第81話 氷竜、ダンジョン計画、銀髪
「ただいま戻りました。我が主」
「うむ、苦労!」
椅子に座る子供が魔族の彼に向かって堂々と労いの言葉を投げかける。
我が主、ということはこの子供が例のドラゴンなのだろうとは思うのだが、流石にすぐには信じられない。
洞窟の中にしては明るく部屋を照らす光に晒されるその姿を、改めて確認する。
透き通った氷の様に青い髪に、夜明け前の空にも似た深い紺色の瞳。
幼い子供特有の少年とも少女とも捉えられる中性的な顔立ち。
そしてなにより目立つのは、その青い髪の間から除く片方が折れた2本の角。
それを見て、確かにあのドラゴンだな、と確信した。
あの時、俺たちはあのドラゴンの角を片方折った事で撃退することに成功したのだから。
とはいえ……まさか人の姿になれるのだとは思わなかった。
違和感が凄いな。
「して、薄皮包みは何処にあるのだ?はよう我の元に持ってくるが良い」
そうなんだよ。
魔族の彼の話が本当であるならば、あのドラゴンはウチの薄皮包み……確かあの時は大凡5人分くらい作ったはずだから、それをぺろりと平らげているはず。
ドラゴンが薄皮包みって。
「いえ我が主。薄皮包みはありませんよ」
「なんと!貴様が街に行きたいというから許可したのではないか!主への土産は必須であろうが!」
「薄皮包み用の資金を持たされておりませんでしたので」
「ぬぅぅぅ!なんと融通の効かぬ!」
大層ご立派な椅子に座りながらダシダシと地団駄を踏むあれは、本当にドラゴンなんだろうか……。
リカルド達も同じ様な事を考えているのか、転移前までのピリ付いた空気は完全に霧散してしまっている。
ギルにいたってはあくびまでし始めたぞ。
それでいいのかドラゴン。
「まぁ良い。薄皮包みはまた貴様に買いに行かせるとして、後ろのそやつらは何者だ?」
「おや、我が主もよくご存知のお方々ですが、お忘れですか?」
「うぅん?我が知る人間なぞ一握り……あ、あぁぁぁ!!」
身を乗り出す様にしてこちらを覗き込んだドラゴンが、何かを思い出したように俺達を指さしながら声を上げた。
「お主ら!我の角を折ってくれた奴ではないか!」
あぁ、やっぱりあのドラゴンなんだ……。
当初はもっと緊張感を持ってドラゴンに会うはずだったのだが……俺たちの事に気づいた途端、座っていた大層ご立派な椅子の後ろに隠れて顔だけ出しているドラゴンには緊張感など持てるはずもない。
「ききき貴様!何故小奴らを我の巣に連れてきておるのだ!我を殺す気か!おのれこの裏切り者め!」
「我が主、非常にお見苦しいお姿ですのでもう少し落ち着いてください」
「ううう煩い!早く小奴らをどっかにやれ!シッシッ!」
なんだか物凄い嫌われよう。
いやまぁ一度は俺たちが勝っているのだからわからんでもないんだが、あの戦いは俺たちとしてはかなりギリギリで、そこまでビビられるような程一方的な戦いでは無かったと思うんだがなぁ。
このままでは話が進まないので、取り敢えずこちらから要件を述べる事にしよう。
「取り込み中のところ悪いんだが、俺たちに用事がある客人ってのは何処にいるんだ?」
「おっと、これは失礼致しました。我が主のあまりの情けない姿に忘れておりました。お許しください。私が呼びに行ってまいりますので、皆様はこちらでお待ち下さい」
……なんか、あれだな。
この従者、実は結構鬼畜系の性格してそうだな。
我が主と言いつつ、扱いはかなり雑っぽいし。
「ままままま、待て!待てベベル!小奴らを前に我を一人にするつもりか!この鬼畜め!」
「我が主が下手な事をしなければ大丈夫です。というよりも、我が主の客人がお呼びになったのです、それはつまり我が主がお呼びになったのと同等。我が主がしっかりとおもてなしするべきなのですよ?」
「知るか!我は呼んでおらんわ!」
「それでは皆様、しばしお待ち下さい」
「待て!待て待て!お、おぉぉぉぉ……」
主のはずのドラゴンの言葉を完全に無視するように部屋から出ていくベベルと呼ばれた魔族の彼に、かすれるような小さな声を上げながら手をのばすドラゴン。
その行為も虚しく、ベベルは部屋から消えてしまう。
残されたのはもはや呆れ顔の俺たち4人と、ギギギギと音がしそうな程にゆっくりとこちらへと視線を向けるドラゴン。
えー、どうしようか。
どうするべきなのか迷っていると、一人すっと前に出る人物が居た。
リカルド。
「改めてご挨拶させて頂きます。私はリカルド・リンドベルグ。麓の街、カーネリアを統治しております。後ろの3人は左からギルガルト、クラウス、アリアです。宜しければ貴方のお名前を頂戴してもよろしいか?」
おぉ、貴族対応だな。
元々こちらとしてはドラゴンと敵対するつもりは無いのだから、ここは友好的に出るのが正解か。
ならばと、名前を呼ばれた面々も手を上げたり頭を下げたり手を振ったりと、それなりに友好的な行為で対応する。
その姿に少しは安心したのか、椅子の裏から顔だけを出していたドラゴンがおずおずといった様子で椅子の前に出てきてくれた。
こちらの様子を伺いながら、ご立派な椅子へと座り直すと、コホンと咳払いを一つ。
「よくぞ参ったな小さき者よ!我こそがこのダンジョンの主にして偉大なるアイスドラゴン、グラシエラスである!」
