第105話 無人島3日目 逃げ出しました

 駄目になる。

 これはきっと駄目になる!

 

 僕は、起きてからそう思い、こっそりと拠点を抜け出した。


 気配を消し、魔力を押さえ、ただひたすら走る。

 大きく飛び、空中を滑空し、無人島の山の頂上へ。


「・・・ここまで来れば、そう簡単に見つからないよね。」


 僕は、完全に気配を消し、丘のようになっている所に寝転んだ。


「みんなの気持ちは嬉しいんだけど、でもなぁ・・・」


 みんなの事を考える。

 

 クォンの元気なところ

 ジェミニの微笑む表情。

 リリィの柔らかい雰囲気。

 ラピスの頼れるところ。

 美咲の凛々しいところ

 美玲の慕ってくれているところ。

 美玖ちゃんの不器用な愛情。

 フォーティの意外にポンコツな可愛いところ。

 翠叔母さんの深い愛情。


 そして・・・美嘉の僕をどこまでも包んでくれる優しさ。


「僕は、みんなを愛している。」


 それは間違いない。

 何も無かった僕のところに来てくれたみんな。

 僕の生きる理由になってくれているみんな。

 僕は、誰一人として傷ついて欲しく無いし、欠けてほしくない。


 だけど・・・


「なんだか、僕の欲望でみんなを汚してる気がしちゃうんだよね・・・」


 勿論、僕だって分かってる。

 あれは、美嘉達が望んでいる事だという事を。

 でも、どうしてもそれが頭から消えない。


 だって、そうでしょ?


 みんなとしてる時の僕の心はとても醜い。


 みんなを逃したくない。

 みんなを汚したい。

 みんなをめちゃくちゃにしたい。

 みんなを独り占めしたい。


 みんなは僕のだ。

 僕だけのものだ。


 そんな事を考えている瞬間がある。

 

「はぁ・・・」


 思わずため息が出る。

 僕って、こんな人間だったんだ・・・


 これじゃあ、城島達と大差が無いじゃないか。

 情けない・・・


「・・・ねぇ、どうしたらいいと思う?『月』?」


 聖剣を取り出し、話しかける。

 当然言葉は帰ってこない。


「・・・あ〜あ。僕ってなんて情けないんだ・・・これで勇者なんて笑っちゃうよね。」


 みんなは、僕を褒めてくれる。

 一生懸命頑張ったって。

 僕も、自分でも頑張ったって思う。


 でも、実際は違う。

 

 あの状況で頑張らない人って居る?

 僕が頑張らなきゃ、世界が滅びちゃうんだよ?

 泣き言なんて言ってられないじゃないか。

 

 僕の心は、そんなに強くないんだ。


「・・・空が、高いなぁ・・・」


 寝転がって空を見上げる。

 

 遠くに鳥が飛んでいる。

 ・・・良いなぁ。

 気持ちよさそうだ・・・ふぁ〜あ・・・なんだか眠くなって来たなぁ・・・

 ちょっと寝ちゃおう・・・









「見つけた。こんな所にいたんだ。」


 そんな声で目を覚ます。

 辺りは、かなり日が暮れて、太陽が海にかかりそうになっている。

 

「・・・美嘉。」


 目の前に美嘉がいる。

 逆光で顔が見えない。

 怒られるかな?


