184. 織田系ヤンキー

 大雪原を所狭しと馬が駆けまわる。

「七公三民!」

「三公七民!」

 一体何の騒ぎだ、これは。

 歩兵がいなくて騎馬だけで数十はいるだろうか。その全てに例の幟がはためいているので、黄色の山がうごめいているように見える。運悪く取り残された奴は黄色い集団に囲まれ、ぐるぐると回る中心で腰を抜かしていた。

「何の騒ぎだ、これはァ!?」

 唾を飛ばして迫る爺に、利之たちが出る。

 馬鹿犬の一件から小姓衆には、俺の命令なくして抜刀しない規則を厳守させていた。どうしても抑えられないなら、拳で語るべし。有事には親衛隊にも加わる彼らだ。投げ縄からの捕縛術まで習得し、ますます特殊部隊の様相を呈している。

 言っておくが、俺は何も言っていない。

 おかしなことは全部俺のせいにされるが、とんだ濡れ衣である。

「この者、近江守護を名乗っております」

「近江守もいっぱいいるからなあ」

「わしは六角承禎であるぞ! 貴様、公方様の命に背くつもりか。早く、あの痴れ者どもを捕らえよ。三公七民などと、ふざけおって……!」

「よし、捕縛」

「はっ」

「ぬお、何をする!? 離せ、わしに縄をかけるとは不届き千万っ」

 うちの子がすまんね、とは言わない。

 むしろ指パッチン(良い音した)の機会をありがとう。

 のこのこと敵将が出てきたのに放っておく手はないよなあ。というよりも松永弾正の大嘘をまだ信じている奴がいたのが驚きだ。織田軍と分かっていて近づいたのは、そのせいだと思われる。田舎者なのは否定しないが、団結力と絆ならば誰にも負けない自信がある。松永弾正が裏切った程度で崩壊する俺たちじゃねーよ。

 爺についてきた家臣も同様に縛られていく。六角義治との交渉材料には使えるか。

 念のため、蒲生の爺さんも呼び寄せておこう。

「おい、犬」

「わ、わん……」

 しょんぼりと肩を落とす利家をチラ見する。

「こんなことをしでかす奴に心当たりがあるんだが」

「言い訳しようもないっす」

「良くも悪くも俺に似た子に育っちまったのは、俺にも非がある。馬鹿息子の近くに、やたらと目立つ大男がいるんだよなあ」

「へ、へい」

「三公七民か。確かに圧政を強いる領主への皮肉としちゃあ、的確なところを突いている。だが、こうも宣言しまくったら実行するしかないよなあ」

「お、仰る通りで」

 もう溜息しか出てこない。

「なんでこう、次から次へと」

 浅井親子の争いに端を発する戦は、呆気なく終わった。

 混戦中に討ち死した浅井久政に乱を起こした責任の全てをなすりつけ、唆されただけなのだと訴える朝倉景鏡も切腹を言い渡される。元金ヶ崎城主の景恒は謹慎、景健は一乗谷へ向かう途中で根来衆によって捕虜となった。他にも浅井・朝倉の家臣が何人も「戦死」した。

「秀吉の言った通りになったな」

 反勢力を大いに削いだ両家は織田に臣従する。

 どちらも中核をなす重鎮たちがごっそりいなくなったのだ。その中に遠藤の名がなかったのは喜ぶべきか、警戒すべきか。それは俺の考えることじゃないな、と頭を切り替えた。織田家臣に名を連ねることになったとはいえ、長政や義景に仕える者たちはそのままだ。

 不足分を織田家から派遣することになる。

 そして若狭国も、正式に織田領となった。

 解放された武田家当主・元明が今更、国に戻れないと言い出したからである。戦場にはならなかったものの、早急に荒れた土地を何とかしなければならない。若狭国人衆と協力して立て直してみせる、という長秀に任せてみることにした。

