森ニ潜ム者達
馬力の出る亀って単語、二重の意味で訳分からなくない?
アリスが初めてお酒を飲んだ日から、既に2ヶ月経過した3月7日である今日。私はいつものように図書館にやってきて本を借り、そしてちゃんと一言入れて許可を貰ってから、美少女コルトさんの寝顔をニマニマしながら見ていた。
「コルトさんは可愛いなぁ………」
今の私の姿は側から見たら多分というか大分不審者めいているが、本人に許可は取ってあるので問題無い。いやー、美少女の寝顔を
「いつ見ても可愛い………」
それにしても、コルトさんはずっと眠ってて飽きないんだろうか………まぁ飽きないんだろうな。イメージ的に、コルトさんが眠らずに働いてる姿を想像出来ないし………いや、魔法使いとしてかなり強いのは知ってるよ?でもその大半が眠る為の結果として生まれてるんだから、やっぱりコルトさんは眠りに関しては常に本気だ。眠る為の努力も労力も決して惜しまない人だ。人間の三代欲求の内の一つを欲望のままに貪っていると聞くと食欲か性欲の方が浮かんでしまうしあんまり外面は良くないのだが、もっと具体的に表現して睡眠欲を貪っていると聞くと、それはもうただのお寝坊さんにしか聞こえないのでおかしな話だと思う。多分私の心が汚れてるのね………きっと昔はこんなんじゃなかったでしょうに………
「んー………」
寝顔なので表情の変化はあまりない。コルトさんはあまり夢を見ないのか、眠っている際はただ眠っているだけだ。ただ目を瞑ったまま、そしていつものように高価そうで分厚い本と両腕を枕にして、静かに寝息を立てて寝るだけ。寝言も殆どない。非常に静かだ。毎日の優先度が1に睡眠2に睡眠、3、4も睡眠5も睡眠って感じだ。コルトさんは実際に睡眠だけで生きていけるのだからそうなるのも仕方ないとは思うのだが。いやまぁ、こんだけ眠ってるのは9割コルトさんの性格っぽいけど。
そういえばコルトさんには義理の妹さんが居るらしいが、なんと、妹さんの方はユニークスキルの影響でアルティメットショートスリーパーらしい。ちなみにそのユニークスキルの名前は『超短縮睡眠』。効果としては、本来生物に必要な睡眠を極限まで短縮させられるユニークスキルで、アルティメットショートスリープの原因だそうだ。1分の睡眠で1時間分の睡眠と同様の効果を得られるらしく、コルトさんの妹さん(名前は知らない)は、普段10〜20分程だけ寝ているそうだ。それはつまり10時間〜20時間は寝ているのと同じなのだそうで、実質的にめちゃくちゃ眠るのは義理の姉であるコルトさんとそこまで変わらないらしい。義理なのに凄い偶然だと内心驚いた記憶がある。あぁ後、なんか妹さんは剣の達人なんだとかも聞いたことあるな。
「んふふー………」
………こうして思い返すと、コルトさんって義理の妹さんのお話を結構してるのを見るに、仲は良いんだろうか。なんか元の世界の友人達の話を聞いている限り、何故か基本的に兄弟仲や姉妹仲は悪いのが当たり前みたいになってるんだよな。殴り合いの喧嘩は当たり前、物を投げ合ったりとか物を壊したりとか、兄にお金を盗まれただとか、なんか物騒な兄弟姉妹なのよね。なんでだろう。どっちも馬鹿だからかな。それか性格が好戦的なのか、血に飢えているのか。まぁ他の家族の仲とか割とどうでも良いんだけど。ちなみに私にも弟と妹が1人ずつ居るけど、喧嘩とかした事無いし、そういう時は対戦ゲームで決着つけたりしてたぜ!
