第197話 窮地と綺麗と

「くそっ……」


 俺は次々と襲い掛かってくる氷の鎖を、炎をまとわせた拳で殴り壊していく。


 ……でもなんで俺にばかり攻撃が集中しているんだ?


 まあ、ミライやコハクちゃんに攻撃が向かわないのは好都合以外の何物でもないのだが。


 俺は鎖による攻撃が止んだ一瞬の隙をついて【炎鬼殺燃龍奥義ひきこもりゅうおうぎ炎舞龍夢エンブレム】と唱え、炎龍をワルシュミーに向けて突撃させる。


 が、当然マーズが炎龍の前に立ちふさがる。


 先ほどと同じようにマーズは氷の盾で炎龍の突撃を防ぎ、氷の鎖で炎龍の体を締め上げ、引きちぎった。


「まだまだぁ!」


 炎龍の影に隠れてマーズに接近し、炎をまとわせた拳で殴りかかる。


 も、すべてひらりとかわされる。


 何着も重ね着していることで動きが鈍くなっていると思ったのだが。


 ミライも鞭でマーズを攻撃するが、マーズの身のこなしはやはり素早くて攻撃がまったく当たらな――いや、俺の攻撃はすべてかわされているが、ミライの鞭による攻撃はすべて当たっているぞ。


 なんなら、皮膚がむき出しの頬とか手のひらを差し出して、自らあたりにいっているまであるぞ。


 ――あれ、これは、もしかして。


 俺は攻撃をつづけながら、とある可能性を考える。


「おいマーズ! お前! もしかして――」


 とそのとき、しゃべりながら放った俺の拳がマーズの胸のあたりに当たった。


 ……わざとじゃないぞ。


 攻撃していいとはいえ、さすがに顔は狙えないから体を狙っていたら当たってしまったんだ。


 しかもなんかめっちゃ硬くて、おっぱいの柔らかさを感じられなかったのが悔しい……なんて思ってないからね。


 服をこれでもかってくらい重ね着しているせいで、事故を装っておっぱいを触れ――服を重ね着しているおかげで俺が変態扱いされずに済んだのは、本当に不幸中の幸いだった。


 ――マーズに触れたことは大きなミスだったけど。


「【白銀世界アブソリュート・ゼロ】」


 マーズが俺の手首を掴んでそう唱えた瞬間、腕から順に体が凍っていく。


 えっちな魔物の代表例、マンティコアにしたのと同じ攻撃をマーズが発動させたのだ。


「ヤバっ……」


 と思ったがもう遅い。


 俺は回避行動を取る間もなく、首から下を氷漬けにされた。


「……くっ」


 迂闊だった。


 この魔法を一度見ていたにもかかわらず接近戦を挑んでしまうなんて。


 俺はこのまま死ぬのか。


 マーズが指を鳴らせば、この氷は俺の体と一緒に砕け散ってしまう。


「……誠道、さんっ」


 ミライの苦悶の声が聞こえ、俺はまさか、とわずかに動く首を横にひねった。


「ミラ、イ……」


 ミライも俺と同じように氷漬けにされていた。


 タイミング悪く鞭がマーズの体に触れていたのだろう――――あれ? 凍りついてピンと伸びている鞭は、マーズの体じゃなくて別のところに伸びてるぞ。


 マーズの魔法【白銀世界アブソリュート・ゼロ】は、マーズの体に触れているものを凍りつかせる技のはず。


 だから、ミライはマーズに触れてしまった鞭のせいで凍ってしまったのだと思ったのだが……。


 俺は、ピンと伸びた状態で凍っている鞭の先端を目で追っていくと――




 ――それはマーズの頬ではなく俺の右肩に触れていた。




「なんで俺が攻撃されてんだよ!」


「すみません。誠道さんが戦いの最中にもかかわらずマーズさんの胸を触ったので……つい」


「ついじゃねぇよ! 不可抗力だから! そんなもん気にして戦ってるわけねぇだろ!」


「はははっ! 意外とあっけないもんだなぁ! もう終わりだなぁ!」


 マーズの後ろに立っているワルシュミーが、最後の最後で不覚を取った俺たちをあざ笑う。


 たしかに、悔しいがワルシュミーの言う通りだ。


 凍らされてしまった以上、なにもできない。


 やばいぞ、これ。


 このままじゃ俺だけじゃなく、ミライまでやられてしまう。


 戦いだからというもっともらしい理由に託けておっぱいを触ろうとした罰……はっ! 


 俺はいったいなにを考えているんだ!


 何度も言うがあれは不可抗力。


 窮地すぎて思考がおかしくなってしまっているんだ。


「いいねぇ、その顔。もっと絶望しろぉ! そのまま死んでいくんだよぉ。その絶望こそが美食なんだ。やれぇ! マーズ!」


 ワルシュミーが、マーズの背中を容赦なく蹴る。


 マーズは右手を掲げ、親指と中指をくっつけ、指を鳴らそうとする。


 ――くそぉ、これまでか。


 マーズの指先に力が入るのがわかる。


 ああ、くそ、まじか、なにか、なにか打つ手は……。


「くははははっ! 俺様の勝利だぁ――――なにっ?」


 いきなりワルシュミーとマーズが後ろに飛びのく。


 俺は氷から解放され、地面に膝をついた。


 ミライを見ると、ミライも氷から解放され地面に四つん這いになっていた。


 はぁ、はぁ。


 本当に死ぬかと思った。


 まだ心臓がバクバクしている。


 深い呼吸ができない。


 脳が震えている。


 指先が死への恐怖で震えている。


 でも――そんなことはやっぱりどうでもよくて。


「…………綺麗だ」


 俺は、俺とミライを救うためにマーズとワルシュミーにとびかかった、気高きトラの背中に、どうしようもなく見惚れていた。

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