第3話 なにわの子

 

 僕はたった一年ばかしだが、大阪という街に住んでいたころがある。

 福岡から引っ越してきて、慣れない関西弁に戸惑い、なかなか友達もできなかった。


 小学校に入学して、一年生全員で初めての遠足へ行くことになる。

 僕はまあ「友達おらんけど、お菓子食べられるから、ラッキ~ デヘヘ」なんて鼻をほじっていた。


 お昼ご飯を食べる場所を先生の指示によって生徒が分けられる。

 円を描くように丸くなって、ビニールシートを広げた。

 男と女、男と女……こんな感じでお団子みたいにペアになって座る。


 僕の隣りには、クラスでも背が小さな女の子、チビ岡さんがいた。

 チビ岡さんという子は、コテコテの関西人というより、どちらかというとおしとやかで、物腰が柔らかい性格だった。


「今日はええ天気やなぁ~」


 慣れない街に引っ越して、シャイな僕はチビ岡さんと話すのが恥ずかしかった。

 だが、優しい彼女は、いろいろと話しかけてくれる。


「なぁ、童貞くんはぁ。どんなおかず作ってもろたん?」

「あ……僕はたまご焼きが好きだから……」

「うわぁ、キレイに焼けとるなぁ~ お母さん、料理上手やなぁ」

「う、うん……」


 同い年の子だというのに、なんだかお姉ちゃんらしさを感じる。

 だが、この子と話すのは今日が初めてだ。

 なんかやたらグイグイと来るな。


「なぁ、童貞くん。良かったら、コレ食べへん?」

「え?」

「これ、ウチのおかさんが勝手に買ってきてん。ウチ、ガム苦手やねん」

 そう言って、彼女が差し出したのは、小さなピンク色のガムだった。

「え、このおやつを僕に?」

「うん。童貞くんさえ、良ければなぁ~」

 ニッコリ優しく笑って見せる。


 待て待て!

 これはおかしい!

 一年生の遠足のおやつといったら、100円までだ。

 子供にとって、お菓子というものは宝物のような存在。

 それを初対面の僕に渡すだと!?


 この子、僕に惚れているかもしれない!?


 ……ていうか、わしがマジで惚れてしまった初めての女の子やんけ!

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