2 神狐の森

2-1 聖なる泉

「ここが神狐しんこの森か……」


 いかづち丸の鞍に揺られながら、俺は見上げた。目一杯葉を広げた広葉樹の大木が、思い思いに五月の陽光を満喫している。ストイックで繊細な針葉樹の森林とは違い、楽天的なおおらかさがある。樹と樹の間が充分離れており、暖かな風が抜けて気持ちいい。


「村の森を思い出すねー」

「そうだな、ラン」


 いなづま丸の上で、ランは楽しそうだ。


 実際、こうして馬で道を逸れ森深く入っていくと、街道を走る馬車から見ていたときより、ずっといい。よく自然の中で癒されると言うけどさ、まさにそんな感じ。フィトンチッドがどうたらとか、つい余計な解説を入れたくなる。


「子供の頃、よくここに馬で遊びに来たわ」


 マルグレーテが、ぽつりと口にする。


「屋敷で独り遊びするのが辛くなったときに。……心が癒やされた」


 だろうな。


 田舎貴族の娘なんだから、教育といっても家族か出張教師に習うだけ。マルグレーテには友達すら居なかったわけで。孤児とはいえ仲間がいっぱい居たランやモーブのほうが幸せだったかもしれない。モーブ中身の俺社畜だって、ガキんときは近所の連中と狼のように群れて遊んでたしな。


 俺達を乗せた三頭と裸馬のあかつき号は、森をぱかぽこ進んでゆく。あかつき号まで連れてきたのは、この四頭の仲が良く、一頭だけ置いていかれるのを嫌がるからだ。だからこうして袋を背負わせ、荷運びとして同行させている。


「なあマルグレーテ」

「なあに、モーブ」

「その流れ者の聖者って奴は、どこで狐と交感したんだ。そこが多分霊的なポイントなんだろうし、その周辺から調べたい」

「少し先の泉のほとりよ。……ほらあそこ」


 指差す先、森がわずかに途切れた空間があり、陽光に輝く水面が、わずかに見えている。近づくにつれ視界が開け、小さな泉だとわかった。


「わあ、きれいな泉だねっ」


 四頭の馬が水を飲む脇にしゃがみ込み、ランは水を手で掬った。口に運ぶ。


「おいしい……」

「飲みすぎるなよ。おしっこ近くなるぞ」

「平気だよ、モーブ」


 顔を上げて、俺に笑いかける。


「したくなったら木陰でするし。馬車の旅でもそうだったでしょ」


 まあそうではあるが……。あっけらかんと言い放つところとか、さすが天真爛漫田舎娘だけあるわ。


 詫びた茶室くらいの小さな泉だが、水が豊富に湧いているようで、狭い水路が泉からちろちろと続き、森をくねくね走っている。


「このあたりか、マルグレーテ」

「うん」


 見回してみた。


 たしかに気持ちのいい泉で、清涼、清浄な雰囲気が周囲を包んでいる。霊性、ないし聖性を感じると言ってもいいだろう。


「なにか感じるか、ふたりとも」

「モーブ……」


 立ち上がると、ランは口を拭った。


「あっちからなにか気配がするよ」


 指差した。泉のほとりに、もう枯れて根本しか残っていない大樹がある。そちらのほうを。


「そうね。わたくしも感じる。なにか……霊的な波動を」


 さすがは魔道士。マジカルなものに対する感受性は、ふたりとも俺の比じゃないな。


「波動の元は、ここか……」


 大樹の根本は腐っており、大きなうろになっている。そこに、人ひとりやっと通れるくらいの穴がある。覗き込んでみた。地下に降りる坂道のように、洞窟が開いている。清涼な風が、中からわずかに流れてきた。


「前はこんな穴、無かったわ」


 マルグレーテは首を傾げた。


「腐り切って開いたのかしら、最近」

「降りられそうだよ、モーブ」


 ランは足元を確かめている。


「灯りがいるな。……松明持ってきてたっけ」

「うん、モーブ。あかつき号の荷袋に入ってる」


 ランが頷いた。


「でも初期のトーチマジックなら私、もう使えるよ」

「マジか……」


 さすがゲームの最強ヒーラー枠。魔法の習得速度凄いわ。


「念のため、松明も持っていきましょう。……それに武器も」

「そうだな、マルグレーテ」


 装備やポーション、ロープなどを整えた。ここは言ってみればダンジョンだ。戦闘がないとは言い切れない。俺は、「冥王の剣」のつかを握り締めた。この剣は原作ゲームでは、裏ボス七種のレアドロップのひとつ。ゲーム上では「必中」スキルを持つ。


 この「必中」っての、ここ「ゲーム世界現実」でどう落とし込まれているのか興味があったが、何戦かするうちに、なんとなくわかった。俺が空振りすれば必中もクソもなく、空振り判定。だがもし当たれば、「必ず」ダメージを与えられる。


 つまり敵のDEF数値を、戦闘の計算時に参照してないというかな。どれほど防御力の高い敵だろうと、必ずダメージが入る。


 たとえば、卒業試験で戦った、あの「アドミニストレータ」だ。あいつ最初は全く俺の攻撃を受け付けなかった。なんせ着てる布の服まで斬れやしないんだからな。だがこの「冥王の剣」で攻撃すれば、必ずダメージが入るはず。ダメージ量はもちろん、こっちのSTRだの相手のVITだのに左右されるにせよ、だ。


 短剣だから間合いが短く、使い所は難しい。だがこの特徴を生かせば、いろいろな戦い方はできそうだ。雑魚戦のうちに、俺はそれを練習しておく心積もりでいる。


「お前達はここで草でも食べててくれ……って、もう食ってるか」


 泉の脇の下草を、スレイプニールが勝手にもりもり食べている。それを見ていかづち丸といなづま丸はドン引き気味だ。


「お前達も食べろ。遠慮してると全部食われちまうぞ」


 首をぽんぽん叩いてやると、二頭とも食べ始める。あかつき号を引いてきたマルグレーテが、やはり草を食べさせ始めた。


「よし入ろう。俺が最初に入る。次はランだ。入ったらすぐ、トーチを唱えてくれ」

「うん。いいよー」

「マルグレーテはその次。中に入ったところで、一時停止だ。周囲をよく見て、どう進むか考えよう」

「わかったわ」

「よし。入る」


 長剣のさやが当たるので身を屈めるようにして、俺はうろに踏み込んだ。



●次話、「神狐の憂い」

地下ダンジョンに踏み込んだモーブ達を待っていたのは、土地神に仕える謎の狐だった。狐はとあるクエストをモーブに託する。それは……。


●あと業務連絡

本日月曜につき、本作と並行して週一連載中の「底辺社員の「異世界左遷」逆転戦記」、最新話を先程公開しました。こちら本作同様、ハズレ者の底辺社畜が異世界への左遷なにするものぞと大暴れして人生大逆転する痛快作。本作よりもうちょっと異世界ラブコメ寄りでイチャイチャ系です。よろしければ頭だけでも覗いてみて下さい。


最新話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891273982/episodes/16817139555785942726

トップページ:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891273982


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