 越前には、何かと対抗心を燃やす信盛を向かわせるか。

「猿はいるか!」

「へいっ」

「勝家と共に、近江を守れ。その辺にちょうどいい土地があれば、そこに築城して住め。ああ、ちゃんと家族と一緒に住むんだぞ」

「よかったな、秀吉! 念願の城主様になれるじゃねえか」

 友の出世に何よりも利家が喜んでいる。

 ばしばしと背を叩かれながら、秀吉は浮かない顔だ。

「じゃが、石松はまだ小さくて……その、岐阜城のお屋敷は」

「おねねが浮気してもいいのか?」

「……!? ……!!」

「悪い、秀吉。何言ってるか分かんね」

 俺も分からん。

 必死に訴えているのだけは通じたので、これ以上からかうのは止めた。ほとんど八つ当たりに近い自覚もある。六角承禎を捕らえたことで、六角軍の動きも鈍くなったのだろう。あの騒々しい黄色の塊も、いつの間にか止まっていた。

 そして――。

「あっ、父上!」

「縛れ」

「え、俺も? どうせしばかれるんなら、美女がいい痛えよ! 俺たちだって、頑張っただろ。ちったあ優しくしてくれよ叔父貴っ」

「黙れ、利益っ。オレだけじゃなく、信長様にまで迷惑をかけやがって! 結果を出せばいいってもんでもねえんだぞ。オレだって、いつまでテメエを庇えるか……おい、分かってんのかっ」

「分かってんよ、叔父貴」

 やけに静かな慶次の声に、利家が詰まる。

「……で? うちの馬鹿息子は何か言い訳しないのか」

 無事な様子に内心ホッとしつつ、意識して冷ややかな声を出してみた。

 奇妙丸はビクッと体を震わせてから、上目遣いに俺を伺う。

「申し訳ありませんでした。えっと、あのその、太郎殿は」

「おーい、誰か信直捕まえてこい」

「たろ、孫八郎は悪くないんです! 私が無理矢理連れてきただけでっ」

「分かった分かった。こっそり祭を見に来てたことも、虎のおっさんが置いてった姫が心配で岐阜城下に残っていたことも、そこで口笛吹いている馬鹿と仲良くなったのも知ってる知ってる。そんで信直は岐阜城からついてきたんだよな」

「ええっ」

 いや、全然知らんかったよ?

 そうなんだろうなと思って適当に並べてみたら、慶次と奇妙丸の二人して目をまん丸にしているから当たったらしい。俺の妄想力も捨てたもんじゃないな。揃いも揃って掠り傷一つないとか、戦国最強もビックリだ。奇妙丸に傷を負わせたら、そいつら全員なぶり殺しているが。

 ニヤリと笑った俺を見て、慶次が悔しそうに足を踏み鳴らす。

「あー、くそ。そうだった、信長様ってこんなのだった」

「おいコラ、慶次。てめえ、どういう意味だ」

「すいません、すいません! うちの馬鹿がすいません!!」

「お、叔父貴……」

 ペコペコと頭を下げる利家。

 俺にとっては見慣れた姿だが、若い奴らには少なくない衝撃を与えたようだ。秀吉に慰められて少し落ち着いた頃には、なんだか俺が遠巻きにされている。待てよ、なんで俺が恐れられるんだ。ここで甘い顔しちゃダメなのは皆も分かっているはず。そうだよな!?

 同意を求めて視線を向ければ、目が合う前から逸らされる。

「なんでだー!?」

「そろそろ認めたらいかがですか」

「うるせえよ、伊右衛門。あ、傳左衛門。貴様は農家の林さん連れて四国行って来い」

「はっ、承知しま……ええ?!」

 何を驚いているんだかなあ、ハハン。

 近江騒動の暗躍や、謹慎中の嫡男と一緒に暴れたことをお咎めなしにできるわけがない。奇妙丸はこれから岩村城まで送り返すとして、隠密行動に慣れた二人を東美濃防衛線に組み込むのは勿体ないからだ。

「美濃斎藤氏の縁者頼ってきた流れ者とか言って、農民に上手く混ざれ。そしてさっさと四国統一させるんだ、長曾我部に!」

「い、いや、さすがにそれは」

「大丈夫だ。傳左衛門、貴様ならできる。俺はそう、信じている」

「……殿」

 横で一豊が「才能の無駄遣い」と呟いているが無視。

 肩を掴んで目線を合わせての信頼アピールは、見事に勝吉へ効いた。ちなみに「農家の林さん」とは、元織田家筆頭家老・林秀貞の与力だった男だ。俺に仕えたくなくて野に下ったとばかり思っていたが、意外にも農業が肌に合ったらしい。今では名実ともに豪農まで成長し、織田流農法の指導まで行い、周辺の民にも慕われている。

 この逸材をいつ使うんだ。今でしょ!

