23. 蒼天に竹トンボ

 しょりしょり、と竹を削る。

「ん~」

 目の高さで具合を見てから、また削る。

 不器用さに定評のある俺だが、小刀の扱いはそれなりだという自負があった。何かを作るのは大好きだ。長秀が器用すぎるので、色んなことを任せているだけだ。利家と成政が大雑把なだけともいうが。

 いくらか削って、また具合を見る。

「んむ」

 いい形だ。

 互い違いに削って傾きをつけた竹に、細い棒状の竹をぶっ刺す。めきょっと不穏な音を立てたが、幸いにしてヒビは入っていない。

 両手で挟んで、くるくる回す。

「……よし」

「できたのですか?」

 上半身を乗り出すようにして目を輝かせているのは、身なりのいい子供だ。

 一括りにした髪が、尻尾のようにピョコピョコ動いている。俺の隣で行儀よく座っている姿は、元服前の利家を思い出させた。期待でいっぱいの、キラキラした目で見つめてくるところがよく似ている。

「遊んでみるか、竹坊」

「え! で、でも」

「隠しても無駄だぞ。顔に書いてある」

「そんなっ」

 慌てて顔をぺたぺた触っているが、もちろん比喩からかったに決まっている。

 口煩くない恒興、あるいは素直で賢い成政か。村の子供たちとは馴染めないらしく、いつでも俺の後ろを追いかける。懐かれているのだろうか、これは。

 竹坊と呼んだ子供は、竹細工をじっくりと観察していた。

「竹トンボっていうんだ」

「たけとんぼ……」

「竹千代の竹と同じだな」

「はい、同じですね」

 目は竹トンボに釘付けのまま、律儀に相槌を打つ。

 この子供こそが松平竹千代、将来の徳川家康だったりする。古狸と呼ばれ、二百年以上も続いた徳川幕府の開祖も、今は何も知らない小さな子供だ。信長とは子供時代に交流があったという。だから出会いイベントがあるんだろうなー、程度に考えていた。

 思い返せば、それっぽいイベント自体は発生していた。

 野盗の正体が斎藤家家臣だったオチが、マムシのおっさんから親父殿に伝わった時の話である。聞かれるままに話せる部分だけ話した後、修羅の国の人はこう言った。


『三郎、孤児の面倒を見ているらしいな』

『はあ。村の子供のことでしたら、その通りですが』

『ならば任せる』


 以上である。

 そこんとこ詳しく! ちゃんと説明していけやクソ親父。

 廃嫡のデマが広まって、可愛い娘がギャン泣きした件を聞いていないんだろうか。気にしていない可能性はあるな。俺の中間報告を聞いている間も、眉間の大山脈が噴火しそうだったし。結論を急がないだけ、まだマシだと思うことにしよう。

 で、俺は村に戻った。

 城主らしく那古野城に帰るべきなんだが、野盗討伐するって言ってしまった以上は事の顛末を報せるべきだと思ったのだ。目下の不安要素は取り除かれたと考えてもいい。本物の野盗は蜂須賀たちじゃなく、佐久間一族が片付けていたのだ。

「早く言えよ」

「討伐に参加したと申し上げましたが?」

「……紛らわしいんだよ!」

「怪我の功名では?」

「うぐぐ」

 あの時に信盛の話をきちんと聞いておけば、女装しなくて済んだわけだよ畜生。囮作戦を決行したおかげで蜂須賀と知り合いになれたと言えるが、蜂須賀を取り込めるはずの猿が早々にリタイア。山で放置されていたのを、一益が回収していた。

 しばらく拗ねていたが、水飴を与えたら元気になった。

 新しく来た子にも渡したいと言うので猿と一緒に共同住宅へ行ったら、いたのだ。最初はよくできた人形だと思った。身なりの良い子供は村にいないので、明らかに浮いていた。膝を抱えて壁のシミを数えるような子供に知り合いはいない。

 俺の弟の一人かと思ったが、違った。

 竹千代と名乗った松平家の子供に、俺がどれだけ驚いたか分かるか? なんで那古野城じゃなく、復興途中の村に連れてくるんだよ。おかしいだろ。

 一益が調べたところによれば、親父殿が三河国を攻めて岡崎城の松平広忠――竹千代の親父――を追い詰めたらしい。降伏の証に、竹千代が織田家の人質となった。ちなみに去年の話である。何度も末森城(と古渡城)へ出向いていたのに今まで会わなかったのは、悪影響を与えないためだってさ。やかましいわ!

