第22話 露店通り、敵情視察、マリーの尻込み
まだ肌寒さの残る午前、朝市の活気が冷めきらない露店通りをマリーと共に歩く。
これまでは店の準備のためにワタワタしていたためにこうしてゆっくりと見て回るのは初めてだ。
昨日の大盛況のお陰で主だった食材を全て使い切ってしまったため、昼の営業は中止して食材の仕入れに出向いている。
以前立ち寄った時は本当に軽い食事を済ませただけだったので気づかなかったが、こうして改めて見ると露店の多さに驚く。
買い食い出来るような料理の露店はまだ時間が早い為動いていないようだが、野菜や肉など食材を店先いっぱいに並べている露店がずらりと並んでいるのは中々に壮観だ。
中には交易品を扱っている露店もあるようで、この辺りでは見られないような品物まである。
あの干物は確か北方で取れる魚だったか?
「えっと、まずは鶏肉とベーコン、次は野菜でしたよね」
おぉ、バンナの実まであるじゃないか。南方に出向いた時にはよく食べたなぁ。
「クラウスさん!聞いてます?」
「おっ、おう、すまん、聞いてなかった」
「もう。最初はお肉を仕入れるんでしたよね?」
腰に手を当ててお怒りモードのマリー。
大丈夫だ、忘れているわけではない。
ちょっとこう、テンションが上がっただけだ。うん。
「一先ずは買い付けるだけな」
ちょっと二人だけで運ぶのは難しい量になりそうなため、一先ず買い付けた後に荷台を取ってくる予定だ。
ならば最初から荷台を持ってくればいいのでは無いかと思うところもあるが、今日は買い出しだけが目的ではない。
「その、クラウスさん、本当に行くんですか?」
不安そうな顔でこちらを覗き込むマリー。
まぁその気持はわからんでもないが、これは走る子馬亭の今後にとって必要な事だ。
避けては通れまい。
「友人の店だろう?尻込みする事はないと思うが」
マリーの不安そうな顔にはあえて気づかないフリをしてそう応える。
「それは……そうですが……」
カーネリアで一番の酒場はと聞かれればおそらく誰もが答えるであろう、眠る穴熊亭。
その実情を確かめに行く。
ともすれば、今の走る子馬亭との差を目の当たりにすることになるかもしれない。
いや、多分そうなる。
マリーにとっては見たくない現実かもしれないが、頂上の見えない山は登れまい。
「ほら、さっさと買付終わらせよう」
どことなく足取りの重いマリーの背中をぽんと叩くと、小さなため息と共に肩を落としたマリーが苦笑を浮かべる。
「ふらふらしてたクラウスさんがそれを言います?」
「返す言葉もありません」
※
眠る穴熊亭は大通りに面した一等地に堂々と存在していた。
立派な2階建ての建物。大きさからすると走る子馬亭と同じくらいか……いや、こちらの方が少し大きいかもしれない。
まだ昼には少し早い時間だというのに、賑やかな声が外まで聞こえてくる。
二人して入り口に棒立ちしていると、中々に良い作りの馬車が颯爽とやってくると中々に身なりの良いご婦人が現れ、楽しそうに談笑しながら店に入っていく。
……こういうお歴々にも人気なのか。
隣のマリーが怖気づいていなければいいと思い視線を向けると、俺の予想に反してその瞳には憧れにも似た輝きがあった。
あれ、なんか大丈夫そう?
ここに来るまでの反応からして、走る子馬亭との差をまざまざと見せつけられることに尻込みしていたように思えたのだが。
ともかく、入り口で突っ立ってるわけにはいかない。
邪魔になるしな。
意を決して大きな扉を押し開けた。
カランカランと涼しげな音が響く。
「いらっしゃいませ!2名様ですね!こちらでどうぞ!」
扉を開けた瞬間にすぐに給仕が声をかけ、またたく間にテーブルへと案内された。
早い。
対応する給仕もにこやかな笑顔でこちらを案内している。
給仕に対する教育が行き届きすぎている程行き届いている。
あまりの早さに反応できずに居ると、背中をぽんと叩かれる。
「ほら、行きましょう」
「あ、あぁ」
友人の店ということもあってか、足を運ぶのは初めてではないのだろう。
戸惑っていた俺を先導するようにマリーが歩き出す。
その後を遅れぬように早足で追いかける。
うん、なんかマリーは全然大丈夫そうだ。
むしろ俺の方が気負っているような気がする。
いやまぁ正直に言えば、コレほどだとは思っていなかったんだよなぁ。
テーブルに付き店内をさっと見回す。
清掃の行き届いた店内。
椅子やテーブルのガタツキも無い。
昼前だというのに店内はほぼ満席状態でありながら、混乱している様子が一切ない。
数人居る給仕の動きも素晴らしい。
これだけの客だ、慌ててしまう事もあるだろうに、冷静にしかし素早く対応している。
そして漂ってくるいい匂い。
これは、本当にいい店だ。
今までいくつもの街を渡り歩いて来たが、これほどの店は数える程しかない。
「マリーとクラウスじゃありませんの。そちらのお店はよろしいんですの?」
落ち着きのない子供のように辺りをキョロキョロと見ていると、不意につい先日聞いたばかりの声が聞こえてくる。
「エリーか。食材が無いからな、昼の営業は休業だ。それにしても……すごいな、この店は」
「本当に凄いですよね」
何気なく呟いた俺の言葉に、マリーが同意する。
そうか、マリーからすればこれは既に知っている事なのか。
よく考えてみればそうだよな。家族ぐるみの付き合いをしていて店の状況を知らないわけがない。
ということは、眠る穴熊亭の実情を知ることに恐れていたのはむしろ俺の方だったということか。
うん、なんか恥ずかしくなってきた。
あれ、でもそうなるとなぜマリーはここに来るのを嫌がっていたのだろうか。
エリーとの確執は先日の件である程度は軟化できたと思っていたのだが、そうでもなかったということか?
「マリーがこちらに来るのは久しぶりですわね。お祖父様も喜びますわ」
革張りのメニューをこちらに差し出しながら話すエリーに、マリーがビクリと反応する。
ん?なんか変な所でもあったか?
「あの、エリーさん、アルバートさんには……」
「もう遅いですわね」
エリーの投げやりな回答にマリーが小さくため息を吐き出す。
もう遅い?なんだ、どういうことだ。
二人だけの世界に入られても俺はそちらへの入り口すらわからん。
頼む、俺を置いていかないでくれ。
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