9-5 最後の宝箱、そして謎の罠

「急げっ!」


 手綱を引き絞っていなづま丸を止めると、俺は飛び降りた。走り通しだったので、馬体から汗の湯気が立っている。いなづま丸の息も荒い。


「時間があまりないぞっ」


 洞窟に入って最初に調べた「開かずの宝部屋」。その前に、俺達は戻ってきた。ここまで、六つの宝は全て回収した。消費アイテムが四つに、ガントレットと長剣。あとはここだけだ。


 時間が惜しいので剣のほうは鑑定していないが、見た感じ、ゲームで言うなら中盤で武器屋に売っている大量生産品というところだ。レベルB装備という話だから、これもなにか魔法効果を持っていそうではある。


 一箇所回り道したこともあり、やはり時間制限がキツい。後半はもう、前に表示されるタイマーを一分おき……どころか三十秒に一度くらい睨みながら、随分馬に無理をさせてしまった。悪いと思うが仕方ない。なんせあと三十分かそこらなのだ。


 ここで宝回収に五分として、残りは二十六分。行きがけ、走り始めてからこの部屋までは、十分を切っていた。帰りは慣れているから多少速くは進めるはず。六分で入り口まで戻るなら、残り二十分程度。割と余裕を持てる計算だが、解錠に手間取れば危ない。それに気の緩みも怖い。だからあえて厳しく対応していた。


「リーナさん」

「わかってる」


 あかつき号から降りたリーナさんが、部屋の扉に駆け寄る。


「うん……うん」


 瞳を閉じて手をかざし、扉の情報を探っているようだ。


「大丈夫。予想通り、鍵は解除されている。罠もない」

「俺が開けます」

「うん。反対側は私が」


 観音開きの扉に飛びつく。


「せえのっ!」


 息を揃え、思いっ切り手前に引く。なんせトロール用かってくらいでかい扉だ。重いに決まってる。


「……って、えっ?」


 軽い。嘘のように軽い。冷蔵庫より軽々と、扉は大きく開いた。


「魔法で補助されてるのよ。このダンジョン、誰が設計したのか知らないけど、親切よね」


 リーナさんも舌を巻いている。


「それよりモーブ、宝だよっ」


 いなづま丸の上から、ランが指差す。


 部屋は広い。体育館くらいある。その中央に、ぽつんと宝箱が置かれていた。しかもライトアップされている。十メートルはある高い天井に、魔法のスポットライトが設置されていたのだ。


「こりゃまた、ご丁寧なこった」

「急いでモーブ。時間が惜しい」


 スレイプニールに跨ったままのマルグレーテが駆け込むと、ランが続く。馬に跨がり直す時間すら惜しい。俺とリーナさんがそのまま走り始めると、いかづち丸とあかつき号は、ちゃんとついてきた。


「これが最後の宝箱……」


 遠巻きにして観察した。


「大きいな」


 まず感じるのは大きさ。ガントレットは冷蔵庫を横倒しにしたくらいの宝箱に入っていたが、これはその倍くらいはある。これまでの宝箱同様、金属製。表面にびっしり埃と錆がこびりついている。仰々しく飾り立てられた大きな持ち手が付けられているが、このサイズだとたとえ施錠が無くとも、開けるのには苦労しそうだ。


「見てモーブ。やっぱり銘板があるよ」


 ランが一角を指差した。


「そうだな、ラン。大賢者アルネ・サクヌッセンムの名が刻まれてる。……リーナさん、罠と鍵を」

「うん」


 ここまで、装備を収めた宝箱には錠が掛けられていた。消費アイテムの箱にはない。で、ここは最後に残った「謎のアーティファクト」だ。当然、施錠された上、下手したら罠まで仕掛けられているはず。


