正義とは

 ―――結果として、フィル・サレマバートの予想は当たっていた。


 それはいきなり背後から刺客が現れたとか、食事に毒が盛られていたとか、遠距離からの狙撃があったから分かったというわけではない。

 ただ、唐突に。

 仮設したテントが、横殴りに吹き飛ばされたことによって知らされる。


「んなっ!?」


 肌を撫でる衝撃と、一気に開けてしまった景色にミリスは驚愕する。

 テントの残骸に巻き込まれず無事でいられたのは、咄嗟に護衛の騎士が庇ってくれたからだろう。

 しかし、ミリスはそのことにお礼を言わなかった。

 護衛だから当たり前だろ、などといった踏ん反り返り精神が身についているわけではなく、ただ驚きがお礼を忘れるほど強いものだったからだ。


「な、何が……ッ!? まさか、ここまで戦場が広がったのですか!?」

「いえ、それなら先んじて兵士か誰かが知らせに来るはずです! 何よりも聖女様の身が第一と考えているのは、ライラック王国とて同じです!」

「だとしたら、どうして―――」


 その時、カツンと。

 どこからか靴の鳴る音が響いてきた。

 開けてしまった視界、遮蔽物なし。その空間で音を鳴らせば、必然的に鳴らした原因の姿はすぐにでも特定できる。


「な、なんで……ッ!」


 ただ分かるからこそ、知りたくもない情報が入ってきてしまう。

 遮蔽物がないからこそ、コソコソとした暗殺者が顔を出すわけがない。

 故に、その音の主は『暗殺』などといったまどろっこしいことなど考えておらず。

 堂々と、それこそ客席でファンを待たせたアイドルのようにセーフティーゾーンに顔を出した。


 その人物は―――


「やっほ~、ミリスちゃん♪」

「キラさん!?」


 ―――純白に装飾で彩った修道服を着る、一人の聖女であった。


「どうしてキラさんがここに!?」

「無粋なことを聞いちゃうね~? 質問なら、答えが出る前にしないと客席が冷めちゃうよ~?」


 プラチナブロンドの髪を靡かせ、か弱い少女には不釣り合いな大槌を肩に担ぐ。

 確かにクイズをご所望であれば、これは答え合わせがすぐにできるつまらないものだったかもしれない。

 突如破壊されたテントは横殴りのものだったからして、担がれてある大槌が原因なのだと。大槌を担いでいるのがキラである以上、破壊したのはキラであるのだと。

 そして、ド派手な演出で現れたということは―――


「まさか、聖女様が聖女様を……ッ!」

「いぐざくとり~! クイズはしてなかったけど、正解した騎士くんにはご褒美と景品をプレゼントしなくちゃだね~! 具体的には……?」


 キラが担いでいた大槌を握り直すと、そのまま地面へと下ろした。

 非力な女の子が背丈以上の大槌を下ろしたところで、重力というパワーをもらっても小さく地面をへこませるだけ。

 しかしキラの振り下ろした大槌は、激しい衝撃音と衝撃派と共に巨大なクレーターを生んだ。


「聖女様ッ!」


 再び騎士が聖女の身を庇う。

 吹き飛んだ土くれの瓦礫が甲冑にめり込み、吹き飛ばされそうな体をなんとか踏ん張った。

 巨大なクレーターを見れば分かるだろうが、戦慄せずにはいられない―――ただ振り下ろしただけなのに、ここまでの威力なのか? と。

 もう少し飛んできた土くれの威力が強ければ、鍛え抜かれた体に突き刺さっていただろう。

 その証拠に庇いきれなかった顔にはいくつもの小石が刺さっていた。


「聖女様に、あんな力が……!?」

「そもそも、キラさんが武器を持っているなんて聞いたことがありませんっ!」

「そりゃ、言うわけないじゃ~ん! こう見えても私、派閥の中では『切り札』的なポジションに立っているからね~! 秘密兵器? 的な〜!」


 ゆっくりと、クレーターを上りながらキラはミリス達に近づいていく。


「ど、どうしてですか、キラさん……?」


 未だ困惑しかないミリスが、絶望めいた顔で呟く。

 分かってはいる、分かってはいるが……現実が、理解と納得に追いつかない。


「聖女の暗殺は一度失敗。教会が暗殺なんて公にバレてしまうような行為はそう何度も起こせない。となれば、次で確実に仕留めなければ―――だったら、どこで? 戦場にしてしまえばいい。聖女は必ずセーフティーゾーンに配置されるのは分かり切っている、セーフティーゾーンは戦場やベースゾーンから距離が離れているからおいそれとすぐに気がつくわけがない」


