第20話 ある執事の手記


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シェリンガム暦1853年2月7日


 本日は大切なお客様をお迎えして、晩餐会が開かれた。といっても、出席者は旦那様とお嬢様、そしてお客様の3名だが。

 旦那さまからは『大切なお客様』を『しっかりとお迎えするように』と重ねて申し付けられた。魔大陸の侯爵様で、外交官の補佐をされているので当然ではある。


 ……とはいえ、主人の言外の意図を察することが執事の役目である。


 お客様の思惑を様々な角度から探るよう、全ての使用人に命じた。

 皆、学院でお嬢様にをかけている男性のことが気になっているようで、この日は屋敷の使用人総出となった。


 結局、その思惑は見事にけむに巻かれてしまった。そもそも、旦那さまとお嬢様にこの手の仕事が向いていないというお客様の言には、全面的に賛成である。

 

 さて。お嬢様のご要望にお答えしなければ。

 ……いよいよ、『かげ』について、お嬢様にお伝えしなければならない。


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2月8日


 王宮で何かあったのだろうか。お嬢様はたいへん不機嫌だった。だからといって、仕事を後回しにすることはできない。

 潜入の準備が整ったことをご説明し、今後について相談した。


 ……今日は、『陰』についてはお話できなかった。知らせずに済む方法はないかと、悪あがきをしている自分が情けない。お嬢様は、とっくに覚悟を決めていらっしゃるというのに。


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2月12日


 ソフィー・シェリダン子爵令嬢として潜入するにあたって、その世話と護衛の任につく『陰』を選任した。ケリーは優秀な魔法騎士でもあり、十分にこの役目を果たしてくれるだろう。


 その件を、ようやくお嬢様にお伝えした。

 できるだけ淡々とお伝えするように努めた。お嬢様もまた、淡々と事実を受け止めてくださったようだった。

 侯爵家の後継者として、こうした裏の顔も持たねばならないということを、お嬢様は既に理解されていたのだ。


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2月20日


 今日は、ソフィー・シェリダン子爵令嬢が首都ハンプソムの社交界にデビューした。

 お茶会自体はつつがなく終えることができたが、ハワード・キーツと邂逅したという。

 この潜入の仕事が、また一つ増えたことになる。


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3月5日


 お嬢様がソフィー・シェリダン子爵令嬢としてお過ごしになる時間が増え、屋敷から活気が消えた。

 お嬢様のためにとあくせく仕事をしていた使用人たちは、みな意気消沈している。たまにご帰宅されると、その日だけは張り切るのだから現金なものだ。

 旦那様もその様子には気付いているだろうが、目をつむってくださっている。


 同じお気持ちなのだろうということは、誰の目にも明らかだった。


 また、お嬢様宛の手紙の多いこと。

 体調不良を理由に学院を休学することになったため、ご学友からはひっきりなしに手紙が届くのだ。ご学友からのお手紙はお嬢様のお手元に届くように手配しているが、見知らぬ男子学生からの手紙は旦那様にお渡しする。それらの手紙は音もなく消し炭なるわけだが、それは仕方のないことだ。


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3月23日


 今日は、お嬢様の誕生日。本当に素晴らしい淑女レディーになられた。

 1年の内で最も重要なこの日のために、完璧に準備を整えてきた。お嬢様が喜んでくださったので、我々も嬉しい。最高の気分だ。


 ……夜中にバルコニーに侵入したについては、『見逃すように』と事前に旦那様からご命令があった。

 それでお嬢様の気持ちが晴れるならと、……まことに口惜しいが、使用人も騎士も見て見ぬ振りをしたのだった。


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5月4日


 お嬢様がソフィー・シェリダン子爵令嬢として潜入するようになり、すでに2ヶ月。すっかり社交界の華と呼ばれているらしい。

 今日は、ついにハワード・キーツが動き出したとケリーから報告があった。ソフィー嬢に、マルコシアス侯爵と接近するよう『お願い』した、と。


 気を引き締めなければ。


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5月10日


 今日、ソフィー・シェリダン子爵令嬢とマルコシアス侯爵が接触した。

 『詳細は言えないが、彼と同盟を結んだ』とだけ、お嬢様からの手紙にあった。敵ではなかったということだが、まだ分からない。

 ケリーには、気を付けて見張るように改めて命じた。


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5月21日


 お嬢様が、オニール男爵のもとを訪ねた。直接話す必要はないと旦那様も騎士たちも止めたが、その意思は固かった……。


 お嬢様は、優しすぎる。

 何もかもを受け止めて、いつか潰れてしまうのではと心配で仕方がない。


 だが、その反面で『お嬢様ならば大丈夫だろう』とも思う。


 お嬢様はクリフォード・マクリーン侯爵閣下の後継者。

 優しさだけでなく、何もかもを受け入れる器の大きさと、運命に抗う強さを持っているのだから。


 ……とはいえ、の方面はからっきしの様子。それでいい。これから先も、ずっとこの屋敷にいてくださることを、願わずにはいられない。


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5月25日


 これは私の日記のようだが、内容が判然としない。

 誰のことを書いているのだろうか。あっちこっちの文字が消えている。


 ……何か、大切なことを忘れている気がしてならない。


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5月28日


 私の『陰』であるケリーが、ソフィー・シェリダン子爵令嬢とマルコシアス侯爵、そして変装していたあの方を襲った件について。議会は相当紛糾しているらしい。国王派の中でも意見は割れているとか。仕方がない。

 彼女の意思で起こした事件でないことは明らかだ。彼女の忠誠心は本物。だからこそ、『陰』として重要な任務を……重要な任務?


 ……そうだ。市井に紛れ込ませて、情報収集をさせていた。

 だが、なぜソフィー・シェリダン子爵令嬢のメイドを……?


 私は、いったい何を忘れているのだろうか……?


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5月29日


 屋敷の中がおかしい。

 あるべきものがそこにない。


 何を忘れているのか、誰を忘れているのか。皆目見当もつかないが、大切な人のことを忘れていることは間違いない。

 屋敷中の使用人たちが、心の中に穴があいたようだと訴えている。体調不良を訴える者まで。


 私は、……私達は、いったい何を忘れているのだろうか……?


 そうだ、大切な人だ。この屋敷にいるべき人だ。


 その人が、いない──。






 第2章 完 To be continued...





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 第2部 勤労令嬢、恋をする - 第2章 勤労令嬢と社交界

 これにて完結です!


 次話からは、第3章 勤労令嬢と王子様 が始まります!


 記憶を失くした人々は、果たして彼女のことを思い出すことができるのか……?

 そして、ハワード・キーツの真の目的は……?

 アレンとジリアンの恋の行方は……!?


 いよいよクライマックスの第3章にも、乞うご期待!


 面白いなあと思っていただけましたら、応援&コメント、フォロー、★、おすすめレビュー、よろしくお願いします!


※第3章の投稿まで、1週間ほどお休みいただきます。

 お待ちいただいている皆様には申し訳ありませんが、より良い作品をお届けするために、どうかご理解ください。

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