 竹トンボをしげしげと眺める子狸。

 なかなか利発そうだが、武家の子供ならこんな感じだろうなっていう印象だ。

「竹坊」

「はい、三郎様」

「ちょっと貸せ。遊び方を教えてやる」

「……どうぞ」

 ちょっと間があったぞ。

 素直に竹トンボを渡したものの、こちらを見上げる目は未練たらたらである。竹を削ってぶっ刺しただけの玩具だが、娯楽らしい娯楽のない時代には物珍しく映るのだろう。

「しっかり見てろ。お前も飛ばせたら、くれてやるよ」

「ほんとうですか!」

 子狸はとても素直だ。

 俺は笑って、竹トンボを飛ばした。思いっきり空高く飛ばす予定が、手元が狂ってしまった。あっという間に、ぼとりと落ちる。二度ほどチャレンジしたが、やっぱり落ちる。

「くそ、削り方が悪かったのか……っ」

「三郎様、がんばってください! おうえんしています」

「お、おう」

 ここでリベンジ成功すれば、格好良かったのかもしれない。

「若様」

「五郎左、どうした?」

「溜め池の件なのですが、如何しましょう」

「えっ」

「えっ」

 なにそれ溜め池ってナニ、知らない。

 一瞬頭が真っ白になりかけたが、そこは俺。相応しいところに相応しい規模のものを用意するように指定した。賢い長秀は、このアバウトすぎる指示でも分かってくれる。持つべきものは理解ある舎弟だ。

 でも後で溜め池について調べておこう。

「そうだ、長秀。これを飛ばしてみろ」

「おお、竹トンボですな。懐かしい」

 はたして長秀はちょちょいと削って、ぱっと一発で高く飛ばしてみせた。

 うーん、やっぱり少し荒かったか。

「わああ!」

 目が落ちそうなくらい見開いて、竹千代が歓声をあげている。

 両手を伸ばしても届かないだろうに、そのまま走っていって落ちたばかりの竹トンボを拾い上げた。振り返った顔は、眩しいくらい輝いている。

「三郎様。五郎左様、また飛ばしてください!」

「今度は自分でやってみろよ」

 ちゃんと飛ばすにはコツが必要だとはいえ、飛ばすだけなら簡単だ。

 しかし竹千代は「いいえ」と首を振る。

「もう一度見てみたいのです」

「では、ようく見ていてくだされ」

「はい! わああ……っ」

 犬だ。犬がいる。

 また走っていって、竹トンボを拾っていた。戻ってきては飛ばしてもらい、たったか走る。これはもう、フリスビーで遊んでもらう犬だ。もう一回を何度も言って、自分で飛ばす気がない。

「竹坊」

「はい、三郎様」

「没収するぞ」

「えっ」

「忘れたのか? 自分で飛ばせる奴にやると言ったんだ。そういうわけだから、この竹トンボは五郎左にやる」

 竹千代はみるみる顔色をなくして、しょんぼりと肩を落とす。

「若様、意地の悪いことを申されますな」

「なんだよ、俺が悪いのか?」

「いえっ、三郎様は何も悪くありません。ぼくが、……ぼくはその、自信がなくて」

 史実に伝わる家康は、とても慎重な性格だった。

 三つ子の魂百までともいうし、親元を離れて人質生活を強いられているのもある。乳児の頃から伝説を作っちゃう信長が異常なのだ。

「五郎左」

「はっ」

 顎クイ一つで理解した長秀は、竹トンボを持つ竹千代に近づく。

 奪われると思って、反射的に隠そうとするほど気に入ってくれたようだ。もともと竹トンボは、竹千代にプレゼントするつもりで作った。俺はそんな玩具で遊びたい年頃は、とっくに過ぎている。

 なんとなく懐かしくて作ってみただけだ。

 前世の子供時代にも一度だけ遊んだことがある。また子供をやり直しているせいか、子供の頃の思い出がたまに蘇ってくるのだ。唐突に思いついたことを話しても、舎弟どもは喜んでついてきてくれた。今では竹トンボも楽しい思い出の一つだ。

「そう、上手です。なかなか覚えが早いですな」

「とんだ! 本当にとんだ!! 三郎様、とびましたっ」

 喜色満面の竹千代が、こちらへ手を振りながら騒いでいる。

 まるで俺が空を飛んだみたいに言わないでくれ。実際に一度飛んでいるし、直後の姫抱っこも含めて黒歴史として封印したい。痛いだけで、爽快感なんか一つもなかった。

「これ、もらっていいんですよねっ」

「俺に二言はない。だが、壊すなよ」

「はい、大事にします!」

 泥のついた竹トンボを丁寧に払いながら、赤い頬で答える。

 この日、小さな舎弟が一人増えた。






********************

松平竹千代:三河国の土豪・松平広忠の子。竹千代が人質になった経緯は、新しい説を参考にしています


※主人公が竹千代と呼んだり、竹坊と呼んだりするのはワザとです

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