「隣、座っていい?」

「・・・うん。」


 美嘉は、怒る事なく微笑んだまま、僕の隣に座った。

 しばらく、無言が続く。


「・・・怒ってないの?」

「なんで怒らないといけないの?」

「逃げたから。」


 僕がそう言うと、美嘉は微笑んだまま、僕を見た。

 美嘉の顔は、夕暮れの陽に照らされて、とても幻想的だった。

 幻想的に・・・綺麗だった。


「あたしね?別に怒るつもりは無いよ。」

「・・・なんで?」

「決まってるじゃない。シュンを愛しているから。」


 そう言う美嘉の表情に、嘘は感じ取れない。  


「でも、僕はみんなの気持ちを考えず逃げちゃったんだ。」

「そう。で、それが何か悪いの?」

「え?」


 不思議そうに美嘉を見る。

 美嘉は微笑んだままだ。


「だって、それがシュンのしたかった事なんでしょ?だったら別に良いわ。」

「・・・なんだよ、それ。」


 僕はむっとした。

 何故かはわからないけど、むっとしてしまった。


「僕がどれだけ悩んでるか知らないからそんな事を言えるんだ!」

「ええ、知らないわよ。それが何か悪いの?」

「だ、だって・・・僕は!!」

「ねぇ、シュン。」


 思わず何かを言い返そうとした僕に、被せるように美嘉が名前を呼んだ。

 僕の言葉は止まってしまう。


「・・・何さ。」

「シュンはさ・・・あたしがどれだけシュンを想ってるのか知らないでしょ?」


 ・・・確かに、それは知らない。


「それって、悪い事なの?」

「・・・」


 僕には、答えられなかった。


「あのねシュン?人の気持ちはわからない、それが当たり前なの。それを言葉で伝えたり、雰囲気で察したりする。あたし達の場合は、魔法で心を読む、なんてのもその一つね。」


 うん。


「だけど、本当の気持ちは、その人にしかわからない。だから、それが悪いなんて事があるわけがない。」

「・・・そうかも、しれない。」


 美嘉は、僕の肩に頭を乗せた。

 風に靡いて美嘉の髪が僕の頬を擽る。

 甘い匂いがしてくる。


「ねぇ、シュン。あたしね?実は魔王だった時の記憶ってあんまり好きじゃないの。」


 美嘉がぽつりとそう言った。

 僕は黙って聞くことにする。


「だってさ?魔王アルフェミニカだった時は、常に殺伐とした記憶なんだもん。気心がしれていたジェミニは離れちゃうし、仲間である魔族は、隙あればあたしの命を狙ってる。いつも気が抜けなかった。あたしの心が摩耗するのは当然だったんだよ。」


 ぽつり、ぽつりと言葉をこぼす美嘉。


「そんなあたしを、苦しみから開放してくれたのが、シュンとその仲間達。いくらそれが死の安らぎだったとしてもね。だから、感謝してもしきれないの。」


 そう、だったんだ・・・

 

「そして、シュンはあたしの死の間際、泣いてくれた。悲しんでくれた。あたしの心を、その優しい心で包んでくれたの。今でも思い出せる。シュンが涙をたたえたまま微笑んでくれた笑顔が。」


 美嘉が僕の方を見る。

 その目が潤んでいた。


「ねぇ、シュン?あたしね?シュンが好き。心の底から愛してるの。嘘じゃないよ?」

「信じてるよ。いつだって美嘉の事は。」


 僕もその目をしっかりと見る。

 僕だって嘘じゃない。

 こっちに来てから、僕を救ってくれたのは美嘉だ。

 僕は心底美嘉を信頼しているし、愛してる。


「ごめんね・・・ここに来てから、ちょっと強引だったでしょ?」

「・・・かもしれない。でもね?僕も実は望んでたんだよ。みんなを僕のものだって実感する事を、さ。翠叔母さんを抱いたのだってそう。嫌なわけ、ないじゃないか。僕を好きだって言ってくれる綺麗な叔母さんなんだよ?でも、それで、さっきまで凹んでたんだ。僕の心が醜いって思ってさ。」


 するっと言葉が出てきた。

 美嘉には、隠したくなかった。 


「そっか・・・でも、それは当たりまえの心よね。あたし達だって、シュンのものだって思われたいし、シュンはあたし達のものだって思いたいもん。」

「そっか・・・」


 ・・・そうだよね。

 だって、人間だもん。

 

「ねぇ、シュン?あのね・・・あたしの事、好き?」

「愛してる。多分、この世で一番だと思う。」

「うん、あたしも。あたしも一番シュンが好き。」


 僕がそう言うと、美嘉は笑顔になった。

 夕暮れの光が美嘉の顔を照らしてキラキラしている。


 抱きたい。

 愛する美嘉と一つになりたい。


「美嘉・・・」

「シュン・・・」


 僕が顔を寄せる。

 美嘉が目を閉じる。

 

 二人の影は、一つになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る