友よ、

第20話 広野星行

 拳銃を捨てるための旅行から帰ってきて数日、肩の荷が下りたように穏やかな気持ちで日々が過ぎていった。

 数年越しで瀧さんとの約束を果たせたし、百合香ちゃんとも更に仲良くなれた気がする。

 行ってよかった……というか、なぜもっと早く行かなかったのかという感じだ。


 あれから何度か二人で買い物に行ったりしたけど、なんとなく外出時は親子の設定のままになっていた。

 どちらかが言い出してそうなった訳じゃない。

 どちらにせよ些細な違いだし、わざわざ訂正する必要もないことだろう。


 時々だけど、手を繋いで外を歩くこともある。

 親子の設定ならおかしなことではない、ということにしておく。

 まだまだぎこちないけど、旅行に行かなければここまで距離を縮めることはできなかったと思う。


 そんな風に平穏な日々を過ごしていた、ある日の休日。

 僕は久しぶりに、昼間から自室にこもってゲームをしていた。


 きっかけは、昨日の夜に届いたメッセージだった。

 それは腐れ縁の友──かつて僕をロリコン認定した張本人──からのもので、昔やっていたゲームの新作が出たから、また二人でやらないかという誘いだった。


 似た者同士考えることは同じと言うべきか、僕は既にそのゲームを購入してインストールまで終わっていたので、すぐにメッセージを返した。

 昔と変わらない軽口を叩き合い、さてそれじゃあゲームを開始しようかと思ったところで、なんと友がまだゲームを落とせていないということが判明した。

 友は田舎の実家暮らしで契約している回線が細く、ダウンロードに時間がかかりそうだということで、ゲームは翌日までお預けということになったのだった。


 そして今日。


 百合香ちゃんと一緒にお昼ごはんを食べた後、僕は自室でゲームとボイスチャットを起動していた。

 ゲームのジャンルは簡単に言えば、三人称視点TPSの協力型ハックアンドスラッシュみたいなものだ。

 たくさんのステージがあり、最大五人で協力しながらクリアを目指す。

 もちろん一人でも二人でも遊ぶことは可能だ。


 友と一緒にこのゲームの前作をプレイしたのは、もう二年……いや、三年くらい前になるのかな?

