第233話 俺のアイドル
俺とミライ。
二人で見つめ合って、いったいどれくらいの時間がたっただろうか。
ほんの数秒のような気もするし、何時間もたったような気もする。
心臓の音がゆっくりと大きくなって、体が猛烈に熱くなって、だけどその大きな音も体の熱さも心地よいもので。
ミライの笑顔に、もっと包まれたいと思った。
「……って、不安ってなんだよ」
急に恥ずかしくなってしまい、俺は顔を逸らす。
まだ体は熱いまま。
鼓動のリズムも早いまま。
「バ、バカ言え。俺は、男じゃなくて……その、…………お、女が好きだよ」
「そうですか。よかったです。誠道さんがそっち系に踏み出したんじゃないかって、不安で夜しか眠れませんでした」
「なわけあるか。あと眠れたんかい」
「そういえば私、ダンスとか歌とかも覚えたんですが、私もアイドルデビューしたら売れますかね? 借金返済の為に」
「それは……やめてくれ」
深く考えもせずにその言葉が出てきた。
「その……ミライには俺を支援するっていう役割があるから。ほら、お前も自分で言ってただろ」
本当は、俺だけのアイドルでいてほしい、なんて恥ずかしくて言えない。
他の男にちやほやされているミライを見たくない、なんて口が裂けても言えない。
くそぉ、せっかくミライがはじめて借金返済に前向きになったのになぁ。
俺の心のバカ野郎!!
「わかりました。ふぅ、これでようやく私が働かなくていい言質が取れましたね」
「まさか、ここまでの流れを想定していたのか?」
「さぁ、それはどうでしょう」
ミライはにこりと嬉しそうに笑って。
「私はいつまでも、誠道さんだけのミライでいますから、安心してください」
胸の内側にある熱いものが爆発せんばかりに膨れ上がる。
ホンアちゃんに感じているのとは一線を画す、特殊なドキドキだ。
やっぱり、俺にとってミライは特別なのだ。
「あ、そういえばさ」
これ以上、こっぱずかしい話はしたくなかったので、話題を変える。
「準備したって言ってたけど、その衣装ミライが作ったのか? よくできてるなぁ」
ミライがいま着ているピンクのフリフリスカートは、ホンアちゃんがライブで着ていたものと瓜二つだ。
本物としてホンアちゃんのポップアップストアに飾られていても、見分けられる人はいないかもしれない。
「え? どうして私がそんな面倒なことをしなければならないんですか?」
ミライは、いきなりなにバカなこと言いだすの? みたいな顔を浮かべる。
おっと、どうやら事情が違うようだ。
「面倒って、じゃあどうやってそれを」
「これですか? これは今日のために買いました。なんと、実際にホンアちゃんが着ていた衣装ですよ! 幸運にも闇市に出回っていたので、ちょっと高額でしたが助かりましたよ」
「やっぱアイドルして金稼いでこい!」
「いやですぅ、誠道さんから働かなくてもいいって言質を貰ってるんですから。男に二言はありませんよ」
「じゃあ今度その闇市を一斉摘発してもらうから、場所を教えろ! アイドルの試着済みなんて嘘の典型例だから!」
よくフリマサイトで、そういう謳い文句がついた衣装が高額で売られてたけど、あんなあからさまな嘘に騙されるやつなんているの?
俺の目の前にいましたよ!
残念!!
ミライの大馬鹿野郎!!
「ぜっーたいに嫌ですよ! 私のお気に入りの店なんですから! それに店主に『絶対にこの店のことはむやみに広めるな』と言われているんです。いい商品を教えてもらうためには日ごろからの信頼関係が第一ですから、誠道さんでも教えられません」
「ただカモにされてるだけだよ! 信頼関係なんてねぇよ!」
はぁ、まったくこいつはどうしてこうも……。
まあ、でも今回はミライのその……可愛い姿が見られたからよしとしてやるか。
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