「………そろそろ帰りますね、コルトさん」
コルトさんの穏やかな眠りを邪魔する訳にはいかないから、そろそろ帰ろう。私だってすやすやと眠ってる所を起こされたら助走をつけてぶん殴りたくなるくらい機嫌悪くなる自信あるから、私もしない。ついでに食事の邪魔もしないようにしてる。だってこっちもされたら私だって助走をつけてぶん殴りたくなるから。自分がされて嫌な事はしない、これ常識。だから、私は静かに立ち上がって少し伸びをして、そしてそのままゆっくり静かにコルトさんの様子を最後まで堪能しながら図書館を出て行ったのである。
次の日、私は突然思い付いた。
「文字通り馬力が違うって言いたい………」
言葉の通りの事がしたい。2頭の馬が走り去る様を側から見て、文字通り馬力が違うぜ!とか言いたい。叫ぶわけでも無く、ある程度の声量で言いたい。何故か無性に言いたい。元の世界なら無理だなと足蹴に出来るのだが、この異世界の文明レベルは妙な所で止まっており、街と街との交通手段は基本的に馬車だ。つまり馬が存在している。純粋な動物としての馬もいるし、魔物として存在している馬もいる。だから馬の種類によっては速度もスタミナも強靭さも、その何もかもが違う。
例えばそう、普通の馬は言葉通りに普通の馬だし、魔力を持たぬ動物としての馬だ。その性能は変に偏っておらず、馬術を扱うことができるなら誰でも扱う事ができ、そして繁殖が他の馬に比べ極端に容易という点から、この国の騎士団の騎兵団の一兵卒に配備されるような馬はこれだ。そして魔物としての馬の種類の馬は多岐に渡り、例えばアンデット故にスタミナを気にせず走り続けられるが速度も強靭さも普通の馬より極端に低いアンデットホース、例えば速度もスタミナも強靭さも高いレベルで浄化の力も持ち合わせているが処女の女しか背に乗せないユニコーン、例えば同じ性能で逆に不浄の力を持ち合わせているが処女ではない女しか背に乗せないバイコーン、例えば平均能力が高いが水中水面しか走る事が出来ず陸地に出ると極端に衰弱すると言われるドルフィンホース、例えば平均能力はとても高いし羽根があるから空も飛べるが気品が高く自分を負かした者しか背に乗せないペガサス、例えば8本の足を持ち空を駆ける神馬とも謳われる程の戦闘能力を持つスレイプニル………などなど、とにかく多くの馬がいる。具体的にはこれの数十倍は細かい種類がいる。図書館にあった『馬全集』みたいな本で見た事があるので間違いない。そして、馬にこれだけの種類があるというなら、きっと種類によって馬力だって違うだろう。むしろ違うに決まっている。
それなら言ってみたいじゃないか、『文字通り馬力が違うぜ!』って。私は言いたい。
「決め台詞ではないけど………なんかこう………良い」
良い、とても良い。決して決め台詞ではないし、これはどっちかといえば駄洒落とかそういう類の台詞だと思う。しかし言いたい。言ってみたい。とてもくだらないが、それがいいんじゃないか。人生とは無駄を謳歌するものだと何処かの誰かは言っていた。だってそうだろう?ありとあらゆる無駄無理無謀を排除して、自分のしたい事なんて決して出来ない人生よりも、無駄無理無謀を受け入れて、自分のやりたい事を適度にやってするべき事も適度にやってやるって人生の方が、きっと楽しい。それなら私は無駄無理無謀、全部含めて謳歌する。だってそれは楽しいだろうから。
「馬、馬か………」
この世界、というよりこの街にも、『競馬』という文化は一応存在している。ただし、それはどちらかと言えば貴族専用の娯楽のようなものだ。しかも競馬と言っても自分の操る馬同士の速さを競わせるだけで、賭け事なんてしていない。ただの馬で行うレースだ。しかし競馬という単語で紹介されているのだから、きっとこの世界はそういうものなのだろうと、私はそう理解しておいた。何せ考えても何も浮かばないだろうし、正直そんなものは面倒なので。
「馬………」
私が宿の外に出たら突然馬同士のレースイベントとか起こらないかな………そのイベントに、私は観客として参加できないかな………駄目かな………無理か。そもそもそんなイベントがあるのなら、普通に考えて前日辺りにでもレースをするという事前連絡くらいはある筈だ。そうしないと危険なのは明白なのだから。そもそも街中を疾走するのは危険極まりないし、多分やるとしても街の外だろうな。あそうだ、レースをするなら壁の側とかならどうだろう?壁の上から見下ろして観戦も一応出来るし、出来なくはない筈だ。出来なくはないだけでやりたいとは思わないけど。
