1-6 「自己紹介をしよう」③
「
自己紹介も十人目。
ユミトさんは突然私に話を振ると、背負っていた細長い包みを降ろすとその中から弓を取り出す。
「えっ? ええっと。ごめんなさい。私、ネット動画はあまり見なくて」
「そうか。知らねえか。ざんねんだな。普段は的の上のリンゴを射たり、連続で動く的の中心に矢を当てたり。曲芸的な射弓をしているんだ。機会があったら是非見てくれよ」
「あっ、はい」
ユミトさんの言葉に私は反射的に頷く。
どうやら私のことエンタメ好きな人間だと思われているようだ。
テレビはよく見るけど、目に負担がかかるからあんまりインターネットはやらないんだよね。
【 馬淵弓人:弓道家 動画配信者】
スポーツをしている人だけあって、はだけた道着から覗く肉体は引き締まって見える。
話しぶりから嘘のつけない裏表のない人物に感じる。
「……」
「次はあんちゃんの自己紹介の番だぜ」
ユミトさんが声をかけたのは、まだ中学生ぐらいのスーツ姿の小柄な男の子だ。
「……」
「おい。まさか、あんたも日本語が話せないとかないよな!?」
「……す」
「うん? なんか言ったか?」
男の子の口が開くがその声は小さく、隣に座るユミトさんでも聞き取ることができない。
「おい、ノウト。こいつなんて言ってるんだ」
「いえ。彼には通訳の必要は無いと思いますよ?」
「……ぼ、僕。日本語話せます」
何度目かの言い直しで男の子から聞こえてきたのは蚊の鳴くような細い声だった。
「お、おお。普通に話せるのな」
「……は、はい。いちおう。僕、人前で話すのが苦手で。き、緊張しちゃって」
「ははっ。まあ、この状況だ。緊張しない方が嘘だわな。それで、自己紹介はできるか?」
「……は、はい。僕は
コロリくんは、中学生にしては幼い容姿のかわいらしい男の子だ。
うつむき加減で話しているためくぐもって聞こえるが、変声期前の高い声をしている。
……でも、この子。どこかで見たことがある気がするな。
「ああ、やっぱり。君はコロリくんだったんだね。スーツ姿でずいぶんと大人びた格好だったから自信がもてなかったよ」
親し気にコロリくんに話しかけたのはトウジさんだった。
「トウジさん。この子のこと知ってるんですか~?」
「ああ。番組で一度共演したことがあるよ。確かその時は『幸運の子』という触れ込みで呼ばれていたっけ」
「『幸運の子』……! 私、聞いたことがあります」
記憶に引っかかるその単語を呼び水に、コロリくんの事を思い出す。
「とてつもない幸運の持ち主としてテレビで何度か紹介されているのを見たことがあります。なんでも、彼が買った宝くじが何度も高額当選を果たしているとか。本当だったら、凄い幸運ですよね」
「……は、はい。それは本当です。だけど、それは幸運なんて不確かなもののおかげじゃありません」
コロリくんの肩に斜め掛けされた黒いカバン。
その中から彼は白いヤギの置物を取り出した。
「それは?」
「彼は僕の友達、『白ヤギさん』です。彼が僕に教えてくれるから、僕には未来が分かるんです」
先ほどまでのおどおどした口調とは一転し、コロリくんは力強く宣言する。
両腕で抱える置物はかわいらしくデフォルメされたヤギの姿で、どう見ても予言をしてくれるようには見えない。
大きさからそれなりに重さはあると思うのだが、普段から持ち歩いているということは相当大切にしているのだろう。
「未来が分かる、ですか?」
「はい。何か僕に伝えたいことがある時に『白ヤギさん』は僕に
「は、はあ。それは、凄いですね?」
「本当のことなんです! 白ヤギさんがいるから僕は今、生きていられるんです」
熱い口調で話すコロリくんの熱量に押され、私は生返事を返すことしかできない。
「あっ。す、すみません。変なことを言っちゃって……い、今のは忘れてくださぃ」
「えっ? そうですか」
泡がはじけたかのように急激に元気をなくしていくコロリくん。
最後にはほとんど聞き取れないような声になってしまう。
【 八木古路裏:中学生 幸運の子 未来が分かる?】
私はコロリくんの言っていたことを半信半疑のままメモに書く。
なんだか不思議な子だな。
私は再びうつむいてしまった彼の様子をほほえましく見つめた。
「次は僕ですね。僕は
レインさんは首からカメラを提げた中性的な見た目の男性だ。
雨合羽のような光沢のある青いビニール地のジャケットを身に着けている。
「芸術家さんなのですね~。素敵です~」
「あはは。まだ、駆け出しですよ。僕なんかより皆さんの方がよほど凄くて気圧されてしまいます」
レインさんは照れたような笑みを浮かべる。
どこか頼りない感じだが、今までが癖の強い人ばかりだったので、その様子に親近感を覚える。
「なんだか凄い事態に巻き込まれてしまったみたいですけど、皆さんと協力すれば乗り越えられる気がします。皆さん、よろしくお願いします」
あっさりと自己紹介を終えたレインさんは一礼すると席に着く。
【 雨傘霊院:写真芸術家 】
飾らない態度のレインさんに私は好感を覚えた。
いよいよ私の自己紹介の番だ。
話す相手の中にはサイネさんや、トウジさんもいるのだ。
これで緊張しないわけがない。
だけど、私は普通の女子高生だ。
雰囲気を普通に感じたレインさんだって写真芸術家という肩書があり、同じ学生の身分であるモータさんは日本語が分からず、コロリくんは『幸運の子』として世間に知られている。
様々な特徴を持ったみんなに比べたら私の自己紹介なんて、つまらない物になるはずだ。
だから何も気負う必要はない。そう思っていた……でも。
「さっき宇宙人が言っていたね。彼らは僕たちを生き返らせたって。カスミさんは心当たりがあるようだったけど、君は何か知っているのかい?」
憧れのトウジさんからの質問。
自己紹介の最中にその鋭い瞳に見つめられた私は、けれども先ほどのように浮かれることは出来なかった。
心当たりは、もちろんある。
だけど、それをこの場で言うべきだろうか。
コールドスリープなんて言いだせば厄介なことになることは目に見えている。
場の皆から注がれる視線を一身に受ける。
「はい。全てお話しします」
……この状況でコールドスリープの件を隠せば、より面倒なことになるだろう。
私は観念し、皆に私が体験したことを正直に話すことにした。
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