第22話 マジだった子


 女の子に電話番号を聞く……言葉にすれば、簡単なことだが。

 初めての挑戦に、僕は断られるのではないかと、恐怖から桃山さんに声をかけることが出来ずにいた。


 高校生活の最後の日。

 男友達に協力してもらい、卒業式に記念として、桃山さんとみんなで撮影をした。


 それが最後のチャンスだと友達が、助言してくれたのに……。

 桃山さんは女子に人気で、電話番号を聞こうとしても、他の子と撮影ばかりしていた。

 結局、式が始まってしまったので、僕は最後のチャンスを失ってしまう。


 ~それから、数日後~


 ある日、高校の教師から電話がかかってきた。

 卒業アルバムを制作した生徒たちへ、打ち上げとして花見をしようと。


 正直、行く気になれなかったが。

 一応参加するメンバーを先生に尋ねると……。


 桃山さんが参加するらしい!

 これだと思った僕は、即断する。


 と覚悟を決めても、僕はビビりで。

 いざ打ち上げに参加しても、教師や他の生徒たちが邪魔でなかなか桃山さんと会話できない。


(もう無理だ……)


 と落ち込んでいるうちに、打ち上げが終わり。

 先生が運転する車に乗り込む。


 気を利かせて、僕たち生徒を最寄りの駅まで送ってくれるそうだ。

 駅に着くと、先生が最後の別れを告げる。


「じゃあ、お前ら。またな~!」


 と運転席から手を振る。


 駅のロータリーに取り残される、僕と桃山さん。

 偶然だが、ようやく二人きりになれた。

 これはまたとないチャンス!


 桃山さんに電話番号を聞こうとしたその時だった。

 先ほど別れを告げた先生のRV車が、戻ってくる。


「あ、悪い。忘れてたよ、童貞。これ返しておくわ」


 と車の窓から渡されたのは、ムチムチ巨乳のセクシーDVD。

 忘れていた。

 卒業前に友達から先生が噂を聞いて、僕のコレクションを見たいと頼んできたことを……。


(まずい! こんなところを桃山さんに見られたら……)


 脇から汗が滲み出る。

 恐る恐る、彼女の方へ目をやると……そこにはもう誰も立っていなかった。

 桃山さんは黙って、駅の階段を上っている。


「童貞、卒業したのに借りていて悪かったな。この女優さん、なかなか良くてさ。かなりお世話になったよ、ハハハッ!」

「ちょっと、先生。もう良いから早く返してください!」

「あ、悪い」


 先生の手からDVDを奪い返すと、リュックサックの中へ放り込む。

 そして、僕も桃山さんを追いかけるため、駅の階段を急いで駆け上がった。


 プリンとした安産型のヒップを見て、僕はその名を叫んだ。


「桃山さん!」


 すると、その少女は足を止めて、こちらを振り返る。


「え?」


 いつもなら、彼女の可愛らしい童顔と、大きな瞳を拝めるところだが。

 彼女に異変が生じていた。


 何故かはわからないが、星型の黄色いサングラスをかけている。

 アホみたいにデカい……。

 芸人でもなかなか見ないデザイン。


 それを見た僕は、こう思った。


(いや、クッソだせっ!)


 罰ゲームじゃなかったら、好んで着用しないだろと。


「桃山さん……そのサングラスは?」

「あ、これのこと?」


 桃山さんは嬉しそうに、サングラスを自慢する。


「これ、めっちゃ安くて~ 5円で買えたの~」

「……」


 それを売っている店も要らなかったのでは? と心配になってしまう。

 彼女のセンスに動揺してしまったが、今はそれどころじゃない。

 桃山さんを電車に乗せるまで、電話番号を聞かないと。



 改札口を抜けて、駅のホームに降りる。

 あと数分で列車が到着してしまう……。


 なのに、僕は緊張から彼女に電話番号を聞けずにいた。


「「……」」


 桃山さんも、僕と特に話すこともないようで、黙っている。


 その時だった。

 列車が、駅のホームに入ってくる。


 もう躊躇している場合ではない、と僕は唾を飲み込む。


「あ、あの……桃山さんっ!」

「え?」


 振り返る彼女の顔には、先ほどの馬鹿デカいサングラスが。


「プッ……」


 その姿を見た僕は、思わず自身の口を手で抑える。


(ヤバい、吹き出しそう……)


 そうこうしているうちに、列車の自動ドアが開く。

 残された時間は僅かだ。

 このチャンスに、全てを託そう。


「あ、あの! 桃山さん。で、電話番号を交換しない!?」


 その言葉に彼女は固まってしまう。

 無言でサングラスを外し、バッグに入れ込むと。

 大きな瞳で、僕の顔をじっと睨みつける。


(うわっ、警戒されたかな)


「そ、卒業したら……もう会えないし、だから記念にと思って」


 どう考えても、噓丸出しの言い訳だった。

 しばらく二人の間に沈黙が続く。


 ホーム内に列車の車掌と思われる男性の声が、スピーカーから流れる。


『え~ まもなく発車いたします。お乗りになられる方はお早めにどうぞ』



 時間切れだと思った瞬間、桃山さんがようやく口を開く。


「どうぞ」

「へ?」

「だから、童貞くんの番号を教えてください。こっちに登録したら着信入れるので」


 よく見れば、彼女の手には白い折り畳み式の携帯電話があった。

 でも、すごく不機嫌そうに僕を睨んでいる。

 もしかして、気を使って交換してくれるのだろうか?

 社交辞令みたいな感じで。


「じゃあ……」


 僕たちは慌てて同じ列車に乗り込んだ後、お互いの電話番号とメールアドレスを交換した。

 

 この二週間後、初デートへ誘うことに成功し、二ヶ月後には付き合うことになった。

 ただカーおせっせをすることは、一度も無かった……。


 ついでに言うと、夢だった回転ベッドはどこに見つからなかった。

 それ以来、回転ベッドを見つけるのが僕の夢だ。


  了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おかえりなさいませ、童貞くん 味噌村 幸太郎 @misomura-koutarou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