 駆け寄ったリーナさんが、その勢いのまま、腕を突き出す。


「トレジャーインスペクション、レベル五」


 呪文を唱えてから宣言すると、リーナさんの手から、青い光が箱に飛んだ。


「うそっ!」


 叫んだ。


「どうしました。とてつもない罠ですか。それともリーナさんの力でも解けない施錠クラスとか」

「ううん」


 頭を振った。


「罠も鍵もない。これだけ大きな部屋に、大事に置かれた宝箱なのに……」

「全部の宝を回収して回ったからじゃないの」


 マルグレーテは頷いている。


「モーブも、これは最後のご褒美かもって言ってたじゃない」

「たしかに」


 俺はタイマーを見上げた。




――0:27:52――




「とにかく開けよう。俺達が動かなけりゃ、なにも始まらない」

「そうね」

「みんな下がってろ」


 パーティーと馬を下がらせてから、持ち手に手を掛けた。力を入れると――。


「えっ!?」


 驚いた。全然重くない――どころか、ほとんど力を入れないまま、蓋がすっと開いた。スムーズに。自動ドアのように。部屋の入り口と同じだ。


「どんっ!」


 大きな音がして、蓋が百八十度、開き切る。振り落とされた埃が、煙のようにたなびいた。


「大丈夫? モーブくん」

「平気です」


 背中で答えながら、宝箱を覗き込む。とりあえず時間優先だ。


「あれ……」


 なんもないぞ。革と思しき真っ黒の内張りがあるだけで、箱は空に思える。まさかとは思うが、「宝箱自体が宝」とか……。


「いや、そんなはずないよな。法外なサイズの宝はないって話だったし」


 立ち昇った埃を払うようにして目を凝らすと、なにか明かりに光る物体が視界に入った。宝箱中央に収められている。小さい。握った手に入るくらいに。これが宝だとすると、なんでこんなばかでかい宝箱に収蔵していたのか。さっぱりわからない。


「あったぞ!」


 屈み込むようにして体を入れ、そっと摘み出した。サイズの割に異様に重いのでは……と一瞬想像したが、そうでもない。普通だ。


 五角形の片手盾のような形。ちょっと香水瓶のような印象。素材はよくわからないが、銀色に輝いていてひんやりしているから、多分金属製。鉄とか銀じゃあない。そこに微細で抽象的な紋様が刻まれ、凹んだ部分には多色透明のなにかが貼られているか、流し込まれている。色ガラスのように。


 本体には、やはり鈍色金属の細いチェーンが取り付けられている。


「これだ」


 振り返って、みんなに見せた。


「それは……」


 リーナさんが寄ってきた。


「アミューレットね。つまり一種のお守り」


 チェーンを指で摘んでみせた。


「ほら。これで首からげるのよ」

「多分、特別な効果のある奴ね」


 マルグレーテは興味津々といった様子。


「だって強い魔力を感じるもの。そこから」

「ならこれ、『謎のアーティファクト』ってことで間違いなさそうだな」

「そうね、モーブくん。……学園に戻ったらトップの教師に鑑定してもらおうか。多分これ、私の鑑定スキルじゃ無理だわ。感じるもん」

「鑑定前に装備するのは危険かもよ。モーブが呪われたら、わたくし……」


 マルグレーテが眉を寄せた。


「そうだな。みんなの言うとおりだ」


 あかつき号の荷袋に、アーティファクトをそっと収めた。


「ねえモーブ……」


 ランが俺の袖を引いた。不安そうな表情で。そういやラン、宝箱を開けてからこっち、ひとことも口を利いてない。


「なんだか嫌な予感がする。早く戻ろっ」

「そうだな。それがいい。時間が無――」




「ドンッ!」




 俺が言い終わる前に、背後から轟音が響いた。振り返ると、宝箱の蓋が勝手に閉まっている。


「……なんだ?」

「見てっ。扉が!」


 マルグレーテが指差す先、入り口の扉が、音を立てて動いてゆく。


「なにっ!」


 走り込んだが、俺の目の前で、扉はぴったりと閉じてしまった。轟音と共に。押しても引いても、もうびくともしない。最初にこの扉を前にしたときと同じで、解錠スキルでもどうしようもないだろう。