 懐かしさに自然と浮き立つ心を持て余しながら、数年ぶりに友の声を聞く。


「てゆーかホッシー先にゲーム買ってたんならさあ、連絡してよ」

「いやそのつもりだったんだけど、最近ちょっと立て込んでたんだよ」

「おっなんだ? 彼女か?」

「違うよ。……つーかそっちはどうなんだよ」

「こんな田舎でいい男と出会えるわけないでしょー」


 そう言って友……藤森友花ともかは、わざとらしくため息をついた。

 百合香ちゃんのことを誤魔化すために思わず「そっちはどう」なんて聞いてしまったけど、藪蛇やぶへびだったかなと若干後悔する。


「……そんなことより仕事は? 順調?」

「コネでなんとかって感じかねぇ」

「今どんなの描いてんの?」

「色々だよ。家電の取扱説明書のイラストとか、どっかの広報誌の挿絵とか」

「ふーん。僕も知らないうちに目にしてたりするのかね」

「かもねー。売れないフリーのイラストレーターなんて仕事選んでらんないからね」


 世知辛いねなんて言いながらも、お互いに前作と同じような性能のキャラクターを使ってステージを攻略していく。

 前作をやり込んでいたのもあって、序盤はまだまだ余裕がある。


「ホッシーは今も本屋?」

「うん」

「続いてるんだ。良かった」

「バイトだけどね」

「いいじゃんバイト。いつでも辞められるし」

「それ、いいこと?」

「仕事に殺されるよりマシだよ。それに、いつでも田舎こっち帰ってこれるじゃん」

「んー……」

「たまには帰ってきなよ。あたしゃ寂しいよ」

「はいはい」


 僕が操作するキャラクターは単純なミスで死に、ステージの最初の方に戻された。

 今日の友は何か……ちょっと変な感じがする。

 数年前にボイスチャットで会話して以来だから、気のせいかもしれないけど。


「友ちゃんは優しいから待っててあげる」

「ごめん、すぐ行く。なんか回避の動きがなー」

「微妙に変わってるよね」


 ワープとダッシュを駆使してすぐに最前線まで戻り、再び友と肩を並べて戦う。

 しかし、ゲームに集中しようと思うのに、なかなか上手くいかない。


「……友、なんかあった?」

「えー? なんかって?」

「いや、なんか……今日ちょっとテンション違う感じがして」

「そうかなー?」

「気のせいかもだけど」

「んー……あったと言えば」


 言葉の続きを不自然に途切れさせたまま、友はステージのボスらしき敵の背後に回り込もうと頑張っている。

 あまり離れると危ないと思ったそばから、友は他の敵に囲まれてあっという間に体力ゲージをゼロにされてしまった。


「友ちゃんよー、今のは無謀過ぎるわ」

「……井手口って覚えてる? 中学の時一緒だった」

「え、なに急に。覚えてるけど。バレー部のキャプテン? 部長だったっけ?」

「そうそう、部長。いつも坊主頭だった」

「井手口がどうかしたん?」

「なんか……告白されたっちゅーかね……」

「マジ? いつの話?」

「二週間くらい前」

「最近じゃん。それでどうしたの」

「どうもこうも」


 友は素早く前線に復帰して、今度は僕のキャラクターから離れずにボスの取り巻きを攻撃している。

 ボスを先に叩くべきか、取り巻きを先に片付けるべきか、攻略情報が出回っていない今はどちらが正解とも言えない状況だ。


「……断ったよ。もちろん」

「ふーん……」

「リアクションうす」

「そう言われても」

「なんでとか、聞かないの? 理由をさ」

「いやー……ねえ?」

「ねえ? ってなんだよぅ」


 ふふっ、と友は笑った。

 昔と変わらない、くすぐったいような高い声の、可愛い笑い方だ。


「ま、フッた理由は特にないんだけどさ」

「ないのかよ」

「うそ。本当はある」

「あるのかよ」

「聞きたい? 教えないけど」

「教えないのかよ」


 僕はわざと、軽い調子の相槌を打った。

 いかにもゲームに集中していて深く考えていませんよ、といった感じで。


 ……今のやり取りで、友の考えていることはなんとなく察してしまった。

 なにせ小学校の頃からの長い付き合いだ。

 お互い、雰囲気で色々と分かるようになってしまっている。

 だから自意識過剰とかではない……と思う。

 勘違いなら、その方がいいんだけど。


「私が戻るまで死なないでよ」

「あれっ、いつの間にか死んでるじゃん……前に出過ぎなんだよなー友は」

「そういう性格なんだからしょーがない」

「それなら武器を……」


「ほしゆきさーん!」


 僕は思わず、ゲームパッドを取り落としそうになった。

 襖の向こうから聞こえてきたのは、僕を呼ぶ百合香ちゃんの……女子小学生らしく元気の良い、よく通る声だった。


「ごめん、ちょっと離席」

「えっ、今の」


 僕は急いでヘッドセットを外し、椅子から腰を浮かせた所で気づいてマイクをミュートにして、それから襖を開けた。


「ごめん、もしかしてずっと呼んでた?」

「うん……トイレットペーパーがなくなりそうだから新しいの出しておこうと思ったんだけど、どこにあるか分かんなくて……」

「あー、高い戸棚に入れてあるんだ。こっちこっち」

「……ごめんなさい、電話してた?」

「いや、友達とゲームしてただけだよ。こっちこそ気がつかなくてごめんね」


 僕は洗面所の上の戸棚からトイレットペーパーのロールをいくつか出して、トイレのタンクの上に並べる。

 何かの拍子に便器の中にロールが落ちてしまいそうな気がして、普段はそこには置かないようにしていたんだけど……

 よく考えたら百合香ちゃん一人の時に紙がなくなったらどうするのか、そこまで考えていなかった。反省。


「ほしゆきさん、ありがと。ゲームの邪魔しちゃってごめんね」

「いいよいいよ。百合香ちゃんも補充しようとしてくれてありがとうね」


 部屋に戻ろうとすると、いつの間にか来ていたトラがぶすっとした顔でこっちを見上げていた。

 頭を撫でようと手を伸ばすと、スッと逃げられる。

 ニャーと低い声で鳴く声からは、どことなく抗議めいた意思を感じるが……今はそれどころじゃない。


 部屋に入り、襖を閉めてからモニターを見ると、放置されていた僕のキャラクターは当然ながら死んでいた。

 さっきの百合香ちゃんの声が友にも聞こえていたとしたら……というか、聞こえてた感じだよなあ、あれは。


 うーん……通話を再開するのが怖い。

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