第146話 どうぴんぐ?

 井戸に飛び込んだ瞬間、視界がぐにゃりと歪む――次の瞬間には、黒い壁で覆われた巨大なドーム状の部屋の中に立っていた。


 小さな野球場ならすっぽり入ってしまうんじゃないかってくらい、大きな空間だ。


 他のみんなも次々に俺の周りに姿を表す。


「大丈夫か、みんな」


「はい。私はなんとか」


「我も平気にゃ」


 聖ちゃんとネコさんが、いつにもなく険しい顔で答えてくれる。


 光聖志、真枝務、五升も無事にやってきた。


「おお、またぞろぞろと仲間を連れてきて……無駄なことを」


 マーズの妖艶な声が黒いドーム内に響く。


 彼女は黒い壁に背中を預けて立っていた。


 そのそばには、【氷の拷問監獄アイスロウレスプリズン】があって、その中でミライがぐったりと横たわっていた。


 意識がないようだ。


 ぴりぴりと、ひりついた緊張が走る。


「マーズ……ここまで思い詰めて……」


 とネコさんが苦々しげに呟くのが聞こえてきた。


 俺は一歩前に出る。


「おい、ミライは無事な」


「ぐぅうああああっつつ!」


 俺の言葉は心出の苦悶の声にかき消された。


 心出の体が俺たちの前を右から左へ吹っ飛んでいく。


「「「皇帝さんっ!」」」


 光聖志、真枝務、五升の三人が、床に横たわる心出のもとに駆け寄っていく。


 俺は彼らとは反対の方を向き、心出をぶっ飛ばした敵を確認する。


「……こいつ、が」


 そこには、氷でできた巨兵がいた。


 ゆうに五メートルはあるだろう。


 見るからにごつい体に、堂々とした立ち姿。


 右手には剣を、左には盾を装備している。


 相当のパワーを秘めているのは明らかだし、攻撃力と守備力が逆転していそうだ。


 そして、お腹の辺りにはデカデカとアルファベットのMが彫られている。


「あれはもしかして……マーズが本当はドSじゃなくてドMである証なのでは」


 ネコさんの話の信ぴょう性がさらに増した。


「ふざけるな。あれはマーズのM、私はドSだ! そのマークをそれ以上いじるなっ! 私を無駄にいじめるなっ!」


 食い気味に否定してくるマーズ。


 だが、頬が上気しているように見えるのは気のせいだろうか。


 俺にいじられて、ちょっとだけ嬉しそうに見える。


 もう隠しきれてないじゃん、マーズさん。


「我の言うとおりだったにゃろ。ドMの誠道にいじられて反応するやつが、ドSなわけがないのにゃ」


「マーズがドSじゃないこと関しては肯定するけど、俺がドMだって部分は断固として否定す」


「「「皇帝さんっ!」」」


 今度は光聖志、真枝務、五升の声が、俺の言葉に覆いかぶさる。


 ……きちんと否定させてよぉ。


 これじゃあまるで俺がドMみたいじゃないか。


 とにかく、なにかあったのかと心出たちを見ると、心出がボロボロの体に鞭打って立ち上がっていた。


「なんの。こんな傷、俺がかつて与えてきた痛みに比べたら……」


 心出は氷の巨兵を睨みつけて。


「誠道くん! あいつの相手は俺たちが引き受ける!」


「なに言ってるんだ。もう傷だらけじゃないか」


 俺たちよりほんの少し先にワープしただけなのに、このダメージ量。


 普通にやばいだろ。


 心出だって強力な固有ステータスを持った転生者。


 そんなやつがやられているのだから、氷の巨兵がいかに強敵か、想像に難くない。


「俺たちは大丈夫だ。誠道くんたちは早くミライさんをっ! 五升! 俺たちにドーピングをしろっ!」


「いや倫理的にドーピングはしちゃだめだろ!」


 あ、思わずツッコんでしまった。


 いまはそういうことを言っている場合じゃないのに。


「俺はネコさんにいいところを見せたいんだぁあああ!」


 心出がネコさんに向けてウインクをしたが、ネコさんはそれを見ていなかった。


「ってか本心それなのかよっ!」


「あっ、俺たちは誠道くんのためにも」


「わざわざ言い直さなくていいから!」


「わかりましたぁ! 皇帝さん! 全力でドーピングします!」


「五升はわからないでいいから! ドーピングより毎日のトレーニングを全力でやって!」


 あ、またツッコんでしまった。


 でも、そうじゃないとオリンピックでメダルをとっても本当の意味で誇れないでしょ。

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