こちらが敵対するつもりが無いことに気づいたのか、その口上は堂々としたもので思わず、おー、と声を漏らしながらパチパチと手を叩いてしまった。
それに気分を良くしたのか、再びふんぞり返るように椅子に座り、フンと鼻を鳴らす。
あ、やばい。
なんかベベルの気持ちがちょっと分かってしまった。
こいつ、いじると面白い奴だ。
堂々とした態度はまさにドラゴンと行ったところ……なんだが、先程の状況を見ているので本当に見た目通り、小さな子供が精一杯の虚勢を張っている様に見えてしまうのも面白さに拍車を掛けている気がする。
「お主達は我の角を折ってくれた不届き者と思っておったが、中々に礼儀というものをきちんとわきまえているようだな!うむ、流石我が友の友人よ」
取り敢えず対応は間違っていなかったらしい。
角を折るというのがどれほどのモノなのかはよくわからないが、リカルドの対応ですっかり水に流してくれたようだ。
なんか、角折ったの大したことなさそうだな。
そこで気になる言葉があったことに気づく。
「我が友……というのは俺たちを呼んだお客人って事でいいのか?」
「うむ、今このダンジョンにおるのは我とベベルら魔族を除けば我が友しかおらんからな」
ドラゴンの友人を持つ奴なんて友人には居ないと思うんだがなぁ。
例えばそれがリカルドの友人、といったような個人を対象にした友人であれば俺の知らない友人もいるのだろうが、銀翼の隼の面々と友人である、といった風な言い方をしているのだから、俺が知らないはずもない。
なにせ俺とギルが創設メンバーになるわけだからな。
そして、やっぱりそんな友人を持った記憶は無いんだよなぁ。
それはギルやアリア、リカルドも同じようで、互いに視線を合わせると首をかしげていた。
まぁ、ベベルがそのお客人とやらを呼んできているのだし、結論を急ぐ必要もないか。
それよりもまず聞いておかないとならないことがある。
「ところでグラシエラスよ。一つ聞きたい事があるのだが、宜しいか?」
それを聞くべきは、やはりリカルドだろう。
当人もそれを理解しているのだろう、率先して声を掛けた。
「うむ、我が友の友人であるならば我が名を呼ぶことを許そう。して、なんぞや?」
「麓の街、カーネリアではグラシエラスが巣を作った事で混乱が起きている。街が襲われるのではないか、とな。魔族の従者殿からは貴公はそのつもりは無い、という話は聞いたのだが、本人から返事を聞きたい」
「なんだ、そんなことか。襲わん襲わん。もう人と戦うのは懲り懲りだからな。お主らと戦って身に沁みたぞ」
そういって折れた片方の角を擦るグラシエラス。
その手には後悔と無念の情があふれている事は、グラシエラスの表情から読み取れた。
うん、全く気にしていないということではないらしい。
人で言うのならば……どうなんだろう。
例えば頬に傷跡が残った、くらいの感覚なのかもしれないな。
角が戻るのかどうかは知らないが。
「では、今この場に巣を作った事に何ら意味は無いと?」
「まぁ意味がない訳では無いが……そこは我が友に聞けばよかろう。今回のダンジョン計画は我が友の発案だからな」
なんだか聞き流せない言葉があったぞ?
ダンジョン計画?
そういえば、グラシエラスの口上でも、ダンジョンの主、と言っていたな。
確かにドラゴンの巣は半ばダンジョンと化す事が多いらしいのだが、明確にダンジョンなのかと言われると……ちょっと線引が難しい。
明確なラインがあるわけではないが、ダンジョンと言われて冒険者が想像するものは、大半が神代の頃の遺跡に当たる。
それはどこから入り込んだのかわからないモンスターの群れや、そこかしこに張り巡らされた侵入者を撃退する為の罠があったりするものなのだが、ドラゴンの巣では基本前者はあるが後者は無い。
故にダンジョンというよりも、モンスターが入り込んだバカでかい巣、という認識でいる者の方が多いだろう。
仮にその友人とやらが本当に俺らの友人で間違いないのだとしたら、恐らくは冒険者に関する何かなのだろう。
となると、その友人が指すダンジョンとは、遺跡に近いような罠もしっかりと張り巡らされているものだと予想がつく。
あぁそういえば、冒険者ギルドでエーリカが報告していた中に、明らかに人の手が入った通路を発見した、とあったっけか。
まさか、この洞窟をそういったダンジョンに作り変えている……とでも言うのか?
……いやいや無いだろ。
そんな事して何になるというのだ。
グラシエラスの発言のお陰でますます謎が深まってしまった。
俺を含め、リカルドもわけが分からないとでも言いたそうに困惑の表情を浮かべている中、コツコツと洞窟内に足音が響いてきた。
「皆様、お待たせいたしました。我が主のお客人をお呼びいたしました」
それほど明るくは無いであろう通路は部屋からみれば真っ暗な穴のように見えて、その穴からスッとベベルの姿が現れる。
そして、ベベルに続いて穴から現れた銀髪の女性の姿に、俺達は言葉を失ってしまった。
「や、久しぶり」
いつもの調子でそういって片手を軽く上げる彼女は……間違いない、見間違えるはずもない。
故に4人の声が重なってしまうのも、必然というものだ。
「「「「 ヴィオラ!? 」」」」
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