65.捜査



 グラムの執務室にあった応接セットに三人は腰を下ろしていた。


「あんた、よくあの嬢ちゃんを落ち着かせて話を聞き出せたな。帰る時なんて、憑き物が落ちたようにすっきりした顔してたじゃねえか」


「ほんと、リリィはすごいよ。もし行ったのが俺だけだったら絶対に話してもらえなかった」


「何となく、彼女の気持ちが分かったから寄り添えたんだと思います、たまたまです」


「そんな謙遜すんなって! おかげで俺でも知らなかった新しい話も聞けたしな」


「そうですね、まずは情報を整理しましょう」


 アルトの提案にリリィが頷く。


「やっぱり気になるのは、炎を吹き出す怪しげな道具ね」


「ああ。どうも嬢ちゃんの話だと松明とかそういった類の道具じゃなさそうだったな。聞いた限りだと火炎魔法っぽかったな」


「炎を出していたのは罪人の証を持った一人だけ。罪人はもう一人いたようだけど、そいつは武器を持っていた残りの人間に指示を出していた、と」


「つまり、あの惨状を作り出したのは実質たった一人の火炎魔法ということになるわね……」

 数十人で破壊活動を行なってあの現場になるのならまだ理解できる。しかし、実際にはたった一人の手によって為されたというのだ。


 アルトが持っている火力にも匹敵するのではないか、そう思えるほどの破壊力の持ち主が敵陣営にいることになる。


 しかも、これだけの騒動が各地で起きているのだ。


「俺がもう一つ気になったのは、それだけ強大なスキルを使える人間がいるのに、被害を受けた場所が限定的だということです」


「そんなヤバい力で街の中心部を吹き飛ばされてたらこの街は終わってただろうよ」


「確かにおかしな話よね……。その場所に目的のものがあったか、それとも中心部を襲えない理由があったか」


「もしくは、物を奪ったりするのとは別の目的があったとか」


 自分で言っておきながら、とても嫌な予感がしていた。国全体を揺るがすような大きな事件が現在進行形で起きている、そんな直感がアルトにはあった。


「他の街も心配だ。まずはこの街を襲った盗賊団を一刻も早く見つけ出さないと」


「そうね。グラムさん、この近辺で盗賊団が根城にしていそうな場所に心当たりはありませんか?」


「うーん、そうだなぁ」


 グラムは腕組みをして唸った。


「騎士団の応援が到着次第すぐ任務に取り掛かってもらえるよう、ギルドで偵察部隊を組んでいくつかめぼしい場所を調査してもらったんだが、収穫が無かったんだ」


「グラムさんでも手がかりがつかめていないとなると、相手がまた現れるのを待つしかないってことになるのか……」


「いえ、やれることは他にもあるはずよ」


 リリィはアルトよりも一年早く騎士になっている。


 その一年でこなしてきた任務の中に、凶悪な山賊組織を壊滅させるというものがあったのだ。当時の経験を振り返り、山賊の発見に一番効果的だった方法を思い起こす。


「裏世界には裏世界の情報網があって、そういった話は普通表には出てこないんです。でも、同じ世界に生きているのだから、表の世界と接点が無いなんてことはあり得ない。裏世界に繋がりを持っていそうな人物に聞き込みを掛けましょう。この街でそういった人物を知りませんか?」


「おいおいおい、お嬢ちゃん、俺たちがそんな犯罪者予備軍みたいな奴をそのまま放っておいてると思うかい?」


 グラムに否定されたリリィだが諦めることはしなかった。


「確かに彼らが表の情報を収集するための窓口、いわゆる情報屋は中々見つかりません。でも話を聞く相手は情報屋でなくてもいいんです。犯罪組織への足がかりとなる断片的な情報でも持っていれば、それが大きな手がかりになるかもしれないんです」


「んー、断片的な情報って言われてもなぁ。貧民街のような場所もねぇしよ」


 その言葉でアルトは思い出したことがあった。


「そういえば、今日最初に会った時に、街の問題はみんなで共有してみんなで対処するとおっしゃってましたね」


「ん? そのとおりだが」


「とういことは街の皆さんへ情報が行き届くような仕組みがあると思うのですが、どのようにされているのでしょう?」


「それはな――」


 そう言うとグラムは一枚の紙に図を書きながら説明を始めた。


「この街には全員が入ってる町内組合ってのがある。何かあればこの組合に情報を上げることになっている。それから週に一度、町内組合の幹部会――これはまあ街の区画ごとの代表者みたいなヤツらが集まる会議なんだが、そこで報告事項ってことで共有される。そんで、共有された情報を各幹部が自分の区画のヤツに伝えていくって感じだな」


 情報は一度組合で集約される。それを聞いたアルトとリリィは一瞬目を合わせた。


「まずはその組合に聞いてみるのが良さそうね」


「ああ、俺もそう思う。グラムさん、組合のリーダーを紹介していただけませんか?」


「本当なら直接紹介してやりたいところだが、俺は後に別件があってここに残る必要がある。さっき外で見えてた中央のでかい塔が組合の会館になっているから、うちのギルドの臨時メンバー章を胸につけて、中のヤツに俺からの紹介で組合長に会いに来たと伝えてくれ。ほれ、これが臨時メンバー章だ」


 二人は銅でできた小さなバッチを受け取り、お礼を言って外に出た。

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