「んー………」
今、私は暇だ。だって仕事が無いから。こうして暇な時は基本的に本を読んで暇を潰すのだが、今日は生憎と本にいい感じに区切りがついてしまった、というかブックマークを付けている小説共の続きがまだ出ていないので、物理的に続きを読む事ができない。読み返すのもアリだが、それはもうこの数日で終わらせている。図書館から借りてきた本も1日足らずで読み終わったし、内容も全部記録したので読み返すのも簡単だ。出かけたいような気分でも無いし、とにかく暇だ。暇過ぎて向日葵とかになりそう。
「………仕方ない」
私はスマホの画面を第五アップデートで投影して、シュッシュとスライドさせたりタップしたりして一つのアプリを開く。そのアプリの名前は『魔法管理』。文字通り、私が常日頃から行使し続けている複合魔法の管理アプリだ。前まではこんなの無かったのだが、アップデートの種類が増えてきたので、複合魔法の管理を簡単にするため付け足しておいたのだ。このアプリの機能は単純明快。魔法を改良改善するだけのアプリだ。このアプリを使用する事によって複合魔法に改良を加えたり改善を行ったりする事で、全自動発動型の複合魔法の魔力消費を抑えたり、その魔法の効果を底上げしたりするのである。まぁ実際にやっている事は基本的には3つだ。光属性で倍増させてたりして効果を倍にするのが一つ、契約属性で細かく細かく刻んで契約する事で消費を極端に抑えていくのが一つ、無駄な部分を省いて省いて消費を減らしていくのが一つだ。特に一つ目と二つ目をよくやる。私の魔法は『認識できない攻撃をされた時に全自動で防御を行う』魔法なのだが、これは幾つもの動作の積み重ねによって実現している。攻撃の種類ならば、斬撃、刺突、打撃、魔法などは勿論、延焼、凍結、電撃、酸性などなど、とにかく色々な方法の攻撃が存在している。
例えば、『斬撃による攻撃』があるとする。しかし斬撃にも方法は幾つかあり、まずは武器による攻撃、肉体に付随する攻撃、魔法的な斬撃、自然現象による斬撃など多岐にわたる。そして斬撃の方向。左右上下は勿論ながら角度毎に違う方向から受ける事もあるだろう。次に距離。近距離、中距離、遠距離など、斬撃だからって攻撃によって距離も違うものだ。などなど、様々な要素を組み合わせて組み合わせて、結果的に出来たのがこういうのだ。
『保有量は鉄98.6%炭素1.4%、魔力保有量は14、刃渡りは20.3cm、重量は1.35kg、凹凸は0.2mm以下、形状は直剣、柄はレイズウルフのなめし革20cmの武器による、使用者の重心を中心とした91°方向、距離1.2mからの、殺傷予定箇所は右手首から肩に向けた5.8cm地点、殺傷予定深度は1.2cm、術者予定状態は出血と裂傷のダメージの発生する、純物理的な攻撃』
ってな感じだ。実際はもっともっと細かいが、面倒なので表記しない。が、これだけでも細か過ぎるのがわかるだろうか?そう、そうなのだ。これだけ限定した攻撃を受けた際に自動で防御する………ってのを、とにかく沢山考えついたのから色々な数値を変えまくって設定、そして自動的に防御するようにしているのである。勿論、『斬撃による攻撃』での契約もしているので、抜けている攻撃からの対処も可能だ。イメージとしては、ブラックリストによって特定の相手を弾いてはいるが、それはそれとして最初から全部弾いているのです、みたいな感じだろうか。ブラックリストで弾ければそこで弾かれるし、そこで弾けなくても根本的に弾くようにしているので問題ないのだ。しかも、ブラックリストを細かくすれば細かくするだけ、ブラックリストを増やせば増やすだけ、魔力効率が劇的に向上していき、それと同じく魔力消費量が確実に減っていくのである。勿論ゼロには出来ないが、出来るだけゼロに近づけていくのは悪いことではない。そしてその数値が魔力の自然回復より下回れば、半永久的に魔法を行使し続けられる訳である。私はそうして幾つもの魔法を同時にいくつも行使している訳だ。
「増やすのはキツイか………」
しかし、いくら魔力消費が減った所で、全自動で発動し続けている魔法が増えれば根本的な魔力消費は増えていく。所謂、効率化し切っても減らせない部分だ。幾らやってもこれは所詮効率化なので確実に元手は必要であり、それだけは決して減らせない。何も失わずに何かを得る事は出来ない。この世の真理かはわからないが、私の魔法とはそういうモノなのだ。
