第23話 新しい魔法
「戦争の英雄に、王子に、マルコシアスの小僧か。……マクリーンの魔法騎士たちも総出とは、これは骨が折れそうだ」
ジリアンを追ってきた死者たちに囲まれて、ハワードがニヤリと笑っている。
「あれが……」
「はい。ハワード・キーツです」
ジリアンが言うと、侯爵の身体からブワリと殺気が立ち上った。
「はははははは! 恐いねえ」
ハワードが心底嬉しそうに笑っている姿を、アレンとテオバルトも睨みつけている。
「とはいえ、時間切れだな」
ふと、ハワードが笑いを納めて言った。
「なに?」
「私の『
ハワードは、両手を大きく広げて芝居がかった口調で言った。
「今夜、この
驚きに声を失う。しかし、その後ろでは騎士たちがハワードを包囲しつつあった。このまま彼を逃がすことはできない。
「どうやって?」
時間を稼ごうと、ジリアンが問いかけた。
「『
『
ハワードがうっとりと微笑んだ。
「君のお陰だよ、ジリアン。君が便利な自動機械を次々と生み出してくれたお陰で、同時に『
「……それが、何の関係があるっていうのよ」
「同じ色だろう? 『
言われて、ゾクリと背筋が震えた。
「まさか……」
「そうだよ。紛れ込ませてあったんだ。1年前から、少しずつね」
もしも『
(
文字通り、
「今や、
思わず、テオバルトを見た。彼も青白い顔で驚いている。
「ふふふ。その小僧には分からないだろうな。小僧は『
「貴様……!」
テオバルトが叫ぶと同時に、黒い煙、そして金属の糸が湧いて出た。『
金属の糸が
──シュパパッ!
しかし、その籠はすぐに切り刻まれてしまった。籠の内側から。
「ちっ。どうやら、奴が契約しているのは『
それ以外にも、強力な攻撃力を持つ精霊と契約を結んでいるということだ。
「あなたの目的は何なの!?」
思わず叫んだジリアンに、ハワードがくつくつと喉を鳴らした。
「戦争だよ、ジリアン」
「戦争?」
「そう。私の目的は、戦争を起こすことだよ」
1年前、
「どうして、戦争なんか!」
「いいかい、ジリアン。人と社会は戦うことで成長する。争いのない時代とは、すなわち停滞の時代だ」
思わずぐっと喉が鳴った。それもまた事実だと、歴史を学んだ者なら誰もが知っている。この国の魔法は戦争がなければ、これほど進化することはなかった。
「君が生み出した『新しい魔法』だって、戦争に使われるようになれば、もっともっと進歩する。そうだろう?」
アレンがジリアンの肩を抱いた。
「耳を貸すな、ジリアン。……そんなものは、
アレンの言葉に、ハワードは片方の眉を上げた。言いたいことがあるなら言ってみろということらしい。
「確かにこの国は戦争を経験して強くなってきた。だが、そればかりじゃなかった。……戦争は、人に悲しみと憎しみをもたらした」
「だが、それをバネに成長した。違うか?」
「違う。そんなものがなくても、人も社会も成長できる」
「それこそ詭弁だ。王子よ、そんな理想論で国を治められるのか?」
アレンの金の瞳が
「できる。俺たちは、それを知っているんだ」
ジリアンの肩を握る手に、力がこもった。
「自分を苦しみから解放するためではなく、人の暮らしを良くするために。それだけを願って新たな魔法を生み出した人がいた」
ハッとしてアレンの顔を見上げた。
(私……?)
僅かに微笑んで頷いたアレンに、ジリアンも頷き返した。
(そうよ。私たちが思い描く未来に、戦争は必要ない!)
「ははは。なるほど。その女に、未来を
「そうだ」
「……その決断、後悔する時が来るぞ?」
「その時には、俺が全てを背負う。それが俺の役目だ」
アレンが真っ直ぐ前を見つめている。
その横顔は、あの時とは違う。
「俺たちは、彼女と共に新しい歴史を築く」
(アレンは、覚悟を決めたんだ……)
「できるといいなぁ」
ハワードがニヤリと笑った。
「なにもかも、今夜を乗り切れればの話だ」
──バサッ! バサッ!