 今のうちに四国へ恩を売っておけば後々楽になる、ような気がする。二つ名の「鳥なき島の蝙蝠」って、あんまりいい意味じゃなさそうなんだが。戦国系漫画では秀吉が手を焼くほどの相手だ。なるべくなら戦いたくない。

「織田尾張守様」

 呼ばれて振り向けば、津田監物と頼廉がいた。

「掃討終了」

「こちらも片付きましたよ」

「おう、二人ともご苦労だったな」

 たちまち物言いたげな視線が集中する。

 どうせ「また何か企んで」とか何とか疑っているのだろう。確かに色々頼んだのは合っているが、詳しいところは俺も知らない。くれぐれもやりすぎないように、と言い含めただけだ。

 騒ぎを聞きつけた勝家に後事を押しつけ、俺は二人を伴って陣を出る。

 すると松千代が慌てて追いかけてきた。

「殿っ」

「後にしろ」

「岐阜から報せが、あっ」

「寄越せ」

 奪い取った書状を一気に広げる。

 巻物をこうやって広げるのは爽快感があって結構好きなのだが、岐阜からの書状とやらは幾重にも折り畳まれていた。まっ、そんなの関係ねえ。ぱんっと小気味よい音と共に、ぺらい紙が下へと垂れていく。悪い知らせでもなければ、帰蝶からのラブレターでもなかった。吉乃や奈江は遠慮して、こういうの書いてくれないんだよなあ。

「んん~?」

 岐阜城へ届けられた「謁見依頼」だった。

 宇喜多直家、どこかで聞いた名だ。

「備前の浦上遠江守の家臣ですね」

「いや、そっちじゃなくて」

 困った、思い出せん。宇喜多ナントカ……。

 歴史に疎い前世の俺が、何となく知っていた武将の一人であったことは間違いない。信長として得た知識によれば宇喜多直家は謀略に長け、煮ても焼いても食えない男である。できれば味方につけておいた方がいいよ、という助言は半兵衛だったか信純だったか。

 あっち方面はまだよく分からん。

 ぶっちゃけ、なるべくなら触りたくない。中国攻めは本能寺の変直前だったはずだし、これの担当者は秀吉である。つまり秀吉に丸投げしておけばいい。

「というわけにも、いかんかあぁ」

「池田民部殿をお呼びいたしましょうか?」

 摂津三守護なら何か知っているかもしれない。

 夜にでも時間を作ることにして、改めて津田監物と頼廉に向き直った。どっちも大事な奴らが関わる地域を任せていただけに、詳細を一通り聞かないと落ち着かない。

「まず根来衆から聞こう」

「は。我ら指示通り、念仏唱えつつ肉の垣根となって待機。ほどなく朝倉軍の接近を確認。武田何某の首云々を聞き、敵と判別。これを撃退」

「追い返したってわけだな、よしよし。それで味方の被害は?」

「軽微」

「あー……うん、後で報告書提出な」

 景健は一乗谷から引き返す道で、義景軍に捕まったようだ。

 元明が死ぬと状況がややこしくなるので、小谷城と一乗谷城の双方を守るように頼んでおいて正解だった。義景の心配は杞憂に終わったわけだが、あの場では確証がなかったから仕方ない。戦後処理が終われば、お市と茶々も小谷城へ戻ることができるだろう。

「信長様」

「なんだよ」

「殲滅可能だった」

「やりすぎ禁止! あのな、前にも言っただろ。あくまでも越前は朝倉家の問題だ。介入しすぎると、後々面倒なことになるんだよ。義景が後世に信長に尻拭いさせたヘボ当主なんて伝わったら可哀想じゃねえか。それに義景がデキる奴だと思わせとけば、加賀の奴らも動きづらくなる」