一応、解決方法はある。魔力の自然回復量を増やせばいいのだ。魔力の自然的な回復方法には二つあり、空気中から吸収するものと、体内で自動的に生成するものの2種類だ。前者は環境によって回復量が変動し、そもそも個人個人で魔力の吸収能力が違うので確実性は薄い。が、場所によって回復しやすくなる事は覚えておいて損はないだろう。後者は個人によって回復量が変動し、しかし環境に影響されない確実性がある。私は基本的にこちらの自然回復量を元にして全自動魔法の行使を行なっている。こちらも個人で回復量が違うが、前者と違って鍛える事でほんの少しずつ増えたり、少し特殊な実績で増えたりするそうだ。ちなみに鍛え方は魔力を限界まで消費して回復して消費してを繰り返す事らしい。一応そんな事をしなくても魔力を使っていればほんの僅かずつ増えていくらしいが、本当に微々たる量なので期待は出来ない。
「んー………」
魔力の自然回復量を増やす実績は幾つかあるが、今の私が獲得出来そうで、私が獲得したいと思えるような実績は、なんと一つもある。効果は他に獲得できるものと比べるとかなり低めだが、しかしあるとないとでは違うのだから手に入れて損はない。しかしだからといって無理矢理にでも取りに行くような実績でも無いし、そもそも魔力が必要となるような緊急性も無いので、まぁ狙えるなら狙おうかな、というレベルで考えている。ちなみにその実績の名前は【上位魔術師】である。私が今保有している【魔術師】の実績の上位版だ。魔術師系の実績は魔力量に応じて獲得が可能であり、【見習い魔術師】は魔力量10で獲得できるし、【魔術師】は魔力量100で獲得できる。【上位魔術師】は魔力量1000で獲得可能なので、私はこの調子ならもう少しなのである。ちなみに私の現在のステータスはこんな感じだ。
名前:松浦 葵
性別:女
魔力量:891
ユニークスキル:性転換(神の加護により隠蔽中)
実績:
【器用貧乏】
【悪魔の婚約者】
【一点集中】
【読書家】
【口撃者】
【聖女】
【看板娘】
【影悪魔の母】
【新技術開発者】
【謎の解決者】
【妖精の友人】
【擬似再現者】
【救人者】
【変転悪魔】
【幽閉王女攫いの悪鬼】
【夢心の偶像】
【見習い魔術師】
【魔術師】
【契約魔術師】
【上位契約魔術師】
【雷魔術師】
【上位雷魔術師】
【光魔術師】
【上位光魔術師】
【毒魔術師】
【上位毒魔術師】
【音魔術師】
【上位音属性魔術師】
【影魔術師】
【上位影魔術師】
【妖魔術師】
【上位妖魔術師】
【空間魔術師】
【上位空間魔術師】
【深淵魔術師】
【上位深淵魔術師】
【見習い契約者】
【契約者】
【悪魔契約者】
【上位悪魔契約者】
【公爵級悪魔契約者】
【見習い召喚師】
【召喚師】
【上位召喚師】
【悪魔召喚師】
【上位悪魔召喚師】
【公爵級悪魔召喚師】
【ソロモンの断片No.18】
【性別神の加護】(神の加護により隠蔽中)
今の私は魔力量が900に近く、残り100ちょっとで1000まで増えるのだ。そうすれば【上位魔術師】の実績を獲得出来る。最大魔力量を増やすには魔力を使うだけでいいので、全自動で魔法を使い続けている私は放置しているだけでいい。狙えそうなら一気に消費して獲得してもいい。いつか絶対手に入るのだから到達直前まではゆっくりでもいいだろう。
それより、またなんか意味分かんない実績が増えてやがる。【高位契約魔術師】はまぁいい。契約魔術師としての能力が上がったって事だろうし、全然理解できる。でも【夢心の偶像】って何だよ。そんな実績手に入れるような状況に陥ったっけ?文字的には夢関連の実績なのか?そうなると、夢、夢………夢見たっけ?ってかこの実績付加実績じゃん?!獲得に私関係ないやつじゃん!え、なら何でこんなのあるの??というか
【夢心の偶像】
〈権能適性〉〈夢干渉無効〉
あなたが見た夢の証。いつか辿る道行と、最果てに座するまでの物語。権能を扱う適性を獲得し、夢を媒介に行われるあらゆる干渉を無効化する。
なんかほら、これ見てよこれ。今私以外に見れる奴いねーけど。何?夢の証?道行?最果て?物語?この部分でも大分意味分かんないけど、権能って何?神様の使うあれ?神威の権限ってやつ?何でそんなものの適性獲得してんの?それから夢干渉無効って何?もう訳わかんないんですけど!何この実績………ほんと訳わかんないんですけど。しかもこれ付加実績でしょ?つまり私が獲得したんじゃなくて、誰かに噂されたりとか、私以外の誰かの行動によって手に入れた実績でしょ?尚更意味分かんないんだが??
