63 あの時の言葉を、信じてもいいだろうか


「ああ、わたしの私室だよ」


「え……っ!?」


 扉を閉めながらあっさりと返された言葉に、気を失いそうになる。


 し、私室……っ!? ということは、レイシェルト様がふだん過ごされているお部屋であり、プライベート満載の秘密の花園であり……っ!


 あっ! 奥に天蓋てんがい付きのベッドが見えますっ!


 つまり、あちらでレイシェルト様が毎夜健やかにお眠りになられて……っ! ふぁあああっ!


 私いま、地上の天国に足を踏み入れてます……っ!


 というか、よろしいのですか!? こんな秘境中の秘境に招き入れてくださるなんて……っ!


 なんだかもう、空気まできらきらと輝き、馥郁ふくいくたる薫りに満ちている気がしますっ! もう二度と入る機会なんてないだろうから、思いっきり深呼吸しておかなきゃっ!


 ああっ! この空気を真空パックにして持って帰って家宝にしたい……っ!


「誰にも、邪魔をされたくなかったからね」


 低い呟きに振り返ると、レイシェルト様が甘やかな笑みをたたえてこちらを見ていた。


「綺麗だよ、エリシア。いつまでも見つめていたいくらいだ」


「っ!?」

 一瞬で、ぼんっと顔が沸騰する。


 え? えぇぇぇぇっ!?


 あっ、わかった! これ、幻聴だ!


 レイシェルト様の私室にお招きいただいた喜びのあまり、きっと耳がバグを起こして――。


 と、一歩踏み出して距離を詰めたレイシェルト様が、私の両手を取り、頭を下げる。


「あの時……。邪神の闇に心を支配されそうになったわたしを救ってくれたのは、まぎれもなくきみだ。いくら感謝しても足りないよ。ありがとう、エリシア」


「い、いえ……っ! あの時は夢中で……っ。あのっ、お願いですから顔をお上げくださいっ!」


 ふるふると首を横に振り、必死に訴えかける。


「じ、実は私……。自分でも、どうしてもやを祓えたのかわかっていないんです……っ。あの時、レイシェルト様の中からはどんどん黒い靄があふれてきていて、祓っても祓っても消えてくれなくて……。いったい、何がレイシェルト様の心に希望をともせたのか……」


「わからないと? わたしの心を喜びであふれさせたのはきみなのに、わからないと言うのかい?」


「は、い……」


 からかうような声音に、情けなくなってうつむく。


「エリシア」


 レイシェルト様の手のひらが、私の頬を包み込む。

 導かれるままに顔を上げると、碧い瞳が柔らかな弧を描いて私を見下ろしていた。


 手のひらの熱がうつったかのように、私の頬も熱くなる。


 む、無理っ! 麗しのご尊顔が近すぎて無理……っ!


「そ、そういえば、名前……っ」


 黙っていると、頭がくらくらとなってしまいそうで、ふと浮かんだ疑問を口にする。

 今まで気づかなかったけど、いつの間に呼び捨てに変わったんだろう……?


「呼び捨ては嫌かい?」


 レイシェルト様が困ったように眉を下げる。


 はぅわっ! そんなお顔は反則です――っ!


「とんでもありませんっ! そのっ、距離が縮まったみたいで嬉しくて……っ」


 あわあわと答えた私に、レイシェルト様がふわりと微笑む。


「では……。もっと、きみのそばにいさせてもらえるかい?」


「え……?」

 あのぅ……。もう十分近いと思うんですけれど……?


 小首を傾げた私を真っ直ぐに見つめ、レイシェルト様が問いかける。


「あの時、きみが言った言葉を……。信じても、いいだろうか?」


「あの、時……?」


 おうむ返しに呟いた私に、レイシェルト様が甘く微笑む。


「言ってくれただろう? 好きな人だ、と。ずっとそばにいたいと……」


 瞬間、なんとか黒い靄を祓おうと、何を叫んだのかを思い出す。


 い、言いましたっ! 恥も外聞も忘れて思いっきり叫んじゃいましたけど、あれは……っ!


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