【閑話】 盤上遊戯
※いつもの他者視点
今回は宇喜多パパこと、宇喜多直家の独自考察・ねつ造設定を多く含みます。本編には直接関わらない内容なので、読み飛ばしても問題ありません(黒田家との関係がちょっと出る程度)
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最初に殺した人間のことは、いつまでも覚えているものだ。
おそらく一生涯、その名前だけは忘れない。殺す相手の情報はどんな些細なことも逃さず、わずかでも関わった者とその家族のことも含めて調べさせた。一人の人間が死ぬことで、どんな影響を与えるのか。どうすれば影響を抑えられるのか。何ができるか、できないか。
時々、人間は情報の塊のように思えてくる。
喜怒哀楽の起伏すらも、情報の積み重ねによるものだ。突発的な出来事のように思えても、どこかに原因がある。無関係の事象まで探る趣味はないし、そこまで手を伸ばす余裕もない。
『なぜ、殺したの』
そう問われたら、どんなによかったか。
妻も娘も、家臣たちも一切の文句を言わない。恐れているからではなく、問うて責めることの意義を見出せないでいるからだ。おかしなものだ。誰よりも己自身、最初に殺した男の死を過去にしてからずっと、こっぴどく詰られるのを待ちわびている。
備前国は、貧しい国ではない。
さりとて抜きんでて豊か、というわけでもない。
少なくとも宇喜多直家は放浪の日々でも、飢えて死ぬかもしれないと思ったことはなかった。島村によって祖父・
長い長い旅路を一人往く。
これからも、この先もずっと――。
とうの昔に覚悟したこととはいえ、心が擦り切れていく痛みに震えることもある。悪人よ、謀略家よと綽名され、冷えきった家族と過ごす時間は何とも言えない。寂しい、などと言えた義理でないことは誰よりも直家自身が理解していた。
『兄上、何でも一人で抱え込まないでください』
『何を言うのだ。私はたかが人間一人ができることなど限られている、とよく知っているよ。お前にも、家老の皆にも何度となく助けられてきた。頼りすぎているくらいだ』
『違います。兄上、そうではないのです。私が言いたいのは!』
『ああ、もう行かなくては。すまぬ、忠家。話はまた後で聞かせてもらうよ』
『兄上っ』
忠家は今も怒っているだろう。
そう思って堺の町で玩具などを物色し、忠家がもう小さな子供などではないことを思い出した。復讐を誓った兄弟は大人になり、それぞれ家族を得ている。直家の最初の妻は死に、子連れの女と再婚したのだ。彼女は
翌年、家親は阿波浪人の兄弟によって殺されている。
妻は……そう、お福は何も言わない。
沼城には夫を殺された女たちが、肩を寄せ合って生きている。直家は直接手を下していないが、直家の指示によるものだと気付いている者は少なくない。一度潰された家を再興するためには、生半可な努力では成し得なかった。
そして家を守るために、周囲の敵を潰していく。
一つずつ確実に、最も効率的で、関わる人間は最小限に。
現当主である直家が失脚することなどないように万全を期して、調べ尽した標的を仕留める。共犯者となった者たちを手厚く遇しているのは、直家の罪滅ぼしみたいなものかもしれない。直家が命じなければ、暗殺に手を貸すこともなかったのだから。
それでも倦んだ目をした娘には、顔を向けられない。
浦上家へ嫁いでいった娘は、泣きも喚きもしなかった。
婚姻は慶事である。世間一般的にもそうだろう。政略結婚が当たり前ではあるが、結ばれてから情がわく夫婦も珍しくはない。そして直家は、その情を利用してきたのだ。
『父上』
『珍しいな。君から話しかけてくるなんて』
『ええ、自分でも驚いていますわ。……でも、これだけは聞いておかなければと思いましたの。ねえ、父上様? 子供は生まない方がよろしいのですか。男児ならいいのでしょうか。それとも女児の方が使い道があるかしら』
いらないのなら毒を飲む、と彼女は言った。
初めて見た娘の笑顔は「死」を語り、悲しみも恨みもない無垢とも呼べない眼差しが直家を貫いている。いっそ本当に刺し貫いてくれたら、と思ってしまった。
だが、まだ駄目だ。
直家には男児がいない。お福の連れ子は、宇喜多の血を引いていない。忠家の子を養子に迎えることも考えているが、できれば直家の直系である方がいいだろう。家を守るためには。
側室を迎える気にはなれなかった。
いつか、お福が男児を生んでくれればいい。
全力で守るから。直家の全ての力を使って守り通してみせるから。
