお陰で、同時に『魔石炭コール』も一気に広がった。特に、首都ハンプソムではほとんどの家庭で使われているなあ。ああ、大規模な繊維工場もあるなあ」

「……それが、何の関係があるっていうのよ」


「同じ色だろう? 『魔石炭コール』も、『黒い魔法石リトゥリートゥス』も」


 言われて、ゾクリと背筋が震えた。


「まさか……」

「そうだよ。紛れ込ませてあったんだ。1年前から、少しずつね」


 もしも『魔石炭コール』に、例えば砕いて細かくなった『黒い魔法石リトゥリートゥス』が紛れていたとしたら。だれも気付かないだろう。何もしなければ、ただの黒い石だから。


首都ハンプソム中に『黒い魔法石リトゥリートゥス』がばら撒かれた状態で、あの儀式が行われたら……!)


 文字通り、首都ハンプソムが消し飛ぶ。


「今や、首都ハンプソムの隅から隅まで、『黒い魔法石リトゥリートゥス』の気配が漂っている。最高だよ」


 思わず、テオバルトを見た。彼も青白い顔で驚いている。


「ふふふ。その小僧には分からないだろうな。小僧は『黒い魔法石リトゥリートゥス』を使ったことがないだろう? 臆病だから」

「貴様……!」


 テオバルトが叫ぶと同時に、黒い煙、そして金属の糸が湧いて出た。『金属働者職人精霊』の魔法だ。

 金属の糸がかごのように絡み合い、ハワードを捕らえる。


 ──シュパパッ!


 しかし、その籠はすぐに切り刻まれてしまった。籠の内側から。


「ちっ。どうやら、奴が契約しているのは『死者たちの女王ヘカテー』だけではないようですね」


 それ以外にも、強力な攻撃力を持つ精霊と契約を結んでいるということだ。


「あなたの目的は何なの!?」


 思わず叫んだジリアンに、ハワードがくつくつと喉を鳴らした。


「戦争だよ、ジリアン」

「戦争?」

「そう。私の目的は、戦争を起こすことだよ」


 1年前、霜の巨人ヨトゥン族の男も、再び戦争を起こすことを望んでいた。


「どうして、戦争なんか!」

「いいかい、ジリアン。人と社会は戦うことで成長する。争いのない時代とは、すなわち停滞の時代だ」


 思わずぐっと喉が鳴った。それもまた事実だと、歴史を学んだ者なら誰もが知っている。この国の魔法は戦争がなければ、これほど進化することはなかった。


「君が生み出した『新しい魔法』だって、戦争に使われるようになれば、もっともっと進歩する。そうだろう?」


 アレンがジリアンの肩を抱いた。


「耳を貸すな、ジリアン。……そんなものは、詭弁きべんだ!」


 アレンの言葉に、ハワードは片方の眉を上げた。言いたいことがあるなら言ってみろということらしい。


「確かにこの国は戦争を経験して強くなってきた。だが、そればかりじゃなかった。……戦争は、人に悲しみと憎しみをもたらした」

「だが、それをバネに成長した。違うか?」

「違う。そんなものがなくても、人も社会も成長できる」

「それこそ詭弁だ。王子よ、そんな理想論で国を治められるのか?」


 アレンの金の瞳がきらめいた。


「できる。俺たちは、それを知っているんだ」


 ジリアンの肩を握る手に、力がこもった。


「自分を苦しみから解放するためではなく、人の暮らしを良くするために。それだけを願って新たな魔法を生み出した人がいた」


 ハッとしてアレンの顔を見上げた。


(私……?)


 僅かに微笑んで頷いたアレンに、ジリアンも頷き返した。


(そうよ。私たちが思い描く未来に、戦争は必要ない!)


「ははは。なるほど。その女に、未来をたくすか?」

「そうだ」

「……その決断、後悔する時が来るぞ?」

「その時には、俺が全てを背負う。それが俺の役目だ」


 アレンが真っ直ぐ前を見つめている。

 その横顔は、あの時とは違う。首都ハンプソムまでの道のりを一緒に歩きながら、魔法の未来を想像して目を輝かせていた少年の時とは、違うのだ。


「俺たちは、彼女と共に新しい歴史を築く」


(アレンは、覚悟を決めたんだ……)


「できるといいなぁ」


 ハワードがニヤリと笑った。


「なにもかも、今夜を乗り切れればの話だ」


 ──バサッ! バサッ!


