命を尊重しろなんて綺麗事だ!

 エコー画像がモニターに映し出されて、

「これが胎児ですね」

 豆粒みたいなのを丸で囲んで、女医はそう言った。無表情のままで。

 まだ十七になったばかりの子供が妊娠してることに対する嫌悪感みたいなのを表に出さないようにしてるんだろうなというのを感じる。何しろ、ちらっと俺の方を見た時の目が鋭かったしな。

「お父さんですか?」

 と訊かれた時に、

「あ~、まあ、<保護者>です」

 って曖昧に応えたことで、明らかに俺を疑ってるんだろうというのも察せられてしまった。

 だが、そんなのはどうでもいい。事情を知らない人間が邪推するなんてのもよくあることだ。いちいち腹を立てても疲れるだけで何の問題解決にもつながらん。

 大事なのは羅美とお腹の子だ。

 しかし、羅美自身は強張ったまま呆然としてる。仕方ないので俺が、

堕胎おろすか……?」

 そう口にした瞬間、羅美は弾かれるみたいに立ち上がって、

「嫌だ! 堕胎すのはもう嫌!! 殺さないで!! うちを殺すのはもうヤメてよ!! 嫌だあ……っ!!」

 パニックを起こして喚き散らした。かつての<大虎>モードとも違う、完全に正気を失っている状態だな。

 十一の時に継父に犯され、それから毎日のようにヤられて、妊娠しては堕胎させられて、それが完全にトラウマになってるんだろう。

「嫌だあ……! 嫌だよう……! 死にたくないぃ……!」

 死ぬのは羅美じゃないが、今まで殺された胎児に過剰に共感してしまっているってとこか……

 今の羅美じゃ子供は育てられないかもしれない。だが、今度また堕胎すれば、それこそ羅美の心は壊れちまうかもしれない。

 なら……

「分かった。大丈夫だ。もう殺さない。殺させない。生めばいい。今、羅美と一緒にいるのは俺だ。俺が育ててやる。心配すんな……」


 こうして、誰が父親かも分からねえ子を、産むことになった。なに、父親なんかどうでもいい。<羅美の子>なのは間違いないんだからな。重要なのはそこだけだ。

 俺は、前妻との間に子供なんて欲しくなかった。『欲しくなかった』んだよ。分かるか? 俺は、

『望んでもねえ子供をこの世に送り出しちまった』

 んだ。そんな俺がなんで羅美を責められる?

『命を尊重しろなんて綺麗事だ!』

 とかホザく奴がいる。けどな、『命を尊重する』ってのは、綺麗事じゃねえんだよ。本当は。

 正しくは、

『自分の命を尊重してもらいたいなら他者の命も尊重しろ』

 ってだけの話なんだ。ある種の<取引>ってことだな。

『自分は他の奴の命を尊重する。だから自分の命も尊重してほしい』

 ということなんだよ。これも、親から教わってるか?

 教わってねえよなあ? 教わってねえから『命を尊重しろなんて綺麗事だ!』とかホザくんだよなあ?

 他所様が自分の子を生むか堕胎おろすかは、それはそっちが決めることだし俺はそれについてどうこう言わない。言わないから、赤の他人が羅美の子についてどうこう言っても耳は貸さない。

 それだけだ。


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