そんな直家も、今では浦上家で最も力ある家臣だ。恨みにやっかみと同じくらい、恐れや忌避感を抱かれていることも知っている。おそらく
毒を飲むと言った娘を、正室に迎えたのだ。
「浦上家は」
続きを吐く前に、華やかな香りに包まれた。
いつの間にか花の季節だ。風に揺れる可憐な姿にしばし見惚れた。
備前国から街道を往き、はるばる美濃国までやってきたところだ。供連れは馬の手綱を引く小者一人のみ、直家不在の間は忠家に任せてある。頼れと言われたのだから、これくらいは許されるだろう。
少し前の自分なら、こんな暴挙は思いつきもしなかった。
そう、暴挙だ。
「ふふ」
「は、八郎様?」
「何でもない。何でもないよ、大丈夫」
無性に笑いたくなった。
それは今更ながらに己の判断が可笑しくなったのと、見渡す限りの大地があまりにも豊かすぎて現実と思えなくなったからだ。きちんと整備された田んぼに揺れる若葉、かこんかこんと音を立てる大きな水車小屋、荒れ地を耕している牛が痩せこけていない。遠くを駆けていく子らは楽しそうに笑い声を上げ、農業に勤しむ民に悲壮感はない。
そう、まるで別天地だ。
「八郎様、ちょっといいですか?」
「どうした、何か気になることでもあったか」
「いやあ、なんもかんも気になることだらけですが」
そう前置いて、彼は路傍の石を蹴った。
「何でしょうね、これ」
「こらあ!! 余所者が、罰当たりなことすんねえ!」
思わず直家が腰の刀を握るほどの大音量だ。
振り向けば、赤子を背負った中年女が顔を真っ赤にして走ってくる。直家に一目惚れしたわけではなさそうだ。全身で怒りを表す女など何年振りだろう。
小者もびっくりして、突っ立っている。
「そりゃあな! うつけの殿様がな、この道を行く皆が迷子になんねえよう、一つ一つ石を埋め込んでくだすった大事な導なんだ。字ぃ読めんおらたちでも分かるように、あっちとこっちで! ちゃあんと印ついてんだろ。見て分からんのけ!?」
「あ、ああ。すまない、今気付いた」
「かあーっ、これだから偉ぶることしか知らんお侍は!」
それから「うつけの殿様」語りが続いた。
さんざん語り倒して満足げな息を吐いた頃、真っ青な顔をした男が慌てて引っ張っていった。去り際に直家へ何度も謝るのを女が怒って、男が言い返して、たちまち始まった夫婦喧嘩を直家が仲裁する一幕もあり、目的の城へ着くのはまだまだ先になりそうだと空を仰ぐ。
とっくに織田領江南に入っているものの、岐阜城は美濃国だ。
てっきり京で会えると思っていたのにアテが外れてしまい、こんなところまで足を延ばす羽目になってしまった。織田信長はあろうことか、将軍・義昭が出す上洛命令を無視し続けているらしい。この南近江を支配していた六角氏、伊勢国の北畠氏を討つ時には「上洛命令の無視」を理由に掲げたくせに、随分と勝手な御仁だと内心でぼやく。
相当な変わり者という噂は聞いていた。
民の様子からして、人心掌握には長けているようだ。
それも当の本人は大したことなくて、有能な家臣を多く抱えているからだとも言われている。ちなみにその主張は、小寺家臣の黒田孝高である。色々あって織田家臣・羽柴秀吉――当時は木下藤吉郎と名乗っていた――と話す機会があったそうだ。
それで直家が美濃くんだりまで来る経緯へ繋がった。
若くして才覚を伸ばしつつある孝高が興味を示す相手、しかも遠からず備州に手を伸ばしてくるだろう強大な国の主だ。元三好家臣の松永久秀まで使って、日ノ本中を巻き込んだ大芝居を打ったのは数か月前のことである。
大雪に見舞われた近江国で起きた戦乱。
いや、はたして戦と呼んでいいのかどうか。
畿内を瞬く間に支配下へ置いたのも俄かに信じられない話だった。人の噂は誇張されやすいものだ。京に近いせいで、畿内の諸将は将軍家の威光に弱い。かの細川藤孝が認めた男、三好家に替わる権力者の登場にあっさり尻尾を振っただけだろう。
近江騒動はもっと不可解だ。
目に余る行動の数々に松永久秀が奮起し、これに幕府が同調し、各地の戦国大名たちが呼応した上で、織田信長を封じ込める策――というのは全部嘘。織田信長の義弟であり、近江国を支配する浅井長政とその父・久政の争いが原因だった。
越前国では朝倉一門の大粛清、若狭国は守護職が入れ替わる。
本当に訳が分からない。
一連の事象に織田信長が関わっていたことは疑うべくもない。何故なら織田の重臣たちが各地に残り、浅井長政と朝倉義景は織田家へ臣従を誓った。長政は織田家と同盟を結んでいたはずである。わざわざ臣従する必要などあっただろうか。
実質的にそうであったとしても何故、今になって?
