聖女VS影の英雄①

 魔術師との戦いは、まず先に手探りの図柄当てゲームから始まる。

 どんな理想を抱いて、どれぐらいの魔術があって、何をテーマにして、どんな魔術が使われるのか。

 皆誰もが使っているような教科書に載っている魔術は存在しない。

 一つ一つがオンリーワン。その魔術師にしか扱えない代物。


 故に、まずはお互いに牽制しつつ情報を集めることから始めるのが一般的だ。

 しかし、ここで一つ問題が。


(さて、『影の英雄』がどんな魔術を使うかおおよそ知られている現状、どう立ち回るべきか……)


『影の英雄』の存在は多くの人が知っている。

 そのため、どんな魔術を使ってどう助けてきたかということは、大雑把であるが周知はされているのだ。

 言うなれば、手札の何枚かはオープンした状態で戦わなければならないということ。

 つまり、フィルは一刻も早く相手の図柄を当てなければいけない状態からスタートしなければならない。


(とりあえず、オーソドックスに知られている方から始めるか。使っていない魔術の出しどころが肝だな!)


 初手、ミリスを巻き込まないように広いところまで離したフィル。

 彼は指を鳴らし、背後に黒く染まった水柱を形成した。


 ───『縛りの世界へ誘う大海』。


「『影海』」


 そしてその水柱は大きな波となり、降り立った戦場の大部分を飲み込み始める。

 その中には味方の兵士も、敵の兵士も混ざっていたが問題ない―――あとで引っ張り上げればあと腐れなしだ。


 フィル・サレマバートの魔術は、基本的に接近戦ではなく中距離戦、及び遠距離戦。

 射程を無視し、広範囲で確実に仕留めるための魔術を得意とする。

 波に飲み込まれれば縛りの世界へと取り込み、相手の自由を縛る。それだけで、実質勝利は確定してしまうのだ。

 しかし―――


「お、あァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」


 キラは迫りくる波を前にして、力いっぱいに大槌を振り下ろした。

 ドン、ドンッ!!! っと。一度砕かれた地面は再び陥没し、離れているフィルにも届くほどの衝撃波が広がった。

 ―――戦場にいる兵士もおかまいなしはキラとて同様。

 しかし、フィルとは違い明確に「傷つけても構わない」ということがありありと伝わってくる。


 飛んだ破片は容赦なく敵味方に突き刺さり、一振りだけで『影海』に飲み込まれなかった兵士を傷つけていく。

 ―――こんなの、聖女様の所業じゃない。

 どこからか、そんな言葉が飛んできたように感じた。


 でもそれは仕方ないことだ。

 キラ・ルラミルは明らかにのだから。

 そして、現状———キラに向かっていた波は、衝撃波によって左右に分断される。


「そんな細い腕からどうやってそんな力が出せるの? 餅つきでも始めたら重宝されること間違いなしだよ、なっ!」


 フィルは気を取り直し、背中から生えた腕で近くに転がっている剣を掴み、投擲する。

 女の子相手に―――なんてことは言わない。

 相手は魔術師だ、躊躇をすれば自分が命取りになる。

 しかし、キラは紳士心を持たないフィルの投擲を大槌で弾き、そのまま地面を砕きながらフィルに向かって突貫し始めた。


「悪人が……悪人は、皆私が殺すッ!」

「おっかねぇなぁ、おいっ!」


 フィルは迫るキラに向けて沼を広げた。

 足を踏み入れれば体が沈み、縛りの世界に入り込む魔術。

 だが、キラは沈んだ足を引き抜いて再び踏み込んだ。それをもう一度、更にもう一度。

 沈むなどお構いなし―――沈む前に、前へと着実に距離を縮めていった。


「どんな筋力してんだよ……ッ! それ、水黽アメンボとなんも変わんねぇじゃねぇか!?」


 フィルは黒く染まった腕を伸ばしてキラの腕を掴んだ。

 ハンマー投げと同じ要領で、ここまで飛ばしてきた時と同じ方法で再び距離を離すことを狙うのだが、それはキラの振り払う力によって阻まれる。


(魔術は基本的な『力』の向上か……ッ!?)


 驚くフィルを他所に、射程範囲までやって来たキラが大槌を振り回した。

 フィルはまともに受けるのは愚策だと判断し、自らを縛りの世界へと落とす。

 地面へと姿を消したフィルがいなくなったことで大槌は宙を切り、横薙ぎの衝撃波が戦場に広がった。

 そして、少し離れた場所に顔を出したフィルはその光景を見て苦笑いを浮かべる。


(魔術の相性は悪いわな、これ……というより、キラがなりふり構わなさすぎる。こいつ、暗殺で終わらせるってことを忘れていないのか?)


 フィルが戦場に場所を移した理由はもう一つ。

 ミリスをあくまで暗殺という形でしか殺せないキラの行動を縛るためだ。

 公に力を振るってしまえば、これから行うであろうミリスの証言を否定できなくなる。

 力を見せず、ただの聖女であれば幾分か言い訳も残るため、本来であればここで一度諦めるはずなのだ。

 しかし、キラは止まらない―――誰に見られようとも、フィルを殺そうと狙いを定める。

 もはや、ここまで来ればどこまで行ったって言い訳ができないだろう。『裁定派』の聖女暗殺も露見し、一気に立場が危うくなる。


(そこまでして悪人を殺したい、か……その執念だけは、きっと誰にも負けてないんだろうな)


 フィルは手を動かす。

 キラの足元の影から手を伸ばし、幾十幾百の腕を持って無理矢理にでもキラを沈めるために。


「ふ、ざけるなァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」


 キラは叫びながら大槌を叩き、振り回す。

 周囲を飛び回る蚊を一生懸命に近寄らせないみたいに、過剰な攻撃をもって腕を振り払っていく。

 しかし、腕が薙ぎ払われても新しく腕は伸びてくる。

 立ち止まれば立ち止まるほど体は沈んでいき、それは下半身から上半身へと―――やがて、その姿ですら影の中へ消えていった。


「はぁ……」


 フィルは大きなため息を吐き、キラが姿を消した場所から背中を向けた。


「きっと魔術の系統が違えば、キラは多分どんな魔術師よりも強いんだろうなぁ」


 遠距離の攻撃をしてくる魔術師でも、接近戦を得意とする魔術師であっても。

 単純に力を強化した相手にどこまで戦えるのだろうか? 恐らく、カルアでは無理だっただろうなと、ふとそんなことを思ってしまった。


「さて、俺もミリス様に合流し―――」


 その時。

 


「あ?」


 フィルが魔術を使ったわけでもない。

 魔術の余韻が残っていたわけでもない。


 それでも、フィルの縛りの世界への入り口が開いた。

 そのことに、フィルの意識は一瞬にして固まる。


 そして—――


「悪人がッ」


 修道服を着た少女が、そこから姿を現した。

 それからだった。フィルの体がピンポン玉のように吹き飛ばされてしまったのは。

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