7-2 大晦日、大遊宴ついに始まる!

 大晦日当日真っ昼間。午後零時。遊宴会場の大講堂に、全学園生と教師が揃った。ちょっとした野球場ほども広い大講堂だが、作り付けの机や椅子が全て取り去れられ、なおのこと広く見える。


 中央最前列に広いステージが設けられ、それを正面に見る位置に、教師席。その背後と左右に、各クラスの広いテーブル席。そして出演チームが待機する待機席がある。


 左右にはパーティー用の食事や飲み物が用意された配膳台があり、厨房スタッフが忙しげに料理を運び込んでいる。


「楽しみだねー、遊宴」

「そうだな、ラン」


 Zクラス席、テーブルに手を置いて、ランは楽しそうだ。


「くそっいい匂いだ」

「早く始まらないかな。腹減った」

「全くだ」


 Zクラスの席は、こんな感じ。とにかく食わせろオーラが凄い。お披露目の題目で緊張したり、講堂の隅で準備に勤しんだりギリギリまで打ち合わしたりする奴は、皆無。他のクラス席と大違いだ。


「それでは、王立冒険者学園ヘクトール。恒例の大遊宴を開始します」


 夏の遠泳大会と同じ事務方のトップが、中央で声を張り上げた。窓の緞帳どんちょうは全て開けられているから、冬の低い陽光が、構内を屋外グラウンド並に明るくしている。さらに、今日だけ特別に王宮から提供された魔法の明かりが、前方ステージを輝くばかりに照らしている。


「これはヘクトール伝統行事にして、卒業に向け、諸君の覚悟を披露する最高の舞台である。各人、今年一年掛けて身に付けたスキルを、存分に発揮するように」

「はいっ!」


 ほぼほぼ全員が、声を揃えた。Zの連中だけは、飯が早く食いたくて、料理の仕上げが進むケータリングテーブルをガン見してたけどな。あーこれ、遠泳大会んときと同じだわ。


「では学園長、ひとことお願いします」

「うむ」


 進み出たのは、ヘクトール学園長。例のハーフエルフだ。


「冬の学園は平和です」


 それだけ言うと黙り、学園生を眺め渡した。それから続ける。


「諸君は今日ここで存分に食べ、そして飲み、命を楽しむでしょう。……でも忘れてはなりません。諸君らが本日披露する技能。それこそは近い将来、諸君らの命を守る糧となる。命懸け、と言い直してもいい」


 そこで黙る。言葉が学園生に染み渡るのを待つように。そして続けた。


「事は卒業試験対策に留まりません。諸君らは本日、自らの運命と向き合うことになる」


「先生、いいこと言うねー、モーブ」


 背伸びしたランが、俺の耳に呟いた。


「あの校長、いっつも話が長いよな。早く終わればいいのに。マジ、ナルちゃんだわ」

「また、そんなこと言う」


 学園制服姿で、ランはくすくす笑っている。きれいな金髪が揺れた。


「では存分に楽しんで下さい」


 最後に笑顔を見せると、つと袖に引っ込む。事務方が引き取った。


「ではこれより食事と飲み物を解禁します。皆、クラス席に留まらず、せっかくの機会なので他クラスとも触れ合うように。遊宴のプログラムは、五分後から開始します。順番の早い者は、準備を急ぐように。それと――」


 なにか言ってたようだが、学園生の大歓声で掻き消された。争うようにして料理テーブルに列を作っている。この食欲だけは、SSSもZもない。ある意味、神が平等に作ったところだ。


「私達、どうする。ご飯にする、モーブ」


 ランが俺の手を握ってきた。


「そうだな……」


 阿鼻叫喚の料理テーブルを眺めて、俺は考えた。


「あの調子だと、飯受け取るまで時間掛かる。抽選で決まった俺達の順番も、そこそこ早い。それに準備が必要な演目だ。マルグレーテと合流して、先に準備を始めよう。飯はその後だ。今日は酒も出てるけど、どうせ演目前に飲むわけにはいかないし」

「私も、それがいいと思ってた」


 微笑むと、ランが立ち上がった。俺の手を引く。


「ほらモーブ。マルグレーテちゃん、呼びに行こう」


         ●


「さて、準備も終わったわね」


 講堂脇の屋外で、マルグレーテは、ほっと息を吐いた。


「ああ。馬も今日は調子が良さそうだ」

「みんな、自分の晴れ舞台だってわかってるんだよ、モーブ」


 頼もしげに、ランがいかづち丸の鼻面を撫でた。いかづち丸が、ランの頬を舐める。


「くすぐったいよ、いかづち丸」


 マルグレーテが考えた演目は、馬術だった。剣舞や魔法披露するチームは、例年多い。だが馬を使う例は、過去に聞いたことがない。リーナさんはそう言っていた。俺達はそれに挑む。


「遠泳大会のモーブの大宴会を見て、思いついたのよ」


 マルグレーテは、自分が操る馬、スレイプニールの腹を、ぽんぽんと叩いた。あースレイプニールったって、ガチのスレイプニールじゃないぞ。神話上の馬の名前を頂いた、ただの馬。ただ光を吸い込む漆黒の黒馬だから、迫力だけは神話級だ。


「あのときのモーブ。勝ち負けより、自分達が夏を楽しむことを優先したじゃない。みんなでご飯食べて。聞いた話だと、スタート後に隠し芸大会もしたみたいだし」

「そうだよー。私、水着で村の歌、歌ったんだー」


 あんときゃラン、マジでアイドルみたいだったからな。歌が民謡で、落差凄かったけど。


「だからわたくしも、わたくしたちが楽しくて、見ているみんなも楽しい演目がいいなあって思ったの」

「今回は順位とかそういう野暮なことないからな。ただのお披露目会だし」

「それにわたくし、卒業したら実家に戻ることになる。そのときに、わたくしが在学中にテイマースキルを育てていたと、お父様やお兄様に主張したくて」

「そこが、未来のなんとかって奴か」

「ええ」

「なんで重要なんだ」

「それは……テイマースキルを育てる方向ならマルグレーテは伸びるって、思わせたいから。テイマースキルを育てるには、旅が必要になる。実家に閉じ込められ朝から晩までの花嫁修業漬けじゃなく、実家を離れて……」


 マルグレーテに、じっと見つめられた。


「そうすればわたくし、モーブやランちゃんと……」


 そういうことか。十五歳とはいえ、ちゃんと考えてるもんだな。さすが貴族の娘。前世で俺が十五歳だったときなんて、毎日毎日エロと遊びのことしか考えてない、ただの馬鹿だったからなー。


 とはいえ考えただけでなんもできない、ただ無口で暗い、クラスの放置キャラだったけどよ。


 俺が他人となんでも話せるようになったのは、変な話、ブラック企業に就職して嫌も応もなく激務に放り込まれたからだわ。人と話すの嫌だとか俺はコミュ障で……とか、そういう甘えが許されなかったから。この点だけは、会社に感謝してるわ。無視された残業代返せとは思うけどさ。


「ところでどうする。まだちょっと時間あるけど」

「そうだなラン。順番来るまで、中でみんなの遊宴、観て楽しむか。マルグレーテも言ってたみたいに、卒業試験がどうたらの前に、楽しい宴会なんだから」

「いいわね。賛成」


 三頭の馬を外に繋いで、俺達は大講堂に戻った。




●次話、ついにステージに登場した本来の主人公ブレイズ。異様な姿を晒し、学園中がどよめく。その演舞を見た学園生はドン引きに……。

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