「………ま、いいか」
何にしたってこの実績のおかげで私はお得になるんだし………うん、まぁ………どうやって手に入れたのかなんて、どうでもいいか。〈夢干渉無効〉とかは無効化能力だからあるだけお得だし、〈権能適性〉は別にあっても困るわけじゃないしな。ちょっと内容の意味はわからないけど、きっといつか使える筈。ただ権能って神威の権限だから、多分私が神様にでもならないと使えなさそうだけどな!なれる訳ないだろ!かの大英雄であるヘラクレスだって、ギリシャの神々からの無茶振りをこなしまくった上に元々が半神だったから神になれたらしいのに、英雄ですらない一般人の私が神様とか無理だろ。まぁ神様にはそこまでなりたくもないから別に良いけど。
「権能か………」
神の権能。神威の権限。魔法のような現象を操る技術ではなく、現象や概念そのものを司る権利と資格。権能を司るとはそれらのルールそのものを作り上げる事であり、魔法はそのルールの上に構築するものである。要するに、オンラインゲームで言う所の運営側が権能を司る神々の立場にあり、プレイヤー側が魔法を扱う人間の立場にある、みたいな感じだろう。私は少なくとも神の権能というモノをそう認識している。
「ただいまです」
「んー?あぁ、おかえり」
私がベッドの上で寝転がってごろごろしていると、冒険者の依頼を終えてアリスが帰ってきたのか、部屋の扉が開いてアリスの声が聞こえてきた。扉の方に視線を向けると、やはりアリスらしい。シンプルな服装に身を包んだ黒髪美少女が、真紅に染まる二つの相貌で私の顔を優しく覗き込んでいるらしい。あ、微笑んでくれた。うん、その笑顔100億万点!最高だよ!という意味を込めて右手でグッドを作って顔の側に持ってきて、左目を閉じてウィンクをして、よくやった!みたいな表情にしてみる。そしたら、同じようなポーズと表情をし返してくれた。何だこの子美少女かよ。美少女だったわ。
「んー、今日の依頼は何だったの?」
「今日の依頼はペット探しでした。何でも、幻影を出すことのできる魔物のペットらしいんですけど、その子が逃げ出しちゃったそうなんです。そこで冒険者達が駆り出されたんですけど、幻影に惑わされてそう簡単には捕まらなかったらしいです。それでやる人も居なくなって、塩漬け依頼として残っていたので、私が解決してきました」
「本物見えるからか………」
「はい。どうやっても幻影は見えなくて………少しだけ、アオイのあの時みたいに私の瞳で姿が二重に見えるかなーって期待したんですけど。でも無理みたいだったので、看破して後は捕まえるだけでした。実は幻影に錯覚で実体を持っているように思わせるなんて事もその子は出来たらしいですけれど、見えなければ無意味らしくて、普通に捕まえられました」
まぁ、アリス相手ならそうだよね。アリスの瞳はあらゆる真実だけを見通す真理の瞳だもの。アリスの前では欺く事も偽る事も騙る事も嘯く事も決して出来ないからな。幻影なんてアリスに1番使っても無駄な能力筆頭だし。だって普通に幻影自体が見えないし認識できないものね。
「その後は流石に早く終わってしまったと思ったので、簡単に出来る討伐依頼と採取依頼をいくつかこなしてから、なんとなく早めに帰って来ました。もう街の周辺の魔物相手なら負けはありません!」
「おー、そらよかった」
負けないならいる程度は安心できるかな。別に私はアリスが死んでも悲しまないわけじゃないんだから。そりゃ安全に帰って来てほしいよ?でも、それはそれとして例え魔物に殺されて死んでもそれは自業自得だもの。それが弱肉強食と言うのだから。弱いものは肉となり、強いものが肉を食らう、自然の中で当然に起こる摂理の一つ。人だって弱いものを殺して食らうのだから、殺されて食われても文句は言えない。そうでしょう?
