5-4 クラス対抗遠泳大会、ついにスタート!

「Zはなにやってるんだ」


 大会当日、競技開始前。広いビーチで、俺達Zクラスは、注目の的だった。なんせ、各クラスとも、それぞれの陣地で最後の打ち合わせとかストレッチとか。とにかく殺気立ってる。中には作戦を巡って言い争いをしてるクラスもあるからな。もちろん全員水着姿だ。


 これぞ真夏――という強い陽光に、沖縄かよって気分最高の気温。まっしろな砂のきれいなビーチ。それに穏やかで透明な海を前に、誰もそれを楽しんでない。学園底辺Zを除けば。


「おーいモーブ。ドリンクはここ置いとけばいいか」

「ああ。ジュースも茶も、フルーツパンチもそのあたりに並べといてくれ」

「葡萄酒はどうする」

「それは止めとこう。今日は泳ぐんだし。競技終了後に飲もうぜ」

「それもそうか……」


 何人かが、葡萄酒の樽を砂浜の端に下ろした。この世界では飲酒に年齢制限はない。たとえ子供でも、親が許せば酒を飲める。実際、Sクラス以上が食事を取る貴賓食堂では、頼めば朝から出してくれらしいし。一般食堂で注文すると、給仕に凄い目で睨まれる。葡萄酒なんかあるわけないだろって。


「モーブ。ケータリングが届いたぞ」

「おっ、やっと来たか」


 コック服の渋いおじさま方が、大量の料理を持ち込んできた。


「注文の品です。遅くなってすみません。なにしろ本気のメニューなので、調理に時間が掛かりまして。……ここに並べますか」

「ええ。お願いします」


 Zの陣地には、テーブルを並べてある。その上に、前菜やサラダ、メインの肉料理や魚、海老、それにパンやケーキなどが、次々並び始めた。


「なんだよ、Zの連中」


 時ならぬ大宴会仕立てに、他クラスの視線が集まった。


「これから大勝負だってのにあいつら、制服のままだぞ。水着にもなってないじゃんか」

「しかも周囲に、おいしそうなご飯が並んでるじゃない。お肉や海老、パスタにお魚。それにジュースやケーキまで。ビーチパーティーでもやるつもり?」

「あれ、一般寮の飯じゃないよな」

「ああ。Sクラス以上しか食えない、貴賓食だ。レベルが違う。くそっ、ここまでうまそうな匂いが漂ってくる。熔かしバターソースだよな、これ」


 実際そうだ。Zは落ちこぼれとはいえ、他のクラス同様、地方の豪商のせがれとか、没落貴族の嫡男ちゃくなんとかが集まっている。そいつらにカンパを募り、俺が学園事務と交渉して、貴賓食堂の一流料理人にケータリングを頼んだからな。「滋養強壮して頑張る」のがZの競技戦略だとか、口からでまかせで適当に言いくるめて。


 俺の行動力を見てクラスメイトは感心してたけど、別になんてこたない。忘年会の幹事をやるのと大差ないわ、こんなん。職階に応じた負担カーブ決めで悩まずに済むだけ楽まである。底辺社畜力なめんなって話で。お前ら子供だからやったことないだけだろ。こうして十五歳の世界に転生してみると、「強くてニューゲーム」感あるわ実際。


 SSS「ドラゴン」の陣地では、ブレイズ号令の基、水着姿の各人が、ストレッチに励んでいる。ブレイズ、掛け声を発しながら、忌々いまいましそうにこっちを睨んでるな。不真面目な俺とZが目障りで仕方ないんだろ。おもしれー。


 脚や肩の関節をストレッチで解放しながら、マルグレーテは、こっちをちらちら見ている。俺やランに小さく手を振ったりして。


 マルグレーテの水着姿、なかなかいけるじゃないか。SSSの中でもスタイルがいいから、クラスメイトの男からの視線を一身に浴びている。間近でガン見できて連中、嬉しそうだわ。まあ俺は水着脱いだ姿もたっぷり見てるから、特にうらやましくはない。


