第16話 夏至前二日~トネリコネリの綿毛~

「だ、大丈夫?」


 レイが私を見下ろしながら言った。宙ぶらりんのままだが、レイの片手と片足は、きちんとトネリコネリの蔦とつながっていた。


「だいじょーーぶーー。たぶん」


 両手と両足を空に向かってあげながら、私は答えた。


「よっと」


 レイは蔦から手と足を離して、私が埋もれているすぐ横に飛び降りた。


 とたんに綿毛が飛び散り、あたりがぱっと明るく光った。


 綿毛の残骸はレイの膝の上まで降り積もっており、落ちたあたしを受け止める柔らかな布団の役割をしていた。


「どうぞ」


 レイは黄色の花粉でまみれた片手を出した。


 コミュニケーションは学習で向上する。



「ありがとう」


 

 あたしはにっこり笑ってその手をとった。


 上から、絶え間ない雪のように綿毛が降ってくる。


 落ちてくる綿毛がレイの体に当たるたびに、ぼんやり黄色く光る。


「すごい。ほ、ホントに、ち、『力』がない」


 レイがそう言いながら、面白そうに自分の手を見つめた。


「そんなの、わかるの?」


「わかる。生まれた時からあるものがごっそりなくなっている。トネリコネリに触ると、ち、『力』がなくなるって、あの話は、ほ、ほんとだった」


「大丈夫?体とか、変じゃない?ケガしてるとことか、ない?」


「どこもケガしていない。ほら」


 レイの手のひらに小さな青い火が浮かんだ。


「……なんだ。『力』ってやつ、まだあるじゃない」


 降ってくるトネリコネリの綿毛が音もなく青い火に焼かれた。百合のような匂いが辺りに広がる。


「ほとんどない。これが精一杯。でも、いい。なんだか気が楽だ」


 レイは屈託なく笑った。


「そっか……それならよかった」


 あたしはほっと胸をなでおろした。


「あそこから出られそう」


 あたし達はうっすらと光がもれている箇所に向かった。


 足下にうずたかく積もる綿毛に足をとられて、レイもあたしも何回も転んだ。


 田んぼの中に足を突っ込んだ時のように、一歩一歩が重く感じられる。


 差し込む光は古びた扉に遮られていた。押しても引いても動かない。


「この国って扉は使わないもんの?」


「いや、使うけど……これ、こうじゃない?」


 レイは、ガタガタと扉を横に引いた。


 日本の襖よろしく横に引く扉だったらしい。


 もう。疲れるなあ。


 あたしははやる気持ちを抑えて、外に出た。

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