「ですが、油断は禁物。アオイが言っていたように、私より力のある存在は必ず居ると仮定して街の外に出ているので、常に警戒と注意は怠りません。予想外の出来事に遭遇しても冷静沈着、決して焦らず着実に、私の出来る全力で。ちゃんと忘れてませんよ?」
「そらよかった」
けどそれ、私がよくやってる死んで覚えるタイプの硬派ゲームでの私のプレイスタイルなんですよ。ああいうタイプのゲームは常に予想の斜め上を穿ってくるから油断は禁物、敵は大抵格上か同格で、格下だって油断してたら即死亡。敵1人なら伏兵の合図、広い空間はボス部屋の証、長い通路は狙撃されるなんてザラにある。だからこそ常に冷静沈着に対応する。焦ったら負ける。そして地道でもいいから着実に少しずつ、それでいて全力で攻略する………って感じの事を話した記憶は、あるんだけど………まさか冒険者としての心構えとして使われてるとは思わなんだ。いやまぁ別に良いんだけど、なんかこう、変な感じだ。
「アオイは今日は何をしていましたか?」
「私?私はねー、複合魔法の改良してた。魔力消費を出来る限り削りたくて」
「………私、毎回思うんですけど、その簡単に改良できる複合魔法、狡いですよね………私も複合魔法はありますけど、そう簡単には改良とか出来ませんよ?」
「元々改良し易いように作ってるから」
「そうなんですか?」
「まぁね。私なんか一般人だよ?そんなやつが一人で自由に魔法を作ったところで、後からこうすればよかったとかこうしなきゃよかったとか、ゼーったい出てくるから。だから、最初から改良を前提に組み立ててるのよ」
絵とかも、私は基本的に直せるように作り上げるタイプだ。自分から何かの絵を描く時、必ず描き直せる鉛筆書きしかしない。色は決して着けないし、鉛筆以外で描くわけでも無い。だから白黒の濃淡で色を表現したりしているが、まぁ上手くないよ。そもそも私は模写以外出来ないので、他人の絵を模写したり風景を模写して描くくらいしか出来ないけどな。所謂、素人に毛が生えたレベルってやつだ。ま、私は器用貧乏なので、大抵の事柄に対して平均以上もしくは平均的なモノしか出来ないけど。
テストの点数ならクラス内順位が33〜35人中で10〜15位、学年全体で200人近く中で80〜90位、そもそものテストの点数自体も平均点数から10〜15点上くらい。スポーツも似たような感じで、初見のスポーツでも素人相手なら割と勝てるけど、そのスポーツをやった事があるような相手だと割と負ける。そのスポーツの部活動に所属するやつ相手なら普通に負ける。絵や文章だって下手な訳じゃないが、極端に上手い訳でもない。そもそも絵の方は自分一人で絵を描けない。文章はつらつらと書き連ねる事が出来るが、面白い表現などは出来ないだろう。家事も全般こなせるが、こなせるだけで効率は良くない。あんまりやらないので。ゲームもやってればある程度上手くなるけど、やはり自分より強い相手は多い。纏めて改めて宣言しよう。私は器用貧乏だ。とても汎用的だが、卓越したり突き抜けた何かにはなれないのが私だろう。なんでも出来るが、平均以上は望めない。私は割とそんなタイプだ。別に嘘でもなんでもない歴とした事実である。ま、別にだからって才能関係で誰かに嫉妬した事は無いけどな。
そもそも、目に見えない才能なんてモノに嫉妬できるかよ。まず初めからして見えないんだから、嫉妬する意味も必要も理由も無いじゃんね。テストとかで出る順位だって勉強が出来るかそうでないかであって地頭の良さは直接測れる訳じゃ無いし、スポーツの勝ち負けだってその一種のゲームがどれだけ上手いかの指針でしかないから運動神経の有無とか身体能力の差とかは直接測れないじゃん?手先の器用さとかもスポーツと同じで作る物によって慣れと経験で差が生まれるから才能を測れるとは言い難いし、そもそも作り上げたもので才能の有無なんて測れないじゃん。ほら、どうやって才能のある無しなんて調べるの?私はそんな目に見えないし測れもしないモノより、むしろネットで見かけるガチャ結果報告の方が嫉妬するが?あいつらは自分の最高なガチャ結果をこれ見よがしに見せつけて来やがって………くそ!私だって欲しいキャラくらい100人くらい欲しいわボケが!いいなぁ!あいつらいいなぁ!?私も欲しいー!!