 とはいえ水着を身に着けると、すっぱとはまた違う魅力がある。それは認める。今度お泊まり会のとき、水着で添い寝してもらおうかな……。


 あーちなみに、マルグレーテの視線を受けたランは、首から下を全部、黒いローブで覆って隠している。俺がそうさせたんだ。


「先生。Zにあんなこと許していいんですか。学園底辺のくせに」


 自分のクラス担任に訴えてる奴もいる。見たらクラスSS「サラマンダー」の学園生だ。


「なにか問題なのか」


 教師はけんもほろろだ。


「なにか……って、ふざけてますよ。Zの連中。栄誉あるヘクトールの伝統競技を馬鹿にしてます」

「遠泳大会は、なんでもあり。実戦と同じだ。フィールドでモンスターに夜襲をかけられたとき、寝てる間に襲うのはふざけてるとか、お前は文句言うのか」

「……いえ」

「他クラスの戦略に文句つけてる暇があるなら、自分達の準備をしっかりしとけ。足元をすくわれるぞ。スタートまで、あと五分しかない」

「は、はい……」


 首を振り振り渋々、クラスメイトのところに戻ったな。


「あんな戦略、あるかよなあ……。うま飯食ったら、激速で泳げるってのか?」

「気にすんな。毎年ビリ常連のZじゃないか。今年はもう諦めてるんだろ。せめてもの思い出に、やけくそで飯食うんだ。そうに決まってる」

「それもそうか。去年みたいに出場辞退しなかった分だけ、今年は根性あるか……」


 納得したみたいだな。……まあ、当たらずと言えども遠からずって奴だ。せっかく夏のビーチイベントなのに楽しむことを忘れ、学園の思惑に乗せられるだけの遠泳大会が、俺はもったいないと思ったからな。お前らの青春、それでいいのかって奴。


 それに俺は、諦めちゃいないけどな。


「ではこれよりクラス対抗、ヘクトール夏季遠泳大会を始める」


 事務方の教員が、波打ち際で声を張り上げた。波に負けまいと。


「これはヘクトール伝統行事にして、諸君の日頃の鍛錬の成果を披露する、絶好の機会である。各人、真剣に取り組むように」

「はいっ!」


 ほぼほぼ全員が、声を揃えた。Zの連中だけは、飯が早く食いたくて、ケータリングテーブルを見つめながらよだれ垂らしてたけどな。


「では学園長、ひとことお願いします」

「はい」


 進み出たのは、ヘクトール学園長。三十歳くらいの男で、銀の長髪、なかなかのイケメンだ。――といっても、学園長はエルフとヒューマンの血が入ったハーフエルフ。実際はかなりの年齢という。ゲーム設定的には三百歳だったかな。退魔戦のかつての英雄で、その経歴を歴代国王に買われ、学園長を長く続けているって設定だった。


「夏のビーチは平和です」


 それだけ言うと黙り、学園生を眺め渡した。それから続ける。


「諸君はここで、青春の血を燃やしている。……だがこの平和は、諸君らの先達が命を捨て、また今も魔族と戦っているからこそ味わえる、奇跡の果実です」

「……」


 学園生は、続く言葉を待っている。


「先生、いいこと言うね、モーブ」


 背伸びしたランが、俺の耳にささやいた。


「長い話はカンベンだけどな。早く終わればいいのに、あのナルシスト」

「また、そんなこと言う」


 長いローブ姿で、ランはくすくす笑っている。漆黒のローブにきれいな金髪が広がっているから、神話に出てくる魔道士のように美しい。


「この奇跡の果実を、今日だけは思いっ切り味わってほしい」


 学園長は続けた。


「特に今年は、とても変わった戦略を取るクラスがあるようですし」


 ほぼほぼ全員の目が、またもや俺達Zに集まった。


「このクラスは――ぷっ!」


 なにか言おうとして、ハーフエルフは噴き出した。こらえきれずに笑っている。


「えっ!?」


 Z陣地の近くにいたリーナさんが、手を口に当てた。


「バカ笑いしたことがないって噂の、あのクールビューティーが噴き出すなんて……」


 目を見開いてるな。あーちなみにリーナさんも水着姿だ。教師らしく、地味な紺のワンピース。それでも十七歳の若さは隠せない。いい女だなー、マジ。


 なぜ水着かだが、なんたってリーナさんは養護教諭。競技開始後は、救護船に乗って学園生と並走するからな。誰かが溺れれば魔法で救護船に引き上げ治療する。それでも混乱したときは、自ら飛び込んで助けることもある。だから教師の多くも水着姿だ。


 見たところ、着てないのは事務方と学園長、それにZ担任の我らがじいさんだけ。そりゃあな。あのじいさんが救護で海に飛び込んだら、自分が遭難して終わりだろうし。


「――いや失礼」


 学園長は、ようやく立ち直った。


「とにかくこのイベントは学園の――ぷっ」


 あー。「ゾーン」に入ったか。こりゃ当分戻れないぞ。


「た、頼みます」


 事務方になんとか後を任せ、学園長は隅に引っ込んだ。まだ、涙を流さんばかりに笑っている。


「が、学園長のありがたいお言葉、よくよく胸に刻んでおくように」


 よせばいいのに、準備していたに違いないセリフをそのまま口にする。ビーチに微妙な空気が広がった。静かな浜を、心地よい海の香りを含んだ海風が渡っていく。


「と、とにかく始める。競技開始っ!」


 微妙な空気に焦ったのかいきなりスタートの号令をかけたので全員、一瞬固まった。が、すぐにブレイズが飛び出す。


「うおーっ!」


 大声を上げて、ざぶざぶ海に突っ込んでいく。そのまま飛び込むと、見事なクロールで泳ぎ始めた。




●次話、先行逃げ切りを図るブレイズとエリートクラスSSS。そしてブレイズ潰しを狙う各クラスが我勝ちに飛び出す中、底辺Zだけはなぜかスタートを切らない。それどころかとんでもない行動に出て、会場スタッフをさらに唖然とさせる……。

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