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「何してんの?」
声。声を聞いただけなのに、なぜかひどく安心してしまう。あぐりが振り向く。
「ちーちゃん」
智絵里だ。
「新しいプレイ?どう?茉奈、楽しい?」
「……たすけて」
声を振り絞ると、そのままぎゅう、と気管が絞られる。苦しい。
「茉奈、茉奈まなまなまな、私だよ、私が締めてるの、わたし」
エコーがかかったあぐりの声がぐわんぐわんと耳から耳へ乱反射して、思考がかき乱される。辛い。朦朧とする視界に何か飛び込んできた。瞬間、呼吸が自由になって空に投げ出される。
「茉奈!?大丈夫!?」
智絵里に背中をさすられながら、ゆっくり呼吸する。
やっとの思いで顔を上げると、あぐりがうずくまっていた。輝きの一切ない、錆びた鉛みたいな瞳でこちらを見つめている。やがて怒号が轟いた。
「邪魔するなッ!!!!!茉奈ちゃんはぁ、私のものなんだから!!!誰にも渡さない、例えちいちゃんでも、絶対に!!」
その言葉に、智絵里の顔色がさっと変わる。
「……そうかよ」
低い声で呟いて、ゆらりと立ち上がる。
「私はね、あぐり。茉奈のことが好きなの」
「好きとか言うなぁ……!!だいたいちいちゃんでしょ!?好きな人がいるって言ったら、ガンガンアタックしろって言ったのはさぁ!!私が、わたしが、茉奈ちゃんを好きなこと知ってるくせに!」
「いいから、黙って聞いて。茉奈はね、4人みんなに優しくしてるんだよ。誰か1人を特別扱いしないの。そんな茉奈だから、私は茉奈のことが好きになったんだ。でも、あぐり。1人だけ見てほしいなんて、……甘ったれてんじゃねーよ」
吐き捨てるような口調だった。いつもの智絵里からは想像できないような冷たい表情をしている。あぐりが一瞬怯む。
「ねえ茉奈、ちゃん、私のこと、好きだよね、ね、キスもしたもんね、私のお母さんしか知らないところだって、……茉奈ちゃんしか知らないところだって見せたもんね、ね!?」
鉛の目玉がこちらをギョロと見つめる。感情は昂っているらしいが、瞳は無機質に沈んでいる。怖い。吸い取られそうだ。首に張り付いた手形がじんとする。
「……」
「なんで黙ってるの?あぁわかった、照れてるんだね、いいよ、いいよ、かわいいよ、かわいくてしょうがないよ、ねえ、ねえ、茉奈ちゃあん」
狂おしく叫ぶと、ゆっくりと近づいてくる。一歩ずつ踏み出すごとに足音が響く。
「だめっ」
ようやく出た声は掠れていた。智絵里が静かに、叫ぶ。
「あぐり、……止まって」
「邪魔なんだ、みんな。ちいちゃん、ごめんね、でもちいちゃんが相談乗ってくれたから、私決断できた。茉奈ちゃんはなんとしても私1人のものにする」
「私はあぐりが私たちと一緒に茉奈と仲良くしたいってわかってた、だからその後押しをしたかっただけ。こういうことじゃない」
「でも……好きだから」
その時だった。智絵里が明らかに怒りを含んだ声で叫んだ。
「好きとかじゃねえんだわ、茉奈は人間だぞ、自分勝手なこと言ってんなよクソ女!!」
「ぁ……〜〜〜〜ッッッ!!!!!」
言葉にならない絶叫がこだまする。あぐりが目から大粒の涙を流して蹲っている。智絵里が駆け寄ってきて、肩を抱いてくれる。
「茉奈。もう大丈夫だよ」
「ひどいよぉ、……ちぃちゃぁん……っひぐ……まなちゃん……いかないで、……ほんとに、……すきなの、ぉ……」
「行こ、茉奈」
智絵里に手を引っ張られて立ち上がる。そのままあぐりを置いて駆け出した。
帰り道はもう人も疎になっていた。
「茉奈、大丈夫?」
「うん……。ありがとう」
「ううん。いいんだよ」
「あのさ、智絵里」
言い難い言葉は喉に引っかかりがちだ。
「なに?どうしたの?」
「……ごめんなさい」
「え、何で謝るの?」
「ううん、なんでもない。帰ろっか」
「そっか、帰ろう」
「智絵里、今日はありがとね」
「全然。むしろ私の方こそ怒鳴ったりしてごめんね」
「そんなこと言わないでよ。智絵里は悪くないし、私のためにしてくれたんでしょ」
その言葉の後、ひどく照れ臭い空白が流れる。不意に、智絵里から提案を受ける。
「キスがしたい」
そう言うと、返事を待たずに唇を重ねてきた。柔らかくて温かい感触が心地よい。舌が絡みあって、境界も無くなって、吐く息に撫でられながら。何度も角度を変えて貪り合ううちに、身体が熱を帯びていく。
やがてどちらからともなく口を離すと、唾液の糸が引いた。智絵里が目を細めて笑う。
「茉奈、可愛い」
そしてまた顔を近づけてくる。今度は耳元に。
「いつもはおっぱいだけど、今日は……たっぷり、愛してあげる♡」
そのまま耳たぶに歯を立てられる。ゾクッとした快感が背筋を走った。耳たぶを軽く噛まれ、耳の中まで舐め回される。湿った音と熱い息遣いが脳内に直接響いてきて、頭がおかしくなりそうだ。
「ふぅ、……ちゅぱ……ぢゅる……れろ……ん」
「や……ぁ……ちえり、ぃ……それぇ……だめ……っ」
「ダメじゃないよね、気持ちいいんだよ、茉奈。もっとして欲しいよね」
「う、ん……も、っと……して」
「よく言えたね、茉奈。かわいいよ」
頭をよしよしされて、どんどん理性が絆される。
「智絵里……すき、です」
ふっとそんな言葉が口をついて出る。
「あはは、それはまあ、そうなんじゃないの?3人ともそうでしょ」
「そういうのじゃなくて……好き」
変な話だ。さっきまであれほど4人を平等に愛すると言ったのに、私は今、智絵里を贔屓しようとしているのだ。でも、無理はない。あれほどの危険から救ってくれた、いわば恩人なのだ。
「智絵里は、私のこと、好き?」
「ううん」
「……」
「大好き」
なんだか涙が出そうになる。
「私も智絵里のこと、だいすき」
ただいま。
声を出そうとして何かに気づく。
いつもなら帰ってくると真っ先に飛びついてくる憧子がいない。リビングに行くと、開け放たれた窓からの風でカーテンが靡いていた。すごく嫌な予感がする。吐きそうだ。
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