決意と謝罪と性感帯編

第1章 ポストに謎のプレゼント

第106話 帰って来た?

 目を開けると、日本で一番有名なスクランブル系の交差点の中央に立っていた。


 日差しがすごくまぶしい。


 思わず顔を伏せると、そこにはちゃんと俺の影があった。


「……どういう、ことだ」


 いったいいつの間に戻ってきたのだろう。


 俺の周囲を行きかう人々は、歩く速度を落とすことなく、なおかつ周囲の人とぶつからないという神業を披露している。


 全員、日本体育大学出身者かよ。


 ぼけっとしている俺に興味すら示さない。


 聞こえてくるのは、スマホを頭上に掲げた外国人が控えめにあげる感嘆の声だけだ。


「やっぱり、ここは……戻ってきた。日本に」




「誠道さんっ! さっきからなーに寝ぼけたこと言ってるんですか。起きてください。朝ですよ」




 信じられない。


 じゃあ今までの異世界生活はすべて夢ってこと?




「誠道さんが起こしてくださいって言ったんじゃないですか。だから、まあ、少々遅くなりましたが起こしに来たんですよ」




 でも……え?


 じゃあつまり俺は、引きこもりのくせに渋谷まで来て、あまりの人の多さにスクランブル交差点の真ん中で気絶して、夢を見てたってこと?




「別に忘れていたわけではないですよ。ちょっと横になっていたらこんな時間になってしまったのです」




 でも、おかしいじゃんそれ。


 結構長い夢だったぞ。




「寝ていたわけではないですよ。私はただ、毎日のように遅くまでトレーニングをしている誠道さんがつかれているかなぁって思いまして」




 ってかさ、人が倒れていたら普通誰か声をかけるよね?


 みんな倒れてる俺のこと完全に無視してたってことじゃん。


 冷たすぎない?


 他人に無関心すぎない?




「だったらもっと寝かせてあげようかなぁって、そう思ったがゆえの行動で。私の優しさですよ!」




 いや、これが今の日本の現実か。


 まじで日本闇深すぎるだろ。


 ……って。


 俺ははっと気がつく。


 あの異世界生活が夢だってことは、もしかして。


 ミライも……。


 夢?




「はっ! いま私の名前を寝言でつぶやきましたっ」




 そんな……だって。

 

ミライとの思い出も、あのうざくも楽しかった日々も、借金まみれの生活も―ーいや、借金だけは本当に夢であってほしい。




「誠道さん! ミライも……なんですか? 早くつづきを!」




 でも、ってことはミライを守りたいって思った感情も、ミライに抱いた感情も、全部……その全部が。


 夢だった。


 胸にぽっかりと穴が開いているかのように苦しい。


 どうしようもなく苦しい。


 そんな、だって、ミライが。


 ミライが……。




「さぁ、早くつづきを。どうせ、ミライの全部を俺に背負わせてくれって、つまり借金を一緒に背負いたいって、そう言いたいんでしょう!」




 俺は立っていられなくなってその場に膝をつく。


 頭を抱えて、うつむいたその時。




「それか、もしくは本当の意味で私の全部を背負ってくれると……」



 

 アスファルトが盛り上がって、水がわきだすかのようににゅるっと美少女が出てきた。


 ……は?


 目をシパシパさせるも、にゅるっと美少女はそこにいる。


 なんでアスファルトから美少女が?




「え? び、美少女? がアスファルトからでてきたんですか?」




 これはどういうことだ。


 美少女がアスファルトを貫通して出てくるなんて……。




「誠道さん。冷静に考えてください。地面から出てきたのなら、それは美少女ではなくもぐらです。それか美少女をヒントにするならこの私です」




 しかも、この美少女……もしかして、イツモフさ―ー


「そこは私でしょうが! 美少女なんですから!」


「………ぐふっ!」


 急にお腹にものすごい激痛が走った。


 思わず咳き込む。


 ってか普通にすっぱい液体までせりあがってきてるんだが。


「……ってぇなぁ」


 いったいなにが起こったのか。


 重い瞼を開くと、ミライの不機嫌な顔があった。


 ……え、なにこれ。


 どうしてミライが俺のお腹の上に跨っているの?


「誠道さんは夢を見ていたんですよ。アスファルトから美少女が出てくるわけないじゃないですか」


「…………だよな」


 寝ぼけた頭でも、そりゃそうだよなぁと理解した。


 にゅるっと美少女なんていないよな。


 にゅるっと美少女っていう語感は気に入ったけど。


「それより早くどいてくれ」


「いやです」


「俺のお腹に衝撃が走ったのはミライのせいか?」


「どちらかと言えば誠道さんのせいです」


「なわけないだろ。俺は寝てたんだぞ」


「誠道さんのせいです」


 嘘をついているのは明白なのに、意地を張った子供のように自分の意見を押し通してくるミライ。


 面倒くさいなぁ。


 寝起きからこんなやり取りしたくないよ。


「……わかったよ。俺が悪かった。だからどいてくれ――――あれ」


 そう言いつつ瞼を擦ろうと手を動かしたつもりだったが、なにかに引っかかってまったく動かなかった。


「あ、ようやく気がつきましたか。先ほどお腹を殴る前に私が、目にもとまらぬ早業で縛り上げました」


「ふざけんなぁ!」


 なんで朝から縛られないといけないんだよ!


 もう眠気完全に覚めたわ!


 翼が生えるドリンクよりも塩を振りかけた氷水で顔を洗うよりも効果的な目の覚まし方だわ!


「ふざけているのは誠道さんです。今回ばかりは誠道さんが悪いんですからね」


 またもやわけのわからない理屈を主張するミライ。


 意味わからん。


 俺は寝ていただけだっての。


 夢遊病を患っているならともかく、寝てるだけの人に悪いことなんかできないの。


 むしろ寝ているだけの人は、悪いことをされる方なの。


 寝ている間に縛られた俺がその証明!


「だったら俺が悪い理由を説明してもらおうか」


「誠道さんがアスファルトからにゅるっと美少女が出る夢を見たのが悪いんです!」


「夢なんだから仕方ないだろ!」


「だからこそ! 私は誠道さんには本来の自分を取り戻してほしかったのです。私という美少女メイドの存在がいかに大切かを思い出してもらおうと、こうして二人だけの秘密である誠道さんの大好きな縛りプレイを」


「だから俺は好きじゃないって言ったろうが!」


「そんな、隠さなくていいんですよ。私と誠道さんの仲ではありませんか」


「そんな仲にはなりたくねぇよ!」


「一定条件を満たしたことにより必殺技。【束縛バインド】が強化されました」


「天の声までいじってきやがったなぁ!」


 だから俺は絶対に縛られたいなんて思ってないって!


 なのに、なんでこうも外堀が埋まっていくんですかねぇ!!

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