58.父との対決



 そんなリリィの複雑な気持ちをよそに勲章は無事授与された。



 先ほどまで緊張気味であったアルトの顔には安堵の色が浮かんでいた。


 場内の貴族たちも解散の雰囲気を察して少し騒がしくなり始めていたが、式典はまだ終わりではなかった。


「静粛に。今回は議会を代表して二名から祝辞を送らせてもらうことになっている」


 王様が場内に響き渡るように宣言する。

 その言葉に続いて前に歩み出たのはシャーロット王女であった。


「私の命の危機を二度に渡り救ってくれたこと、アルトにはこの場を借りて心より御礼申し上げます。また、ワイロー元大臣の謀略を打ち砕き、新人ながら騎士として非常に大きな働きをしてくれました」


 元王子派筆頭であったワイローに触れられたにも関わらず、シャーロットの視界の端に映るリチャード王子は眉ひとつ動かさなかった。


「今日この場に同席してくれているリリィ、ミアを含む第七近衛隊は、自らの命を顧みず、素早く的確な判断で任務に当たってくれました。大きな危険を前にしても怯むことなく任務を遂行する姿は、騎士の模範とも言えるでしょう。今後の国を支えてゆくのはあなた方のような若い力です。益々の活躍を期待しています」


 発言中ずっとアルトに熱い視線を送り続けていたシャーロットであったが、祝辞が終わると名残惜しそうに元の位置に下がっていく。


 次に、シャーロットと入れ替わりで前に進み出たのはリチャードであった。

 その様子を見た会場の貴族――中でも王女派閥の人間はどよめいた。

 今日勲章を受け取ったアルトは王女の推薦で騎士になり、王女の近衛隊に所属し、王女自らの手で勲章を授与されている。つまり、事情を一切知らない人間の目から見たとしても、明らかに王女派の人間なのだ。

 そのアルトに対して、王女の対抗勢力のトップである王子が祝辞を贈るなど、これまでなら考えられないことであった。


 支持者であり支援者でもある多くの貴族が見ている場において、王女派の人間を認めるようなことはせず、徹底的に味方を贔屓する。味方になれば対価を得られると分かりやすく提示する、それがリチャード王子のやり方だった。


 王女派貴族からのいぶかしむような視線など気に留めた様子のないリチャードは、祝辞を述べるのがさも当然といったムードを漂わせていた。


「まずは祝いの言葉を。おめでとう。君の功績は目を見張るものがあり、議会の面々も納得するだけのことをしてのけた」


 そこで王子は会場内をグルリと見回した。

「だが、どうだろう、君は平民であり、しかも歳もかなり若い。記録が残っている過去数十年の叙勲者の中で最年少だ。そんな君が突然勲章を受け取ったことに、どこか納得できない者も多いように見えている」


 リチャードが言葉を区切ったのがまるで合図であったかのように、これまで沈黙を貫いてきリチャードの腹心たちがあちらこちらで何かを囁き始めた。

「たしかに」「そうかもしれない」「我々は活躍を目にしていない」「いきなり勲章はやりすぎではないか」


 彼らが作った小さな波紋はやがて大きな波となる。


 ほんの数秒のうちに会場全体の流れが変わった。

「これではせっかく全会一致で彼を認めた議会の公平性にも疑問を抱かれかねない」

 今やその場の空気を完全に支配したリチャードの発言に、多くの貴族が耳を傾けていた。


「ならばアルト、議会お墨付きの君の実力を諸侯に見せてはくれまいか。これは君の名誉のためでもあり、議会の名誉のためでもある!」


 アルトは内心、やられた、と思った。


 議会に名を連ねるのは王、王女、王子、そして公爵クラスの上級貴族である。そんな彼らの名誉のためと言われれば、断るという選択肢は存在しないに等しい。


 なぜならば、この提案を断ってしまえば彼らの名誉を守らないという意思表示に取られてしまうからだ。


 アルトはどうすれば良いか判断に迷い、シャーロットを見る。

 彼女はこの提案を聞かされていなかったのだろう、険しい表情をしていた。

 しかし、今この場で提案を穏便に蹴る方法が思いつかないようで、アルトの視線に力なく首を縦に振って見せた。

 それを受け、アルトは一歩前に出る。


「承知しました、機会を頂戴し光栄です」


「やはり流石は騎士選抜試験首席合格なだけある。噂で聞いていたとおり、実力もさることながら、肝も据わっているようだ」


 リチャードはわかりやすく思案するような態度をとりながら続く言葉を口にする。


「では、皆の中に、彼の実力を証明するために一役買ってくれる者はいないか?」


 リチャードはゆっくりと場内を見回した。

 しかし、彼の呼びかけに応える者はなかなか現れなかった。


 王族や貴族がこれだけ揃い踏みしている場の決闘で恥を晒せば、その噂はたちまち市井にまで出回ることになる。そうなれば領民からの信頼が薄れる可能性すらある。


 しかもその決闘の相手となるのが、騎士選抜試験を主席合格し、さらにSランク相当のモンスターを二体も討伐した実力者であることが、既に王や王子の発言から明らかになっている。


 既に十分な権力を有している貴族たちが、わざわざ既得権益を危険に晒してまで決闘に臨むわけがないのだ。


 立候補者が出てこない会場の様子にアルトやシャーロットが安心しかけたところで、ついに声が上がった。


「誰もいない、ということであれば僭越ながら私がその役目を引き受けさせていただきたく存じます」


 そう言って前に出てきたのはウェルズリー公爵であった。


「騎士団で隊長を務めた経験のある私であれば、王子様のご要望に沿えるかと存じます」


 ウェルズリー公爵はかつて騎士団で大きな戦果を上げ、一代で公爵になった猛者である。貴族の中に彼の実力の高さを知らぬ者はおらず、皆自然と納得していた。よもや、ここまでの流れが全てリチャード王子とウェルズリー公爵の計画であったなどと勘繰る者はいない。


 議会の全会一致でアルトに勲章を授けた後、リチャードの言葉で決闘を行うように誘導し、ウェルズリー公爵が名乗りを上げる。


 ウェルズリー公爵が勝てば、アルト撃破の算段が正しいことの証明になり、王女暗殺計画は彼の手に委ねることになる。さらに、王女派の弱さを貴族たちにアピールすることで、王子派に勢いをつけられる。


 逆に、もしウェルズリー公爵が負けてしまった場合でも、アルトの叙勲に賛成したリチャードの面子(めんつ)は保たれ、さらにウェルズリー公爵に見切りをつけて王女暗殺計画を別プランに切り替える判断が可能になる。


 リチャードはウェルズリー公爵の言葉を受けてうなずいた。


「良いだろう。では早速、決闘場で執り行なうこととしよう」


 この決闘は、王子にしてみれば今後の動きを判断するための材料の一つに過ぎない。

 しかし、ウェルズリー公爵にとっては、自身の行く末が大きく左右される、大事な一戦である。

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