「…………」

「不満そうな顔しない!」

「信長様。加賀の件ですが、どうにも予想より早く動き出しそうです」

「マジか」

 思わず空を仰いだ。

 輝虎の親父さんが一向宗に殺された経緯もあって、上杉にとって加賀一向宗は怨敵も同然である。飛騨や越中の豪族たちも手を焼いているそうだが、やり方の問題もあるだろう。

 集められた黄色の幟を見やる。

「頼廉」

「はい?」

「三公七民、やってみようと思う」

「……失礼ながら、正気を疑うような発言ですね。嫡男の暴走として片づけることもできますよ。あなたが責任を感じることではない」

「長島は、織田領だ。民を守るのは、領主の責務だ」

 七公三民は一般的な年貢の利率だ。

 これに加えて戦支度や災害になると、更なる取り立てが行われる。年貢とはすなわち税収、商売じゃないから収入は全くない。豪農クラスになれば金で支払うこともあるが、ほとんどの農民は米などの物品を納める。

 甲賀郡は近江国における独立地域だ。

 六角親子はそこに匿われているだけにすぎない。働くことなく、俺や長政に対する恨みだけを募らせていたのだろう。龍興も一歩間違えば、同じ道を辿っていた。

「頼廉、手筈通りに長島から暴徒を出すことはできたんだろう? もう、あの地には戦を望まない民しか残っていないんだろう? それなら、いいじゃないか」

「戦のために無理矢理連れていかれた男たちもいます」

「…………俺は、坊主は、嫌いだ」

 僧兵と坊官を前にして、俺は声を絞り出す。

 ああ、嫌だ。こいつらは違うと分かっていても、黒い感情が湧き出てくる。

 今世の俺が初めて信頼を寄せた相手を殺し、今も暗躍を続ける糞坊主ウラギリモノ。我が師よ。貴様の思い通りに動いてやるものか。俺が、信長だ。大量虐殺などさせない。死が救いなどと、そんなことは絶対に認めない。

 己の額を鷲掴みにして、かろうじて冷静さを取り戻す。

「口答えを、するな。俺の……命令に、従え。甲賀郡を、三公七民で封じる。根来衆には、雑賀との連携を、模索しろ。出る奴、入る奴を監視する人員が、必要だ」

「承知した」

「六角承禎・義治を処罰すべきです」

「二度も同じことを、言わせるな。お前は誰の代わりに来たか、忘れたか」

 頼廉の目が見開かれる。

 文句の一つや二つは覚悟していた。が、彼は何も言わずに背を向けてしまった。監物も新たな任務のため、根来衆を率いて去っていく。

 残ったのは大量の旗指物。

 皮肉な話だが、ここに至ってようやく側近たちにまともな領地を与えることになりそうだ。それでも、彼らに与えられた仕事は畿内平定直後と変わらない。もともと土地持ちの譜代家臣と同じく臣下に統治を任せ、監視するだけで武家屋敷に住むことになりそうだが。

「疲れた、な」

 ぐらりと傾いた体が、大地に転がった。

 動きたくない。しばらくは何も考えたくない。

 俺が何とかしようとあがいても、やっぱり物事は勝手に動いていくのだ。それはそれでいいと思って、やりたいようにやらせている。俺の手が届かないところまで届かせてくれるのだと思って、感謝すらしている。

 ああ、それでも。

 素直に守らせてくれないのは堪える。

 長政や義景のように、純粋な目をして慕ってこられても困る。俺は文武に秀でた猛者でもなければ、人格者でもない。走り出してしまった足を止める方法を知らない。更に先へ、先へと向かいたがる馬鹿どもを止める術を知らない。

 死ぬぞ、お前ら。

 死ぬなよ、お前ら。

 荷が重くて、重くて、今にもずぶずぶと地面に沈んでいきそうだ。

「お濃」

 会いたいなあ。

 出陣前に言葉を交わしたばかりだが、また恋しい。

 誰か、誰かいないか。ここに織田信長が転がっているぞ。縛るなら、俺を縛ってくれ。動けないように、どこにも行けないように。





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ノブナガの呪縛

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