9-3 最初の宝箱

「ここか……」


 最初の宝箱の部屋の前で、俺達は馬を止めた。タイマーを見る。




――2:45:19――




 走り始めて、まだ十分かそこらしか経っていない。


「さっそく宝を回収しましょ」


 軽々と飛び降りるようにして、マルグレーテがスレイプニールを降りる。


「時間が惜しいわ」

「まあ待て。少し観察しよう」


 このダンジョンを回るルートは、厳密に決めてある。宝から宝へと回れるところはなるだけ回る。行き止まりで戻ってくるルートは、効率を考えて順番を決める。なにかトラブルがあると困るから、奥の宝箱は早めに回収する。そうすれば時間的余裕ができるからな。


 ただ、この宝だけは別。入り口に一番近いんだが、最後には回さなかった。


 というのもなるだけ早く、一度は宝箱回収を試しておきたかったから。それで回収時間の目安がわかるし、それによって、馬にどれくらい無理をさせるべきか、途中で休憩を入れられるかの見当がつく。


「普通に扉だね、モーブ」


 ランが見回した。


 たしかに。地図によればここの宝箱は、大きな部屋の中に収められている。部屋の入り口は、高さ五メートルほどの平坦な壁になっていて、中央にぽつんと観音開きの扉がある。取っ手と蝶番ちょうつがいが見えているから、取っ手を引いて開ける、普通のドアに思える。


 ただ、トロール用かと思うほど大きい。その分、馬も楽々通れるだろうが、重そうだ。


「リーナさん、念のためこの扉に罠があるか、調べてもらえますか」


 宝箱ならともかく、部屋への入り口に罠があるとも思えんが、一応な。慎重かつ迅速――。それに撤しないと。


「わかった」


 前にかざしたリーナさんの手に、微かな光が灯った。口の中でなにか、呪文を唱えている。


「罠はない。でも……」


 呟くと、取っ手を掴んだ。引いているが、扉は動かない。押しても引いても駄目だ。


「やっぱりね……」


 溜息をついている。


「やっぱり重いですか。……それとも長年の放置で蝶番が錆びてるとか」

「そうじゃなくて封印されてるのよ、ここ」

「扉に錠前があるってことですか」

「それもちょっと違うわね。ほら、どこにも鍵穴ないでしょ」

「魔法の封印なら、こっちも魔法で解除すればいいんじゃないの」


 マルグレーテが割って入った。


「宝箱はそうして解錠する予定だったでしょ」

「鍵じゃないのよ。『封印』」

「どういうことですか、リーナさん」

「だからねモーブくん。手順を踏まないと、この扉は開かないのよ」

「手順?」

「うん。多分、他の宝を全部回収しないと、ここのロックは開かないと思う」

「マジですか」


 そういや、この宝だけ、なんか特別感はあった。入り口のすぐ近くだし、宝箱の置かれている部屋も、やたらと広い。


「ラスボスならぬ、ラストトレジャーか……。きっとここに、『謎のアーティファクト』っていう奴があるのよ」


 マルグレーテが呟いた。このダンジョンの宝は、消費アイテム、Bクラス装備、そして「謎のアーティファクト」。情報には、たしかにそうあった。


「なるほど。全部回収したご褒美ってことか」

「そうそう。いずれにしろ時間が惜しい。とにかく先に進みましょ」

「そうだよモーブ」


 ランも頷いている。


「どっちにしろ、全部の宝を取らないとならないし」

「そうだな、ラン」


 幸いここは入り口近く。どうせ戻ってくる通路だから、別の宝に進んでも時間ロスはほとんどない。


「次行こう」


 俺は、いかづち丸に跨った。


         ●


「予定では、ふたつめの回収地点だったところよ。最初の回収になっちゃったけど」


 あかつき号を降りたリーナさんが、呪文を唱えた。


「大丈夫。周囲には罠はない」

「助かった」


 この宝箱は、扉付きの部屋には収められていなかった。テニスコート程度の窪みが洞窟恩壁にあり、一番奥に、いかにも古そうな宝箱が置かれている。冷蔵庫を横倒しにしたくらいの形とサイズ。全体に灰色に汚れ切ってはいるが、トーチ魔法の明かりにところどころ、てらてらと輝いているから、多分金属製だ。


