第198話 私を信じてくれた

「だから、私には、私は、罪を ……いつかきっとみんな私を怖がるんだ! 煙たがるんだ! ああ、やっぱりあいつの子供なんだって、蔑んで離れていくんだっ!」


 私は私の過去を、これまで抱え込んできた感情を吐露していた。


 穢れた血を持って生まれた私を、こんな私を、好きになってくれる人なんて、いないはずなのに。




 ――だけど彼は、石川誠道という人間は、そんな私に向かって、柔らかにほほ笑むのだ。 




「俺たちはコハクちゃんが優しいってわかってる。コハクちゃんのお母さんとは違って、素敵な可愛い女の子だって、知ってるから」


 信じさせてみせるからね、と語りかけるかのように。


 彼の心からの笑顔が私の心を照らしてくれる。


「大丈夫。見ててほしい。俺は、絶対にあいつを許さないから」


 誠道さんの表情がキリリと引き締まる。


 私に背中を向け、私がこれまで信じてきた、テツカさんの方を向く。


「コハクちゃんを傷つけたあいつは、いまからずっと俺の敵だ」


 彼の背中はとても大きく見えて、私はその姿に見惚れていた。


 格好いい、と思った。


「コハクさん」


 隣にいるミライさんが声をかけてくれる。


 この人も、お母さんに裏切られて、テツカさんに裏切られて、絶望していた私のそばにずっと寄り添ってくれていた。


「誠道さんは信じるに値するお方です。少なくとも、私はそう思います」


 私はあなたたちを殺そうとしたのに。


 あなたたちに、あらぬ疑いをかけて、傷つけようとしたのに。


 出会って間もないのに。


「誠道さんもたくさんの人に裏切られてきました。でも、それでも私を信じてくれました」


 どうしてあなたたちは私のことを信じてくれるの?


「誠道さんは引きこもりのどうしようもない人ですけど、優しい強さを持っている、素敵なお方ですから」


「うるせぇ。いますぐ謝れよ。俺は許さねぇけど、謝れよ。……【無敵の人間インヴィジブル・パーソン】」


 誠道さんの怒りに染まった声が聞こえてくる。


 私は誠道さんの背中を見た。


 熱く、優しく、真っ赤に燃え上がる炎をまとった誠道さんを見て、私の心にも暖かくて、むずがゆくて、だけど大切だと思える感情が湧き上がってくる。


「私は……わたし、は……」


 胸に手を当てて、目を閉じて、湧き上がってきた感情ときちんと向き合う。


 幼いころから私は独りぼっちだった。


 遊びで男の名前をつけるような狂った母親と二人暮らし。


 父親はもちろんいない。


 そんな母親が私を大切に思ってくれているわけもなく、私は母親からの暴力に耐えながら日々を過ごしてきた。


 母親が犯罪者になったあと、ようやく苦痛の日々から解放されると思ったが、私は独りぼっちのまま。


 悲しかった。


 存在意義が欲しかった。


 誰かに私のことを必要としてほしかった。


 そんなときに現れたハクナさんは私を必要としてくれて、テツカさんは不治の病(嘘だったけど)を独りで看病する私をすごいと褒めてくれて。


 嬉しかった。


 楽しかった。


 この人たちのためならなんでもできると思って、必要としてくれたのだからなんでもしなきゃと思って。


 必要とされなくなるのが怖くて怖くてたまらなくて。


 でも、私は二人に利用されていただけ。


 結局、私はずっと独りだった。


 誰かを信じて、裏切られて、もうこんなの嫌だって、ついさっき痛いほど身に染みて絶望したはずなのに、どうしてすぐにまた、誰かを信じようと、信じたいと、信じてみたいと思ってしまうのだろう。


 信じたいという感情が、私の心に暖かな光を与えようとしてくるのだろう。


 また裏切られるかもしれないのに。


 この人たちとはまだ会ってから間もなくて、この人たちのことなんかなんにも知らないのに、どうして私は、この人たちを信じられるなんて思ってしまうんだろう。


「私は……もう、うらぎら、れるのは……」


「いいねぇ、その顔。もっと絶望しろぉ!」


 そのとき、ワルシュミーの歓喜に歪んだ声が聞こえた。


 顔を上げる。


 誠道さんとミライさんが、氷漬けにされていた。


「そのまま死んでいくんだよぉ。その絶望こそが美食なんだ。やれぇ! マーズ!」




 ――――いやだ! 死なせない!




 そう思ったときには、もう私は【野獣化ビーストバースト】していた。


 さっきの【離澄虎リストラ】ですべての力を使い果たしていたはずなのに、体が動いている。


 限界を超えているはずなのに、いまだけでいいからとにかく動け! と脳が命令している。


 守らなくちゃいけないんだという強い気持ちに、体が突き動かされている。 


「私は……また裏切られるのは嫌だけど……怖いけど」


 目の前にいるワルシュミーをぐっと睨みつける。


「それでも私は信じたい! 私が信じられると思ったから! ここで二人がやられるのを黙って見ているだけの方が、もっと怖いから!」


 体中から力があふれ出す。


 私のどこにこんな力が残っていたのだろう。


 ってかそんなのどうでもいい。


 だって、だってだってだって、私はもう……。


「私を信じてくれた人を奪わないで!」


 この人たちのことをどうしようもなく信じてしまっていたんだから、しょうがないじゃないか。

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