こいつのこういうとこ
ともあれ、俺と大虎を乗せたバモスホンダは、寒空の中を走り出した。しかし、
「ぐわ~っ! さむ~っ! 死ぬ~っ!」
ものの数分で大虎は音を上げる。唇は真っ蒼になり涙と鼻水で酷いことに。なにしろ、制服の上に俺が貸したブルゾンを着ただけの、防寒もへったくれもない格好だから。ここまで、いつ出てってもいいように何も買わないようにしてたんだ。外に出る時は制服。家では俺のスエット。それで過ごしてきた。でも、化粧品の金を出してやったのもあって、吹っ切れた。
「だから言っただろ? でもまあそのためにディスカウントストアに向かってるんだけどな」
言いながら俺は、ディスカウントストアの駐車場に入る。するとまあ視線が集まる集まる。子供なんか指差して笑ってるし。
「ほれ、とにかくこれで鼻拭け」
グローブボックスから箱ティッシュを出して渡すと、大虎は、
「ぶびびーん!」
と下品極まりない音をさせながら鼻をかんでた。
「やれやれ」
とは口にしつつも、なんか嫌じゃなかった。こいつのこういうとこ、俺は嫌いじゃない。
思えば前妻はとにかく『ちゃんとしよう!』というオーラが出まくってる女だった。それが俺には強すぎたんだろうな。
「だ~っ! あったけえ~! 生き返るわ~!」
ディスカウントストアの店内に入ると暖房が効いてて、大虎の顔が一気に赤くなる。唇にも血の気が戻って、なるほど『生き返った』ようだ。
「今日はとにかく、服だ。服を買うぞ。まずはまあ、あったかい服だな」
言いながら店内を進む俺に、大虎は、
「でも、いいのかよ」
殊勝にも遠慮がちにそんなことを訊いてくる。そんな大虎に俺は、
「気にすんな。もうここまで来たら一蓮托生、呉越同舟、地獄の果てまで突っ走るぜ!」
と返した。なのにこいつは、
「オッサン、カッコつけてもカッコよくないぞ」
調子が戻ったのか辛辣な口ぶり。
「はっ! お前みたいのにはお似合いだろ!」
と言い返してやったけどな。
で、ダウンのコートとセーターと裏起毛のボトムとやっぱり裏起毛のショートブーツとマフラーと手袋と、さらにキャップヘルとゴーグル、及び、普段着用の服をローテで着られるように五セットばかり。あと、使い捨てカイロ。しめて三万五千円。
ディスカウントストアの安物ばかりだが、
「ホントにいいのか? オッサン」
またそんな風に訊いてくる。
「いいんだよ。あのクルマに乗ってバカになってるところなんだから。お前もバカになれ!」
俺の言葉に、
「だよな♡」
大虎が笑顔を向けてくれる。それを見て、
『ああ、やっぱ俺、こいつのこと割と好きだわ』
そう思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます