第91話 トラウマと向き合いました
「それじゃあ行ってくるね。」
「いってらっしゃい。気をつけて下さいね。翠さん、くれぐれも安全運転で。」
「はい。勿論ですよ。大事な瞬ちゃんも、皆さんも乗ってるのですから。」
美咲と翠叔母さんがそんな挨拶を交わし、僕達は自宅を出発した。
クルマは、既に翠叔母さんが取りにいってくれていて、駐車場に駐車してある。
クルマは、大きめのワンボックスで、クルマへ乗車は、運転席には当然翠叔母さんでその隣の助手席には美玖ちゃん。
そして、中列にはリリィとフォーティ。
後列には美嘉と僕とジェミニ。
最初の予定ではリリィは来ない予定だったけど、「万が一があった時の回復要員が居た方が」というみんなでの話し合いで決まったんだ。
今から向かうのは県境の山間部。
僕はなんとなく、翠叔母さんはしっかりと場所を覚えていたんだ。
僕が覚えているのは、海沿いで左手側にガードレールがあり、右手側は山側になっている、
というか、今、このことを思い出そうとしただけでも、身体が無意識に震えて来る。
「このトラウマは根深い。単に事故の恐怖では無く、自分一人だけが生き残ってしまった事に対する両親への申し訳なさや、一人残された事への憤り、その直後の親族からの対応など、様々な要因が重なっているようだ。まるで、複数の糸が絡まっているかのようにな。」
僕の状態を改めて診たフォーティの言葉だ。
高速道路なんかを使用して、クルマを走らせる事1時間30分。
現地に近づくにつれ、震えがひどくなってくる。
これの、どこが勇者・・・勇気ある者、なんだ・・・
情けない・・・
震えが酷くなるにつれ、動悸も息も荒れてくる。
次第に、そんな有様が情けなくなってきて、ますますみんなにふさわしくないんじゃないかって事ばかり考えるようになって来てしまう。
自分の視界が歪んできている事に気がつく。
どうやら、涙が滲んでいるようだ。
恐怖と自分への怒り、みんなへの申し訳無さ。
僕の感情はぐちゃぐちゃだ。
これじゃ乗り越えるどころか・・・
そんな風に思っていた時だった。
両側から手が伸び、僕の手を握る。
顔を上げると、美嘉とジェミニが微笑んで僕を見ていた。
「シュンくん?心配しなくていいのよ?大丈夫。私達がいるわ?」
「そうだよシュン。ここにはいなくても、美咲やラピス達だってそう。みんなあなたを支える覚悟があるの。どんな姿を見せても、みんなあなたからは離れないよ?そんな人間なら、あたしは認めないから。だから、情けなくても良い、強がらないで、ちゃんと頼って?」
「ジェミニ・・・美嘉・・・僕、怖いんだ・・・本当は家族を作る資格が、僕なんかにあるのかって・・・」
車内に僕の声が響く。
音楽なんかも聞いていないし、走行速度も早く無いから、しっかりとみんなに聞こえているようだ。
「父さんと母さんが死んで、僕だけ生き残った。僕には、何も無かった。だから、親戚なんかから受け入れを拒否されるのも当然だと思った。翠叔母さんから引き取りたいって言われた時も、返せるものが無いって思って断ったんだ。まぁ、叔父さんに嫌われてるのも分かってたし、美玖ちゃんにも嫌われてるって思ってた事もあったけどさ。」
「瞬・・・」「瞬ちゃん・・・」
美玖ちゃんと翠叔母さんの辛そうな声。
「神様・・・フォーティから力を貰ったからこそ、勇者だなんて呼ばれていて、みんなも着いてきてくれてるけど・・・でも、それだって貰ったものだ。だから、心の中では、今でも僕には何も無いって思ってる。そんな僕が、家族を作っても良いのかなって考えちゃうんだ。それに、見てよこれ・・・」
震えは身体全体に及び、目からは涙が止まらない。
「こんな情けない・・・何年も経っているのに両親の死に向き合うだけでこれだ・・・僕は・・・自分が・・・情けなくて・・・情けなくて・・・」
その瞬間、僕は何かに包まれた。
種類の違う甘い匂い。
柔らかい感触と弾力。
凍えるようにしていた僕を包む暖かさ。
「シュン、情けなくないよ。あなたは情けなくなんて無い。そんな人では、あたしには勝てなかった。」
「そうよシュンくん。あなたが頑張っていたのは、私達は誰よりも知ってる。」
それは、美嘉とジェミニが僕を抱きしめた事によるものだった。
「そうですシュン様。あなたを召喚して、あなたがどれだけ大変でも弱音一つ吐かず頑張ったのは、最初から最後まで見届けたわたくしが保証します。そんなあなただから、わたくしはあなたを好きになったのですから。」
「そもそもシュンは勘違いしている。そなたは力を与えられる前から高潔な精神を持ち、誰よりも意思が強かった。でなければ、あの管理者もそなたを推薦せぬし、私だって了承しなかった。誇れ。そなたの強さは神からのお墨付きを貰っておるのだから。」
前の席からリリィとフォーティの優しい声が聞こえる。
「瞬、わたしはね?あんたがいらないなんて思ったことは一度も無いの。考えて見てよ。もし本当に嫌いだったんなら、そもそも顔も見たく無いか、完全にいない者として扱っていた筈よ。あたしは、態度こそきつかったと思うけど、あんたを無視した事は一度も無かった筈よ。まぁ、わたしにそんな事を言う資格があるかどうかわからないけどさ。」
「瞬ちゃん?何も無いなんて事ないわ。瞬ちゃんはちゃんと持ってるわよ?貴方にしか無い、貴方だけの心を。そんなあなただから貴方の周りには人が集まっているのよ?」
美玖ちゃんと翠叔母さんの声も聞こえた。
「ほらね?ここにいないクォンやラピスだって言ってたじゃない。最初は弱っちかったシュンが頑張る姿と心の強さに惚れてしまったってさ。大丈夫!貴方は強い!何人もの勇者を退けたこの魔王アルフェミニカが保証するわ!貴方は勇者の中の勇者だって!」
みんなの心が僕に染み込んでくるみたいだ。
少しずつ震えが治まってきている気がする。
「・・・ありがとう・・・」
その後は、無言の車内。
後5分もせずに現場に着く。
そんな時だった。
「・・・なんでしょう、これ・・・何か変な気配が・・・」
「・・・うん?妙に負の気配を感じるね・・・」
「確かにそうだわ。何かしら・・・前方に集まってる?」
リリィと美嘉、ジェミニが訝しげにそう呟く。
「え!?え!?ブレーキが効かない!?」
そんな時、翠叔母さんの叫び声が聞こえた。
クルマが加速する。
何か、嫌な気配がクルマを包んでいた。
「アクセルも勝手に!?何よこれ!?」
「ママ!?」
翠叔母さんがパニックになっていた。
段々と速度を上げるクルマ。
「ふむ、これは悪霊だな。」
「・・・誰の仲間に手を出しておるのか・・・散れ、ゴミが。」
フォーティの落ち着いた声と美嘉の怒りの波動が車内を包んだ瞬間、クルマに取り憑いていた嫌な気配が散り散りに弾け飛ぶ。
「あれ!?ブレーキもアクセルも使えるようになった・・・」
「ミドリさん、そのままで。清光結界『極光』」
クルマをリリィの結界が包む。
これは、悪霊なんかからの精神攻撃を無力化させるものだ。
これでクルマや僕達に手出しは出来ない。
「どうやら、シュン達の事故もこれが原因のようだな。」
フォーティの言葉と同時に、僕達は現場についた。
そこで目にしたもの。
それは、可視化出来るほどの悪霊がうようよと漂っている、事故現場だった。
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