 その時、上空から風切り音と共に何かが舞い降りてきた。


「ドラゴン!?」


 真っ赤なうろこに覆われた巨体が、その口から炎を撒き散らしながら庭に降り立つ。


「それでは」


 ハワードがひらりとドラゴンの背に乗ると、ドラゴンは再び翼を広げてあっという間に飛翔した。


「逃がすな!」


 全員で攻撃を仕掛けるが、何かに弾かれて届かない。そうこうしている内に、ドラゴンの姿はあっという間に見えなくなった。

 庭にはディズリー伯爵夫妻、令嬢、そして使用人たちの遺体だけが残されていた。


 西の空に日が沈む。


 『今夜』──その刻限が、目の前に迫っていた。



 * * *



 王宮までは風魔法を使って一気に移動した。それなりの魔力を消耗するが、温存している場合ではない。


「『魔石炭コール』を回収だ!」

「全て回収しろ!」

「住民の避難を!」

「すべての騎士団を動かせ!」


 事態を把握した国王の命により、侯爵が次々と指示を出す。


「私は図書館へ!」

「ジリアン!?」

「ノア、うちから魔導書を運んで。全部よ! 急いで!」

「はっ!」

「2人とも一緒に来て!」


 ジリアンは到着するなり、王立図書館の方へ駆け出した。アレンが驚いて声を上げるが、立ち止まることなく走った。それにアレンとテオバルトが続く。ジリアンは息を切らせながら説明した。


「モニカ嬢があの儀式を行った時、彼女……というか、『黒い魔法石リトゥリートゥス』に組み込まれていた呪文を唱えていたの。儀式を起こすためには、呪文が必要なはずよ」


 これにはテオバルトも頷いた。


「その通りです。しかし、首都ハンプソム全体を使って行うならば、呪文では全ての『黒い魔法石リトゥリートゥス』に呼びかけることは出来ない……。それに代わる何かが必要です」

「そうよ。それを探すの」

「図書館で?」

「ええ。過去にも、同じことがあったかもしれない」


 ジリアンは確信していた。あの賢人たちは、必ず後世に伝わるように書き残してくれたはずだと。


 話している内に、王立図書館に到着した。既に閉館時間を過ぎているが、アレンの権限で全ての書架を開放してもらう。


「アレン、奥も開けて」

「奥って、禁書か!?」

「そうよ」

「わかった」


 アレンが司書に命じると、直ぐに鍵が運ばれてきた。アレンが触れることで、め込まれた宝石が光る。


「それは?」

「禁書の書架は王族しか開くことができないの。そのための鍵よ」

「不思議な魔法ですね」

「ええ。シェリンガム王家には、こういう不思議な魔法がいくつか伝わっているのよ」

「ふむ」


 テオバルトが感心しながら頷く間にも、ジリアンは準備を進めた。手元に用意した羊皮紙に、魔力を込めながらペンを走らせる。


「それは?」

「今から図書館の本を全部めくっても間に合わないでしょ?」

「確かに」


 羊皮紙に書いた文字は、『黒い魔法石リトゥリートゥス』、『儀式』、『魔力の暴走』、……とにかく関連する語句を並べる。


「テオバルト、同じ言葉を、あちらの言葉で書いてくれる?」

「わかりました」


 意図がわからず首を傾げながらも、テオバルトは言われた通りに書いた。魔大陸にはいくつかの言語があるので、同じ意味の語句をそれらの言葉に置き換えて書き記していく。

 書き上げた羊皮紙に、さらにジリアンが魔力を込めていく。


 そうこうしている内に、ノアが戻ってきた。後ろにはトレヴァーと他の使用人がいて、両手に本を抱えている。全員もれなく髪が乱れているので、本を抱えたまま風魔法で運ばれたのだろう。かなり、荒々しく。


「無理させたわね」

「なんの、これくらいのこと」

「そこに置いてちょうだい」


 ジリアンのすぐそばのテーブルに、次々と本が積まれる。ジリアンが収集していた、魔大陸の魔導書だ。


「何をするんですか?」

「ごめんなさい、ちょっと集中させて」


 テオバルトを制したタイミングで、禁書の書架が開いたのがわかった。目の前の羊皮紙に、魔力を集中させる。



「『検索サーチ』」



 静かに唱えると、全ての本がカタカタと震え始めた。


「なんだ!?」


 その場にいた全員が驚いているが、説明している時間が惜しい。

 そのまま、ジリアンは目を閉じて集中し続けた。意識を図書館の中に駆け巡らせる。

 すると、いくつかの本がポッ、ポッと光った。


「光った本を持ってきて!」


 その指示で、司書たちが弾かれたように走り出した。侯爵家の使用人たちもだ。


「なるほど。ここに書かれた語句が載っている本だけを探したのですね! お見事だ!」


 テオバルトが思わずといった様子で拍手しながら声を上げた。


 全ての本の『検索サーチ』を終えて、ジリアンはふうと息を吐いた。


「新しい魔法か」


 アレンの問いに、ジリアンが頷いた。その額には汗が滲んでいる。


「これ。実用化できたら、かなり便利じゃない?」


 アレンも笑顔で頷いた。

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