「元々改良し易いように作っている………なるほど、参考になりました」
「それならよかった」
アリスの魔法の参考になったなら私も嬉しい限りだよ。ま、どうせこれくらいやってる人とかいるから、最初にこうして提案できるとちょっとだけ嬉しいよね。あれだよ、ちょっとした生活に必要の無いタイプの豆知識みたいなのを友人に話してる時みたいな優越感がある。
「それでは、少しお風呂に入ってきますね。それとも、アオイも一緒に行きますか?」
「あー、今はいいや。一人で行ってらっしゃいな」
「わかりました。それではお風呂に入ってきますね、アオイ」
「んー、いってらっしゃーい」
「はい、行ってきますね」
アリスは持っていかない荷物を取り出して整頓した後に、綺麗なバスタオルとフェイスタオルを持っててくてくと部屋から出て行ったようだ。ちなみに、私は行ってらっしゃいと右手を振るだけでベッドから全く動いていない。私達は割といつもこんな感じだ。アリスはいつでも何処でも何があっても常に行動的だが、私はやる事が無ければ基本的に反対に殆どベッドから動く事はない。図書館には暇潰し用の本を借りに出かけているし、散歩だって気分転換の為だし、仕事は仕事だし、基本的に目的無く外に向かうというのは殆どない。目的が安定しないのは、おそらく買い物くらいだろうか?この世界にはネットという便利なツールが存在しないどころか欠片も存在しない中世真っ只中且つファンタジー的な世界なので、何が何処で売っているのかを調べる事は難しいし、家でネットから注文したらすぐにお届けされる、みたいな便利な機能も存在しない。だからこそ、買い物だけは目的がふわふわとしたまま出掛ける必要が出てくるのである。
「買い物………」
買い物という単語が思い浮かんできたのでちょっとだけ考えてみるが、今、可及的速やかに必要な物は特に思いつかない。多分何も無いと思う。強いて言うなら元の世界に帰る為の扉とか門とかが欲しい。そう言うのが有ればすぐにでも帰ってから、こっちの世界の金貨とか金として売り払ってお金にして、本とゲームを買い込むんだけどな。ただまぁ、そんな金貨とかを持ち込んだ私の身元が割れると困るので、悪魔の姿に変身してからついでに魔法も併用して入念にやるけど。勿論、元の世界にも魔法やそれに類似するような技術形態があるのか無いのかを確認してからだけど。ほら、もしかしたら私達の知らないところで魔法少女が戦ってる可能性は皆無じゃないでしょ?いやまぁ、そんなメルヘン混じりのじゃ無くても、魔法関連の秘密結社とか暗殺集団とか、後は実は魔法の浸透した社会でしたとか、ゲーム脳とかアニメ脳だとは思うけど、決してゼロとは言い難いし。私はそんなのと関わり合いにならないとは思うけど、アリスはどうだろうなって。
何でか知らないけど、アリスは何故かゲームのイベントとかアニメのテンプレとか、漫画の王道とか小説のよくある展開みたいなのに遭遇しやすいのだ。アリスが美少女だからかは知らないけど、なんか遭遇しやすいらしい。らしいというのは、私は全く遭遇していないからだ。本人であるアリス、稀に一緒に居て巻き込まれるらしいレイカやフェイから聞くしかないのである。なので、私は未だにそのイベントに遭遇した事がない。いやまぁ、アリスと一緒に居る時間が少なめだからの可能性は否めないけど、別に私達はずっと側に居る訳でも無いので。そんな契約も約束もした覚えが無いし。ただ、共に生活しているだけだ。
「そういや………」
この前アリスに対して私の世界に行けるなら行ってみたい?って質問した時、凄い剣幕で行きたいですっ!って言われたの思いだした。いやまぁ、今の私に世界を越える術なんて微塵も無いから、ほぼほぼ夢物語みたいなものだけど。でもきっと、いつかの日に私が世界を渡る術を手に入れて、アリスと一緒に元の世界に来ることになったら、きっと未知で満ち溢れて零れ落ちそうなあの世界を気に入ってくれるだろう。そもそも異世界っていう点で興奮してくれそうだけど。
