第4章 束縛の果てに
第180話 偽善でもやるべき
猫族の里へ帰ると、なんだか村がやけにざわついていた。
「昨日の夕方、意気揚々と討伐依頼を受けてやってきた冒険者たちがいただろ? あいつらもまたやられたってさ。村の外で身ぐるみ剥がされて、金を根こそぎ奪われた状態で倒れてるのが見つかったって」
「ほんと? これで何回目よ?」
「いい加減にしてほしいわよね、毎回毎回」
道の端で世間話に興じる主婦たちも、ジャケットのポケットに両手を突っ込んで不機嫌そうに歩く男も、口々恨み節をぼやいている。
「あの冒険者たち、絶対に倒してみせるって息巻いてたくせして、ほんとダサいわね」
「そっちへの愚痴かよ!」
……恨まれていたのはモンスターじゃなくて、冒険者たちの方でした。
ただ……。
「まただ、何回目……って、まさか」
彼らのボヤキに心当たりはある。
猫族の里にきたときにマーズから聞かされた噂話。
冒険者を襲って金目の物を根こそぎ奪っていくという、ライオンだかトラだかに似たモンスター。
討伐依頼が出されてからも、何人もの冒険者を返り討ちにしてきた強敵。
でも、あれの正体はマンティコアで、昨日マーズがやっつけたはずでは?
「なぁ、マーズ。たしかにあのとき、お前はマンティコアを倒したよな?」
「間違いなく。私は魔物を調教するより調教されたい側ですから、捕獲するなどという無意味なことはいたしません」
「だよなぁ……」
じゃあやっぱり、その冒険者たちが見つかるのが遅くなっただけ?
でも会話では昨日の夕方やってきた冒険者と言っていたから、つじつまが合わない。
だって、そのときにはもうマーズがマンティコアを倒している…………あ。
――マンティコアごときに冒険者が何人もやられるかしら。
ふと俺はマーズのつぶやきを思い返していた。
畜生!
完全完璧なるフラグじゃねぇかその言葉!
あのときは、大魔法使いが大魔法使いの基準で考えたせいだと思って見過ごしていたが、そういうことかよ。
「マンティコアじゃなかったんだ」
昨夜、冒険者たちを返り討ちにした魔物はマンティコアではない。
「そうね。この猫族の里の周りには、まだこの里に不幸をもたらしつづけている魔物がうろついているとみて、間違いないわ」
マーズがいつになく真剣な顔でつぶやく。
「……でさ、俺たちはこの話を聞いちゃったわけだけど、どうする?」
俺はミライと、マーズに聞いてみることにする。
「そうですね。とりあえず、座って話しませんか?」
ミライの提案に反対する必要は感じなかった。
ちょうど俺たちは猫の銅像が中央に鎮座している広場にきていたし。
ミライの視線の先にはベンチが設置されている。
「それもそうだな」
ベンチに俺とミライが座って、マーズがその前に立つ。
ベンチに座ろうとした瞬間に、なぜかマーズが率先してベンチ役になろうとしたのだが、もういい加減くどいし面倒くさいので、その辺のやり取りは全部はしょることにする。
ミライが口を開いた。
「知ってしまった以上は、見て見ぬふりをして帰るというのも、なんだか罪悪感がありますよね」
「たしかになぁ……。このまま帰っても俺たちには関係ないとはいえ、猫族の里はこのままだと廃れていくんだよなぁ」
俺たちは、コハクちゃんを送りにきただけだった。
それに、この村の人たちはコハクちゃんに冷遇してきた。
でも、だからと言って、自業自得だと思えないのも正直なところ。
積極的に関わる必要がないのも、正直なところ。
「私としては」
マーズがいつもより低い声で話しはじめる。
「知った以上この問題を見すごせないわ。このまま帰ったら虫のいどころが悪いなんてものじゃないもの。関係ないなんて思いたくないわ」
「マーズ……」
「マーズさん」
柄にもなくマーズが格好いいことを言っている。
「それに…………もし負けると身ぐるみ剥がされて放置されるらしいじゃない。想像しただけで……あんっ!」
「それが目的だったのかよ! 感銘受けて損したわ!」
もしかして俺はマーズに関わってしまったばっかりに、これから先ずっとこのドM女にツッコみつづけなきゃいけないんですか?
いやだよ、そんなの。
異世界には労働監督署があるかなぁ。
春闘できるかなぁ……これは違うか。
「でもね、誠道くん。もし私たちがモンスターを倒せば、私たちは村を救った英雄になれる。そうしたら、ここの街のキャバクラで使える永久無料券を手に入れることだって簡単だと思うの。しかも、キャバ嬢はみんな最高のおもてなしをしてくれると思うの」
「よしっ! 作戦決行は今夜だ。俺たちはこの里を救う。ミライ、マーズ、気を抜くなよ」
もはやマーズがなにを目的にしているかなんてどうでもいいぜ!
俺は純粋な正義感から、この猫族の里を救うことに決めた。
「誠道さん……」
ミライが呆れている。
「誠道くん。私が言っておいてなんだけど、あなた、わかりやすいのね」
マーズも呆れている。
「うるせぇ! 身ぐるみ剥がされることが目的なマーズに言われたかねぇよ!」
「そそそ、そんなわけないじゃない。私は純然たる正義の心からこの里を助けようとしているの。でももし負けたら――はあっ!」
「想像で悶えんな! それに、俺たちに勝ち目は充分にあると思う」
なんせ、俺たちには氷の大魔法使いのマーズがいるからな。
しかも、俺にも【
いくら相手が数々の冒険者を打ち負かしてきた恐ろしく強い魔物とはいえ、いまの俺たちに敗北を味わえという方が難しいのでは?
「……えっ? 勝ち目が充分にあるなんて、そんな残酷なこと言わないでくれる? 勝ったら身ぐるみを剥がしてもらえないのよ?」
「たしかに、控えめに言って私たちは最強ですからね。なんてったって優秀なメイドがいますから。この戦いが終わったらみんなでパーティをひらきましょう!」
「マーズは残念がらないで! ミライは過信してフラグ作らないで!」
ああ、一瞬にして勝てる自信が失われたよぉお。
――と、そこへ。
「君たち! ここにいたのか」
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