番外編3 放課後の逢瀬(前)
「ジリアン!」
全ての授業が終わって、さて帰ろうと立ち上がったジリアンに声をかけたのは、アレンだった。近頃は忙しい様子のアレンだったが、今日は珍しく朝から授業を受けていた。
彼は『王子』という立場に戻りはしたが、学院では『アレン・モナハン』のままだ。その方が都合がいいらしい。高位貴族の子女の何人かは彼が王子であることを知っているが、今まで通りの付き合いをすることが暗黙の了解になっている。
「どうしたの、アレン」
「頼みがあるんだけど」
「頼み?」
立ち話をする二人に、学友たちが次々に声をかけていく。
「また明日」
「ごきげんよう」
今日は週末なので、貴族の子女たちは夜会があるのだろう。平民の学友たちもいそいそと帰っていく様子から、何か予定があるのだろうとわかる。
「アレン、明日の約束忘れるなよ!」
去り際にアレンの肩を叩いたのはアーロン・タッチェルだ。その隣にはイライアス・ラトリッジもいる。
「わかってるよ!」
「またテニス?」
「明日こそは、アーロンを負かす」
彼らはそれぞれ家業の手伝いやら何やらで忙しいというのに、その合間を
「頼みって?」
「買い物に付き合ってほしいんだよ」
「買い物? お店に行くということ?」
「そう」
高位貴族にとって、店に出向いて買い物をするというのは一般的ではない。商人が屋敷に持ってきた商品から買うものを選ぶのが普通だ。街に出て買い物をすることが全くないわけではないが、どちらかと言えばお忍びの息抜きという意味合いが強い。
「大したものじゃないんだよ。インクが欲しいんだけど、
「あら。インクの専門店?」
それならば、話は別だ。商人が屋敷に持ってくるよりも、店に行った方が多くの種類があるに違いない。
「……ジリアンも見たいだろ?」
「……見たいわ」
「夕方、閉店した後に開けてもらうように頼んであるんだ」
「さすが王子殿下」
「いや、モナハン伯爵家の名前を出したらすぐだった」
「そうなの?」
「マクリーン侯爵家の後継者が頼めば、終日だって店を貸し切りにしてくれるさ」
「まさか」
笑った私に、アレンが苦笑いを浮かべた。
「お前さ、もう少し威張ってもいいと思う」
「何よ、急に」
「マクリーン侯爵家の後継者で、王立魔法学院第1学年の第1席だぞ。もうちょっと、こう……」
「威張ったり出来ないわよ。私なんて、まだまだよ」
言ってから、ジリアンは教室の隅に控えていたノアに駆け寄った。その眉間にとてつもなく深い深いシワが刻まれていることには気づかないふりをして。
「そういうわけだから、今日は先に帰っていてちょうだい」
「お供します」
「アレンも護衛を連れているのよ? ちょっと目立ちすぎるじゃない」
実はアレンにもひっそりと護衛が付くようになったのだ。あまりにもひっそりと付いて歩くので存在を忘れがちだが、少なくとも5人の護衛が付いている。
「しかし……」
「大丈夫よ。ちゃんと屋敷まで送ってもらうから」
「いえ、そうではなくて……」
「先に帰って、お父様に伝えてちょうだい」
「……私に死ねと?」
「え?」
何のことか分からず首を傾げるジリアンに、ノアの眉間のシワがさらに深くなった。
「ちゃんと
アレンが言うと、ノアがグッと喉を鳴らした。彼は紛れもなく王子様で、ノアには言い返すだけの権限がないのだ。少しだけ気の毒になったが、仕方がない。
「承知しました」
「ありがとう!」
ジリアンも笑顔になった。
授業の後に友人と街へ出かけるのは初めてのことではないが、あまり
「じゃあ、行こうか」
アレンがさりげなくジリアンの手をとる。そのまま彼の左腕に
「ねえ……」
「エスコート。普通のことだろ?」
「それは、そうだけど」
思わず赤面したジリアンだったが、アレンはどこ吹く風といった様子だ。すれ違う学友たちも、ちらりと見るだけで特に気にもとめない。
にこやかに笑ったアレンにエスコートされるがままに、学院の外へ出た。
「馬車は?」
「歩いて行こうぜ。店の閉店まで少しあるから、他も見て回ろう」
「そうね」
二人で連れ立って、街に出た。
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番外編第3弾!後編へ続きます!
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