「閉じ込められた……」

「そんな……」


 リーナさんが呟いた。


「この部屋自体が罠だってこと?」

「そんなことある?」

「どうしようモーブ」

「落ち着け、ラン」


 そうだ。タイマーは……。




――0:23:56――




 あと二十五分もない。急いで考えないと。どうやってまた入り口を開けるのか。


「ねえモーブ、アーティファクトを宝箱に戻したらどうかな」

「それも一案か……」


 たしかに。ランの言うとおりかも。なんせこの宝を取ってから、この罠が作動した。なら戻せば直る可能性はある。


「でもそうしたら、クリア条件の『宝全部収集』から外れちゃうじゃない」


 焦っているのか、マルグレーテは早口だ。


「一度取ったんだからフラグが立つんだよ……多分。それでないと意味ないだろ。戻せばフラグが戻るなら、絶対にクリアできないってことだからな」


 そんな設計のダンジョンはありえない。絶対に解法はあるはずなんだ。


「あそこっ!」


 部屋の一番奥を、リーナさんが指差す。


 そのあたりの地面が、真っ赤に発光している。複雑な模様が生じて、渦を巻くように回転を始めて。


「な、なによこれ」

「眩しいっ!」


 部屋が突然明るくなった。これまでは暗い洞窟そのものだったのに、天井と言わず壁と言わず、白く輝いている。真夏の陽光のように。驚いた馬が、首を振って前脚を上げ、竿立ちになっている。動じてないのは、度胸のあるあかつき号だけだ。


「大丈夫、怖くないよっ」


 ランが取り付いて、馬をなだめる。


「モーブがいるからねっ」


 自分に言い聞かせるかのような口調だ。


「なにか出てくるわよっ!」


 マルグレーテが叫んだ。


 マルグレーテの言うとおり、地面に浮かんだ召喚紋章のような赤い渦から、雲が立ち上がった。血のような色の。もやもやと。徐々に人型の形を取り……。


「モンスター……」


 リーナさんが呟く。恐怖を通り越し、呆けたような声だ。


「馬鹿な。このダンジョンにモンスターは出ないはずだ」


 間違いない。資料にはっきり書いてあったからな。


「じゃああれ、なに」


 マルグレーテの声も震えている。雲が消え、今ははっきり人型モンスターの姿が見えている。やつれた姿。ボロボロのローブのようなものを身に纏い、伸ばしっぱなしの髪と髭が長く垂れている。顔も姿かたちも、人間そのもの。ただし大きい。三メートルくらいはある。


 垂れていた頭を起こすと、そいつは瞳を開いた。


「我が名はアドミニストレータ」


 口も開けてないのに、耳が痛くなるほどの大声だ。


「なんだ、こいつ……」


 中ボスに違いない。だが、そもそもこんな奴、見たことがない。前世、本来のゲームの二周半で、俺は全ての中ボスと戦ってきた。未見のボスってことは、ここが本来のゲームにない、謎のダンジョンだからなのか……。


 ゆっくりと、そいつが俺のチームを両手で示した。


「これよりイレギュラーの排除に入る」


 壁際全ての地面から、紅蓮ぐれんの炎が立ち上った。俺達とそいつの周囲を取り囲むように。


 この演出……、俺は死ぬほど体験した。中ボスとの戦闘シーンだ。ゲームで何度も経験したから、間違えようがない。やはり中ボス確定だ。


 それにしても、無いはずのモンスター戦が、どうして……。しかも初見のボスとか……。弱点も敵の攻撃手法も、さっぱりわからない。おまけに俺、なんの戦闘スキルもないってのに。


 どうすればいい。どうすればみんなを守れるってんだ。どうすれば……。


 額に冷たい汗が流れるのを、俺は感じた。



 ――あと二十二分と、五十三秒――




●次話、謎の中ボスとの戦闘に臨むモーブ組。刻々とタイムアウトが近づく中、この危機をモーブはどう切り抜けるのか……。次話、明日水曜朝7:08公開です。

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