「その為にも頑張らないと………」
第一目標は生きること。第二目標は元の世界に帰る術を手に入れること。第三目標はこの世界と元の世界を自由に渡れるようにしてみること。第一目標は他の何を捨て去ったとしても絶対に達成しなければならない絶対の目標であり、第二第三の目標は出来る限り達成すべき目標である。そう、そうだ。私の願いも目標も、何処まで行っても私の為で、何があっても私の為だ。私は生きる為ならアリスだってレイカだって犠牲にするつもりで居るし、自分以外のあらゆる全てを破壊したって構わない。私はそんな、薄情で愚かな人間だ。だからって罪悪感なんて欠片もない。だって、生きる為に犠牲にするのは、植物も動物も人間も魔物も、さして何も変わらないでしょう?ほら、弱肉強食だよ。弱きは肉に、強きは食らう、自然としての当然の摂理。私はその摂理の元存在している。だからこそ、私より強き者には食われるだけだし、私より弱き物は食らうだけだ。それが例え自分の大切な存在や物だとしても、私は食らって生きるだけだ。だから、まぁ。逆に私が食われても、一切文句は言えないけどね?そもそも文句なんて言う気も無いけど。
「一応………」
一応、元の世界に帰る術というか、手段というかは、これでいけないかなー、みたいな案が一つだけある。しかしそのリターンは莫大でも、それをするにはあまりにもリスクが大きいのだ。死ぬでは済まないレベルのモノになる可能性はゼロとは言えない。そもそもその案が本当に出来るのかどうかも分からないし、その案を実行できるようなモノが存在する証拠だって微塵も無い、本当に賭けに近いようなモノだ。むしろやらない方がいいレベルかもしれない。がしかし、リスクを減らす方法がない訳じゃ無い。冒険者ギルドの資料室や図書館で調べたが、その案を達成する際のリスクを減らす事が出来るようなユニークスキル、実績、魔法などが存在しているのは確認済みだ。確認済みなのだが、ユニークスキルは大半が先天的に手に入れるモノなので期待は出来ないし、実績も獲得条件が非常に厳しかったり難しかったりするのだ。唯一魔法だけは私でも使えそうだが、魔法は効果が永続的で受動的なパッシブスキルではなくて、効果が一時的で能動的なアクティブスキルだ。咄嗟の判断が出来ればいいが、私にそんな事出来るわけないだろう。一応、その目当ての魔法も覚えるつもりではいるが、咄嗟の判断が必要無い受動的な効果を発揮するような実績やユニークスキルが無ければ非常にリスクが高い。つまり物凄く危険だ。最低でも平気だと思うくらいの実績を獲得するまで、決してその案を実行する気は欠片も無い。
なので、結局のところその案以外の帰還方法を探す事に変わりはない。出来るだけリスクが皆無で、リターンが大きなモノがあると嬉しい。リターンに追加して何かしらの報酬みたいなモノがあると尚嬉しい。何せ、その案は割と最終手段なので。ちなみに下手に失敗すると世界が終わる可能性がゼロとは言えない案なので、使う事になってもあらゆる事柄全部試した後とかの本当に最終手段だし、使わなければ使わない方がいいどころか使わない方が健全に生きていられる、みたいな案だ。だからあまり考えたくもない。だって怖いし。
「ま、出来るって証拠も無いけど」
そもそもその案が成功するかどうか以前に、この世界に"それ"が存在しているのかどうかすらわからないのだから。
「………ま、いいか」
今考えても無駄に等しいのだから、別に考えなくても。………というか、お腹いっぱいでぽかぽか陽気だから眠くなってきた………お昼寝しよ。おやすみー。
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