第13話 洗剤、スカート、緊急

 未だにクスクスと笑いを堪えているマリーを尻目に、俺は洗剤の用意をしている。

 カーネリア平原から戻ってきた頃には昼過ぎ。

 料理の改良を兼ねた昼食を済ませ、いよいよ掃除に取り掛かろうというところ。

 別段着いてくる必要もなかったマリーに着いてきて貰ったので今の所掃除は一切進んでいない。

 俺がスライムを狩りに行っている間に掃除してもらっていれば多少は進んでいたところだろう。


 迂闊だった。


「クラウスさんって意外と抜けてるところありますよね」

「ぬぅ…それはもういいだろうマリー」

「すみません、クラウスさんって凄いしっかりしてる方だと思っていたので、なんだか意外で」


 以前一緒に旅をしていたパーティーメンバーの中ではしっかりしている方だと思っていたが……あいつらがズボラなだけだったのかもしれん。

 とにかく、今は洗剤を作るのが先だ。


 先程採ってきたスライムの体液をひとすくい別の瓶に入れ、水で10倍くらいに薄める。


 以上。


 非常に簡単な作業だが、これだけで売られている石鹸などよりもよほど良く汚れが落ちる洗剤の完成だ。


「それよりも、ほら、洗剤出来たぞ」

「もう出来たんですか?」

「あぁ、スライムの体液を薄めるだけだからな」


 そういって薄めたスライムの体液入の瓶をマリーに渡す。

 薄っすらと緑色のついた液体をしげしげと眺めるマリー。


「これ、どうやって使えばいいんですか?」

「これを汚れの酷いところに刷毛なんかで薄く塗って少し経った後に拭き取るだけだ。あぁそうだ、そのまま肌にふれると荒れるかもしれないから、これをつけてくれ」


 そういって帰りがけに買ってきた革の手袋を渡す。

 俺から革の手袋と馬の尻尾でできた刷毛を受け取ったマリーが興味津々といった様子で刷毛に洗剤を染み込ませる。

 すっかりと埃がこびり付いてしまっているテーブルに刷毛をさっと滑らせると、そのままジーっとテーブルを見つめる。


「どれくらい待てばいいんでしょう」

「そこまで待たなくてもいいぞ……もういいかな」


 刷毛を瓶の中に収めてから、ボロボロの布切れを手に、ゴクリと喉を鳴らすマリー。

 ゆっくりと洗剤のついたテーブルを拭き取ると……


「うわっ、凄い!」


 そう声を上げて、こちらへと振り返るマリー。

 ふふふ、どうだ凄いだろう。


「一拭きでこんなに……ほら、見てください!こことここ!拭いたところが一目瞭然ですよ!」


 方やこびり付いた埃で黒くなっており、方や木本来の赤茶けた色が表に出てきている。

 うむ、久しぶりに使ったがやはりよく落ちるな。

 冒険者時代には武器や防具にこびり付いた血糊を落とすのによく使ったが、ここまで喜んでくれるとは思わなかった。


「あはは!凄い凄い!こんな便利なものがあるなんて知らなかったです!」


 スイスイと綺麗になっていくテーブルに楽しくなってきたのか、テンションが高くなってきたマリー。見てるこちらも楽しくなってくる。

 さて、見ているだけでは掃除は進まない。自分の分の洗剤を作って掃除に参加するとしよう。


「こんなに便利なもの、なんでお店で売ってないんでしょうか」

「スライムの体液を取るのは意外と面倒だから、かもしれないな」


 スライムの体は液体であるため斬撃を受け付けず、一部を切り取る事がが出来ない上に、弱点である核を破壊すると球形を留めることが出来なくなりすぐに崩れてしまう。

 体液を回収するには、核を破壊し崩れ落ちるまでの間に集めなければならない。


「これだけ綺麗に汚れが落ちるなら洗濯に使ってもいいですね」

「あー、それはやめておいたほうがいいな」

「そうなんですか?」

「アシッドスライムは元々草食だからか、薄い麻や木綿に直接使うとあっという間にボロボロになっちまうんだ」

「あぁ…そうなんですね」


 残念そうなマリーだが、それはやってはいけない。絶対にだ。

 以前、マリーと同様の事を考えた奴がいる。


 俺だ。


 パーティーの女性陣が洗濯するというのでこれを勧めたら下着が尽く酷いことになったらしく、烈火のごとく怒られた記憶がある。

 あの時程死を覚悟したことはなかったな……。


「あれ、でもそれなら木のテーブルとかもまずいんじゃ……」

「かなり薄めてあるからな、ある程度大きさのあるやつなら大丈夫だ。むしろ表面がツルツルになっていいぞ」

「あっ、ホントだ。すごい、ツルツルしてる」


 詳しいことはよくわからんが、多分表面のささくれだってた部分などを溶かして均一にしてるのではないだろうか。

 まぁ原理はともかく、綺麗になるならそれでよし。


「拭き取りに使った布もそのうちボロボロになってくると思うから、適宜交換してくれ」

「わかりました」


 フンフン、と鼻歌が出始めたマリーを尻目に、俺も自分の洗剤片手に掃除を始める事にする。テーブルはマリーに任せるとして、俺は壁や窓だな。

 特に窓は外見に大きく影響するからピカピカにしておいて損はない。

 まぁその分大変なんだが、この洗剤があれば余裕だ。


「それにしてもクラウスさん、よくこんなの知ってましたね」

「冒険者時代の経験ってやつだ」


 我ながら便利な物に気づいたと思う。

商品化できればよく売れそうだが……材料集めが問題か。

 あと、掃除に使った布もボロボロになるのが欠点か。ほぼ使い捨てになるのは流石にもったいないところ。

 そうなると普段遣いするものではない、ということになるな。

 うーん、売れるか疑問になってきた。

 そんなどうでもいいことを考えながら窓をフキフキしていると、唐突に後ろから甲高い声が聞こえてきた。


「あっ!」

「どうした?」


 何があったのかと慌てて振り向くと、そこにはジワリと涙目になったマリーが、彼女の着ているスカートの裾を持ち上げていた。


「クラウスさん……」

「な、何があった?というか目の毒だからスカートを下ろそう。な?」

「うぅ…こぼしちゃいました…」


 こぼしたって?何を?

 決まっている。アシッドスライム製の洗剤だろう。

 そしてこぼした思わしきスカートの裾がみるみるボロボロになっていく。

 元々少しほつれていた給仕服が更にボロボロに……。

 

 しまった、俺としたことがなんという落ち度。

 これは早急に解決しなければならない事案だ。


「……マリー、替えの服はあるか?」

「えっと……」


 言いよどむマリー。

 うむ、これは決定だ。掃除よりも先にやらねばならないことが出来た。


「マリー、服を買いに行くぞ!」

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