その時、上空から風切り音と共に何かが舞い降りてきた。
「ドラゴン!?」
真っ赤な
「それでは」
ハワードがひらりとドラゴンの背に乗ると、ドラゴンは再び翼を広げてあっという間に飛翔した。
「逃がすな!」
全員で攻撃を仕掛けるが、何かに弾かれて届かない。そうこうしている内に、ドラゴンの姿はあっという間に見えなくなった。
庭にはディズリー伯爵夫妻、令嬢、そして使用人たちの遺体だけが残されていた。
西の空に日が沈む。
『今夜』──その刻限が、目の前に迫っていた。
* * *
王宮までは風魔法を使って一気に移動した。それなりの魔力を消耗するが、温存している場合ではない。
「『
「全て回収しろ!」
「住民の避難を!」
「すべての騎士団を動かせ!」
事態を把握した国王の命により、侯爵が次々と指示を出す。
「私は図書館へ!」
「ジリアン!?」
「ノア、うちから魔導書を運んで。全部よ! 急いで!」
「はっ!」
「2人とも一緒に来て!」
ジリアンは到着するなり、王立図書館の方へ駆け出した。アレンが驚いて声を上げるが、立ち止まることなく走った。それにアレンとテオバルトが続く。ジリアンは息を切らせながら説明した。
「モニカ嬢があの儀式を行った時、彼女……というか、『
これにはテオバルトも頷いた。
「その通りです。しかし、
「そうよ。それを探すの」
「図書館で?」
「ええ。過去にも、同じことがあったかもしれない」
ジリアンは確信していた。あの賢人たちは、必ず後世に伝わるように書き残してくれたはずだと。
話している内に、王立図書館に到着した。既に閉館時間を過ぎているが、アレンの権限で全ての書架を開放してもらう。
「アレン、奥も開けて」
「奥って、禁書か!?」
「そうよ」
「わかった」
アレンが司書に命じると、直ぐに鍵が運ばれてきた。アレンが触れることで、
「それは?」
「禁書の書架は王族しか開くことができないの。そのための鍵よ」
「不思議な魔法ですね」
「ええ。シェリンガム王家には、こういう不思議な魔法がいくつか伝わっているのよ」
「ふむ」
テオバルトが感心しながら頷く間にも、ジリアンは準備を進めた。手元に用意した羊皮紙に、魔力を込めながらペンを走らせる。
「それは?」
「今から図書館の本を全部めくっても間に合わないでしょ?」
「確かに」
羊皮紙に書いた文字は、『
「テオバルト、同じ言葉を、あちらの言葉で書いてくれる?」
「わかりました」
意図がわからず首を傾げながらも、テオバルトは言われた通りに書いた。魔大陸にはいくつかの言語があるので、同じ意味の語句をそれらの言葉に置き換えて書き記していく。
書き上げた羊皮紙に、さらにジリアンが魔力を込めていく。
そうこうしている内に、ノアが戻ってきた。後ろにはトレヴァーと他の使用人がいて、両手に本を抱えている。全員もれなく髪が乱れているので、本を抱えたまま風魔法で運ばれたのだろう。かなり、荒々しく。
「無理させたわね」
「なんの、これくらいのこと」
「そこに置いてちょうだい」
ジリアンのすぐそばのテーブルに、次々と本が積まれる。ジリアンが収集していた、魔大陸の魔導書だ。
「何をするんですか?」
「ごめんなさい、ちょっと集中させて」
テオバルトを制したタイミングで、禁書の書架が開いたのがわかった。目の前の羊皮紙に、魔力を集中させる。
「『
静かに唱えると、全ての本がカタカタと震え始めた。
「なんだ!?」
その場にいた全員が驚いているが、説明している時間が惜しい。
そのまま、ジリアンは目を閉じて集中し続けた。意識を図書館の中に駆け巡らせる。
すると、いくつかの本がポッ、ポッと光った。
「光った本を持ってきて!」
その指示で、司書たちが弾かれたように走り出した。侯爵家の使用人たちもだ。
「なるほど。ここに書かれた語句が載っている本だけを探したのですね! お見事だ!」
テオバルトが思わずといった様子で拍手しながら声を上げた。
全ての本の『
「新しい魔法か」
アレンの問いに、ジリアンが頷いた。その額には汗が滲んでいる。
「これ。実用化できたら、かなり便利じゃない?」
アレンも笑顔で頷いた。
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