番外編1 二人だけの舞踏会
「ダンス?」
12歳の誕生日。何が欲しいかと侯爵に問われて答えたのだ。
『一緒に踊ってほしい』と。
「はい」
「私と?」
「そうです」
ジリアンの誕生日は春。毎年、この時期には
「とはいっても、今夜は楽団を呼んでいないだろう?」
「大丈夫です!」
ジリアンは、あまり気乗りしない様子の侯爵の手を引いて食堂を出た。食堂の隣の
「わあ! 舞踏会みたいですね!」
顔を
ジリアンはこの日のために新しいドレスを
12歳にはしては少しだけ背伸びをした夜会用のドレスは、今夜のために仕立ててもらったものだ。
「お父様、こっちです」
ジリアンが手を引いて侯爵を連れて行った先には、一つの自動機械が置かれていた。大きな四角い箱の上に、ラッパのような形の部品が取り付けてある。
「これは?」
「
「蓄音機?」
「あらかじめ吹き込んでおいた音を、後から出すことができます。先週、楽団に来てもらって音楽を吹き込んであります」
「君が作ったのか?」
「はい! 今日のために、考えました!」
ジリアンは、どうしても侯爵と踊りたかったのだ。
11歳を過ぎてから、家庭教師に新たな科目が追加された。それがダンスだ。社交界に出ても恥をかかないようにと、練習を重ねている。その成果を侯爵に見てもらいたかった。
何よりも。
音楽に乗って身体を揺らす、あの言いようのないフワフワとした時間を侯爵と一緒に過ごしたかった。
「……私は、あまり得意ではない」
侯爵の眉間にシワが刻まれる。
「私も、下手くそです」
ジリアンは侯爵の袖をきゅっと握って、そっとその顔を覗き込んだ。こうすれば、彼がジリアンの頼みを断れないことを知っているのだ。
滅多なことではこんな手段は使わないが、今夜は彼女の誕生日だ。
「……」
侯爵が、ぐっと喉を鳴らした。
(あと、一息)
「お願いします」
ため息を一つ吐いてから、侯爵が苦笑いを浮かべた。
「私はワルツしか踊れない」
「はい。知ってます」
「……ノアだな」
侯爵にも苦手なことがあると教えてくれたのは、ジリアンの護衛騎士だ。
「叱らないでくださいね。私が無理に聞き出したんです」
「……わかっている」
侯爵が部屋の隅へ視線を巡らせた。そこにいた護衛騎士がふいと目線を外すのを見て、思わず笑いがこぼれる。
「踊っていただけますか?」
「……ジリアン、それでは逆だ」
「え?」
侯爵が、一歩下がった。そして、ジリアンの前に跪く。彼女の右手を掬い取って、その瞳を覗き込んだ。
「お嬢様。……一緒に、踊っていただけますか?」
思わず、ジリアンの頬に熱が集まった。その様子に、侯爵が笑みを深くする。黒い瞳が、シャンデリアの光を反射してキラキラと光っていた。
「はい。よろこんで」
華やかなワルツの旋律が、二人だけの舞踏会を彩った──。
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第2部開始までお時間をいただきます。
その間、全3編の番外編を投稿します。お楽しみいただけますと幸いです。
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