「分からない」
溜息を吐き、直家は首を振った。
とにかく織田信長のやり方は、確たる信念を持っていないかのように一貫しない。家族を溺愛しているという専らの噂だが、幼い子供を二人も伊勢国へ出している。日々の雑事も嫌がらず精力的にこなすというが、何度も城を脱走しては家臣を困らせている。
ゆえに孝高は、信長よりも織田家臣を高く評価するのだ。
『だが奴が現当主だからこそ、今の織田家がある』
複雑そうに呟いた孝高の気持ちはよく分かる。
圧倒的劣勢において二度の防衛戦に勝ち、混沌たる播磨国内で綱渡りを続ける黒田家。このまま消えるには惜しい存在だと思っているが、表向きは敵同士である。あと一息というところで浦上を逃し、宇喜多家は危うい立場にある。
これまでの実績が、浦上家臣に留まらせているだけだ。
娘を浦上家へ嫁がせたのは、直家が反省していることを示すためでもある。しかし過去のことがあるから、いずれ浦上家を討つつもりだと思われているだろう。
直家とて、家族は愛しい。毒など飲まなくていい。
自分には愛される資格がないと、そう思っているだけだ。
「織田尾張守は、どうなのだろう」
家族が大事と嘯きながら、女たちにも仕事を与える。
長らく病に臥せっていたという嫡男も、十に満たない末姫も、密かに信長の命を受けて各地を駆け回っていると聞いた。美濃侵攻後は滅多に戦へ出ない信長の異母弟たちも、何らかの使命を抱いて動いているようだ。
織田家が伊賀忍を抱え込んだのは間違いない。
どうにも内情を詳しく読み取れないからだ。手の者に探らせれば、ある程度の情報は得られる。帰ってこなかった者はなく、不審な様子も見られない。それなのに当たり障りのない情報だけを掴まされた、と感じるのだ。
樽の上澄みを掬っている気分である。
だから、直接見てやろうという気になった。我ながら護衛もない状態で城を出るなど、備前国の外に向かうなど、正気の沙汰とは思えない。
そして直家は、見た。
まさに「正気」には思えない男が、岐阜城の奥にいた。
前もって謁見依頼を申し出ていたのに、忙しい身なので数日待てと言われたのだ。ここまでの長い道のりを思えば数日程度、どうということもない。言われるままに客室で大人しくしていてもよかったのだが、よからぬ心が出てしまった。道に迷ったふりをして、城内をうろつく。
これも直家には常ならぬことである。
「誰だ」
落ちくぼんだ目がぎょろりと動く。
ぼさぼさの黒髪に、トゲのような無精髭、よれた着物はそこそこ上質なものに見えたが、気狂いの男の素性は見当もつかない。
「この城が誰のものか貴様、分かっているのだろうな?」
しゃがれた声は意外にハリがあった。
ごくり、と唾を飲み込む。
直家は己の勘を信じる方だ。人を見る目もあると思っている。今の地位まで昇りつめるのに、二つとも必要な能力だったからだ。なかなか信じがたいと考えつつも、間違いないと思う相反した心を相手は気付いていまい。
そうと悟らせない術も、身につけていたはずだ。
男はすうっと目を細める。
「ああ、お前が宇喜多とやらか。若作りだな」
直家の顔から、表情が抜け落ちた。
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嫡男以外、娘ばかり生まれた宇喜多家。
女腹だったのか、男児は嫡男以外育たなかったのかは不明。正室(中山信正の娘)との間に三人の娘、継室(三浦貞勝の妻、のちに死別)との間に嫡男・秀家と五人の娘。
作中では娘を嫁がせた相手は皆死ぬような描写になっていますが、長女(正室との娘)の夫・
黒官「行動が読めない奴(馬鹿)ほど、厄介なものはない」
直家「確かに」
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