 淡々と、キラは説明を始める。

 本当に一連のやり取りがクイズであるなら、これは答え合わせの終わったあとに行われる解説みたいなものだ。


「セーフティーゾーンに何かあったとしても、戦場が優先の兵士達がすぐにやってくるわけでもない。やって来たとしても、全ては事後———派手に壊して、そこにミリスちゃんが死んでいたら、裏をついた敵国が殺したのだと判断する。それでいい……そう認識してもらえるなら、暗殺なんて小さい武力で仕留めようとするより、大きな力で確実に殺す方を選ぶ。うん、これはそういった話……ただの、確実な選択の一環だね」


 そう説明するキラの言葉は、いつものおっとりとしたものは存在しなかった。

 親しいと思っていたミリスでも聞いたことのない、冷徹なもの。故に、その言葉がドッキリ企画のサプライズではないというのはすぐに理解してしまった。


「そこまで……『裁定派』はついに善人を殺すまでの選択を選ぶようになったというのか!?」


 騎士が敬語を忘れて叫ぶ。

 一方で、キラは不思議そうに首を傾げた。


「『裁定派』の大司教様が教皇の座に就けば、その道こそが正当化されるんだよ~? 私達の言葉で言えばなんだよ~! たとえミリスちゃんみたいな善人を相手にしたって、統治した者が正義であればか弱くて心優しい少女も悪人に早変わり~。「彼女は裏で教会を潰そうとしていました!」なんて勝ったあとに言っちゃえば、皆は盲信的に信じちゃう★ 理不尽な話だよね? でもね……それがまかり通っちゃったのが今なんだから、君達は受け入れるしかないんだよ~!」


 さぁ、と。

 キラは一歩を踏み出した。

 それは、己の中で定めた『正義』の制裁であると信じたが故に。


「『裁定派』所属の聖女———、キラ・ルラミル。正義の執行にて、悪人ミリス・アラミレアを処刑する」


 その一言により、キラは思い切り地面を駆けた。

 踏み締めた場所はくぼみ、クレーターを生み出した大槌がミリスへと迫りくる。

 だが、それを許す騎士ではない。すぐに対角線上へと体を割り込ませ、剣を抜刀する。

 しかし―――


「軽いよ、軽いっ~! 私を止めるなら、要塞一つでも建てないとだ~!」

「〜〜〜ッ!?」


 横薙ぎに振るった大槌によって、騎士の体がボールのように彼方へと飛ばされてしまった。

 悲鳴など聞こえてこなかった……主人を守るために張った体も、すぐさま役目を果たしてしまう。

 そのため、もうミリスを守る人はいない。正面に立つのは、正義を掲げた死神だけだ。

 呆然と、迫る恐怖に体が竦む。

 動くのは、震える体と認めたくない現実を直視した脳が働かせる口だけだ。


「……私、キラさんのことが大好きでした」

「うん、私もミリスちゃんのことは大好きだよ~?」


 大槌を持ってやって来たキラは、ミリスの前へと立つ。


「同じ聖女で、お姉ちゃんのように思っていて……それなのに、こんな……ッ!」

「これが非道だって思う? ただの殺戮者だと思う? 救いを与える聖女が人殺しなんていけないって思う? ううん、違うよミリスちゃん―――私は人を救う。この世にいる迷える人達を。そのための手段が、悪人を殺すことだってだけ。方向性の違いなだけなんだよ、立つ場所が違うのは」

「…………」

「私は悪人を殺さなきゃいけない。そのためには『裁定派』にはなくなってもらっては困るの。だから―――」


 死んで、と。


 キラは大槌を振りかぶった。

 その時、ミリス・アラミレアという少女はへたり込み、姉のような人物を見上げて思った。


(あぁ……どこで私は間違っていたのでしょう?)


 姉のように慕っている相手に明確な殺意を向けられる現実は、どうすれば回避できたのか?

『南北戦争』に参加したから? 派閥が違ったから? 聖女として人を救ってきたからか?

 それとも……誰かを救うのなら、誰かを殺さなければいけない正義を掲げていなかったからか?


 でも、それは嫌だ。

 人を救うために、人を殺したくなどはない。

 遺恨の残る様な救済は、本当の意味での救済にはなり得ない。


 ―――ミリス・アラミレアは女神の恩恵以外に力はない。

 どこにでもいるようなか弱い女の子で、ただ心優しい性根の持ち主。

 故に、この状況を覆せるような手札など存在しない。


(最後まで、私は―――)


 真っ直ぐに生きよう。

 女神の恩恵を賜った時に決意した救済という言葉を、最後まで揺らがず突き通して。

 その結果が、若くして死ぬことだったとしても。

 迫る死に直面したのにもかかわらず、ミリスは曲がらない心を再度繋ぎ直す。


 故に、ミリスはキラを見やった。

 瞳には揺るぎない信念を灯したまま。


 その時だった。


「……ぁ〜?」





        地面が


 黒く染まり


                一つの腕が


    伸びてきたのは





「おい、正義の執行者とやら―――」


 その腕は、キラの腕を強く掴む。




「返せよ、そいつは俺が助けた自由だ」



 そして、自由を求めた英雄が顔を出した。


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