「時間は?」




――2:28:07――




「入り口から三十分くらい」

「予定よりちょっと遅いよ、モーブ。……大丈夫かな」


 ランは不安げだ。


「大丈夫だ、ラン。遅れたといっても数分。誤算の範囲内さ。……リーナさん」

「任せて」


 宝箱に近づいたリーナさんが、呪文を唱える。


「罠はない。けど鍵が掛かっている。物理錠。あと……見て、ほら」


 土とも埃とも、錆ともつかない表面を、短剣でこすって落とした。


「ここに銘文がある」

「アルネ……サクヌッセンム」

「多分だけど、人の名前じゃないかな」

「そうね……」


 マルグレーテが首を傾げた。


「どこかで聞いた響きだし」

「それ……太古の大魔道士だよ」


 あっけらかんと、ランが口にする。


「あらランちゃん、よく知ってるわね」

「マルグレーテちゃんにもらった本に書いてあった」

「本当?」

「うん。『マナ召喚古代写本』。あの本の最後のほう」

「やだ。もうそこまで読み込んでるの」


 マルグレーテは目を丸くしている。


「だって、Zの授業、SSSなんかとは違って自習だし。暇潰しに読んでたら……」

「それにしたってよ」


 感心した声だ。


「とにかく最後のほうに古代からの大賢者一覧があって、そこにあった名前だと思う」

「記憶力凄いわねえ……ランちゃん」


 俺も実は聞いたことがあった。前世でだが。原作ゲームで語られる、「大昔の大賢者」として。ゲームに直接は出てこないんだわ。ただ「昔はこんな人物がいて……」という、伝説のひとつとして語られるだけ。


 まあぶっちゃけ、ゲームの脚本家が仰々しい「こけおどし」として入れ込んだだけと思ってる。だって本編には登場しないからな。よく考えたら、全く意味ない。


「雑談は後だ。まず開けよう」

「そうねモーブ。……ごめんなさい」


 マルグレーテ、随分素直になったな。最初に会った頃はじゃじゃ馬みたいだったのに。


「解錠できますか、リーナさん」

「任せて。錠前クラスからして、解錠魔法で簡単に開くと思う」


 リーナさんの手にオレンジの光が生じたと思ったら、宝箱からカチリという音が聞こえた。


「ほら開いた」

「俺が開ける」


 宝箱の蓋に手を掛けた。ご親切に、持ち手が付いている。


「念のため、少し下がっててくれ」

「わかった」

「うん」


 全員一歩引いたのを確認してから、持ち手を引っ張る。十キロ……いや二十キロくらいか。ともかく重い蓋が、蝶番ちょうつがいを軋ませながら持ち上がる。


「やっ!」


 ひと声気合いを入れて押し開けると、蓋が反対側に開き切った。音と振動で、周囲に埃が立つ。埃臭い。


「どう、モーブ」

「ああラン……。中になにか見える」


 埃を振り払うようにしてから、覗き込んだ。


 宝箱の内側には、真っ赤な革が張られていた。いつから置かれていたのかはしらんが、古びた様子はなく、昨日革張りにしたばかりのようにすら思える。


 そしてその中央に、茶色のガントレット、つまり籠手こてが置かれていた。


「装備だ」

「これは……」


 覗き込んだリーナさんが、籠手を持ち上げた。


「革のガントレットね。軽いから、前衛でも後衛でも装備できる。便利な防具よ」

「思ったよりたいしたことないのね」


 マルグレーテは、ちょっとがっかりした様子。


「概要にはレベルB装備ってあったのに。普通にレベルDじゃない」

「まだわからないわよ。詳しく調べてみないと」

「そうだよマルグレーテちゃん。なにか魔法効果があるかもしれないし」

「そうね」


 マルグレーテは、ガントレットを撫でた。


「たしかになにか感じるわ。なんらかの魔法効果はありそう」

「詳しく調べるのは、無事にクエストを終わらせてからだ。時間が惜しい」

「そうねモーブ。……ごめんなさい」

「いいんだ」


 ガントレットを、あかつき号の荷袋に放り込んだ。あかつき号は一番体が強い。荷運びに最適だ。


「次に行こう」


 いかづち丸に跨ると、タイマーを確認した。




――2:20:07――




 よし。宝回収に十分も使ってない。さっきまでの遅れはほぼ取り返した。だが……。


「気を抜くな。幸い地面が思ったより平坦で岩なども突き出ていない。ここから速歩はやあし予定だったけど、駈歩かけあしで行こう」

「そうね」


 リーナさんがあかつき号の手綱を引き絞った。


「なにか変化があれば、そこで速歩に落とすわ」

「よし。はいっ!」


 俺が命じると、いかづち丸は首を振りながら駆け始めた。




●次話、順調に宝を回収しつつあったモーブ組の前に、通路崩壊が立ち塞がる。怪我をしたランの治療と馬の休憩時間を生かし、入手したガントレットを鑑定すると……。次話、明日月曜朝7:08公開です。


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