1-3 当主シェイマスと、エリク家の家族

「ふむ……」


 妙な緊張感が漂っている。


 ここはエリク家居間。当主とその妻――早い話、マルグレーテの両親――が、俺達を迎えたところだが、誰も口を利かない。我が子や俺達を見つめながら、父親は唸っている。さすが貴族の当主だけあり立派な態度だが、そこか投げやりに崩れた雰囲気がある。小柄な母親のほうがむしろしっかりしていて、居住まい正しく座ったまま、行儀よく膝に手を置いている。


 エリク家の内装は、歴史と風格を感じさせるものだった。玄関に小さなホールがあり、そこから廊下を抜け、家族の居間に通された。途中廊下が軋んだのは気になったが、このあたりに、マルグレーテが言うように家計や家格の逼迫が出ているのかもしれない。応接間に通されなかったのはやはり、マルグレーテとその友達枠だからだろう。


 俺達と両親を隔てるテーブルでは、茶のカップが湯気を立て、ブローニッド渾身フルーツケーキの甘い香りが漂っている。だが誰も手をつけない。


 なよっとした息子と異なり、父親は、がっしりした体格。頑固そうに吊り上がった眉の間には、皺が寄っている。


「マルグレーテの知己の方々だね」


 鋭い瞳で値踏みするように俺とランを見ていたが、ようやく口を開いた。


「そうです。俺がモーブ。辺境の村の孤児です」


 どうせ後でコルンバに告げ口されるのは見えてる。正直に話した。


「私はラン。モーブと同郷です。故郷は魔物に襲われて全滅しました」

「私はエリク家当主、シェイマスだ」

「お父様。モーブもランも、ヘクトールでは抜群の成績を残したの。わたくしのともだ――」

「お前には聞いてない」


 遮った。俺に向き直る。


「マルグレーテと仲良くしてくれて礼を言う。そしてマルグレーテ……」

「はい、お父様」

「よくぞ卒業した。これでお前も、エリク家の長い歴史に連なることができた」

「あ、ありがとうございます、お父様」


 緊張しきっていたマルグレーテの瞳が、ようやく和らいだ。


 うーむ……。どうやらこの家、頑固そうな父親に完璧に支配されてるんだな。母親やマルグレーテといった女性陣は、口も挟めない感じだし。現代日本だと、パワハラ親父扱いされそうだわ。


「さて、ブローニッドのケーキを味わおうか。昨秋は果実の実りが悪かったが、なんとかいい実を選って糖蜜漬けや干物にしてある」


 どうやら父親のお許しが出たようなので皆、言葉少なにケーキを味わい始めた。適当な頃合を見て、マルグレーテが俺達のことを少しずつ紹介してくれる。しばらく屋敷に逗留するという話も、エリク家を手助けすると申し出たことも。


「マルグレーテ……」


 これまでひとことも口を挟んでこなかった母親が、瞳を緩めた。それなりに会話も始まったので、そろそろ話せると思ったのかもしれない。


「立派になりましたね、たった一年で」


 身を乗り出して、マルグレーテの手を取った。


「お母様……」

「それに素敵なお友達まで作って……。いい方です。わたくしにはわかりますよ。エリク家はこれでも、魔道士の血筋ですからね」

「あ、ありがとうございます、お母様」

「家族と使用人しかいないこの屋敷で、あなたは窮屈そうでした。同世代の友達など夢のまた夢。お人形でひとり遊ぶ姿を見るのは、辛かった……」


 言葉を切ると、茶の湯気を見つめた。ゆらゆら揺れる、白い湯気を。それから続けた。


「お金で無理をしてでも、ヘクトールに出してよかったわ。マルグレーテがこんなに素直で明るく、そして強くなるなんて……」

「それほど変わったか?」


 父親が眉を寄せた。


「私にはかわいい我が子にしか思えんが。一年前と同じく」


 これっぽっちも表情を変えないのに「かわいい我が子」とか、変わったおっさんだな。冷たい野郎ってわけじゃあなさそうだ。


 とはいえ付き合いやすいわけじゃない。もしかしたら厳しいだけじゃなく、感情表現に乏しいタイプなのかも。


 絶対権力を持つ当主が今どんな気分なのかわからない。冗談を言って笑ってくれるのか不真面目だと怒られるのかすら不明。そんなんだと、そりゃみんな、嫌でも父親の顔色伺いながら過ごすことになるわ。


「ふふっ」


 母親は、口を押さえて微笑んだ。今は笑っても怒られそうもないしな。


「あなたは男ですからね。マルグレーテの心の変化など、わからないのでしょう。……わたくしにはわかります」


 ちらっと俺に視線を送る。


「わたくしはマレード。これからもマルグレーテと仲良くしてちょうだいね」

「ええ」


 任せて下さいと言いそうになって、やめた。なんだかそれだと、俺がマルグレーテをもらい受けるみたいだからな。別に結婚の挨拶に来たわけじゃない。


「こちらこそ光栄です。……マレードさん」


 お母さんと呼ぶべきか迷って、結局名前呼びにした。


「私もマルグレーテちゃんとは、ずうっと仲良くするんだぁ」

「ありがとう、ランさん」

「ランでいいよ。お母さん」


 ランはあっさり「お母さん」呼びしたか。さすが天真爛漫。すっとまっすぐ人の心に入っていくな。


「まあ……。あなたはひまわりのような方ね」


 母親はくすくす笑っている。


「マルグレーテが明るくなったの、あなたの影響ね、きっと」

「マルグレーテちゃんって、最初から人懐こくって明るかったよ。自分から、私とモーブの部屋を訪ねてきてくれたもん」

「まあ」

「べ、勉強部屋です。学園の図書室みたいなもんで」


 フォローした。ランの奴、俺と同棲してる的な言い方やめろ。


 まあ実際、同棲してたわけだが。マルグレーテも後半ほぼほぼ同棲状態になったわけだが。三人で風呂入って洗いっこして、毎日裸で抱き合って眠ったわけだが。フラグ開放により胸触ったりキスしたりもしてるわけだが。


 などと「わけだが」トークを頭の中で繰り返していると、扉が開いた。


「シェイマス様」


 ブローニッドさんが、居間に顔を出した。


「晩餐のご用意ができました。コルンバ様はいつもどおり、先にお召し上がりになられ、お部屋にお戻りになられました」


 なんだコルンバ、家族と一緒に食わんのか。貴族の嫡男だ次期当主だといばりまくるくせに、変な奴だな。


「うむ」


 頷くと、父親は立ち上がった。


「では食事方々、ヘクトールでの長い話を聞かせてもらおうか。……手紙では、なにも伝わらないからな。マルグレーテの話が楽しみだわ」




●次話「マルグレーテの鎖」、明日土曜日朝7:08公開

深夜、客間でひとり眠れない俺のベッドに、寝巻き姿のマルグレーテとランが降臨する……。

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